31-11 クローズ・アイズ

「セレス…… 地面が揺れてるような気がする。それともおれの体がふらついてるのかな……」
ケイナは言った。
「ううん、違う…… 少し揺れてる。地震みたいだ」
セレスは部屋を見回して答えた。
「彼女を…… 壁際に連れて……」
ケイナはがくりと膝をついた。
「大丈夫?」
セレスは仰天してケイナの顔を覗き込んだ。
「大丈夫。もう出血は止まってる。早く彼女を……」
セレスはうなずくと、泣きじゃくっている『ケイナ』に近づいた。
「おいで」
手を差し出すと『ケイナ』は顔をあげた。
「一緒にノマドに帰ろう。最後まで生きようよ」
「帰れるの?」
「帰れるよ…… たぶん」
おずおずと自分の手を握る彼女を壁際に座らせたあと、ケイナに手を貸そうと彼に近づいた途端、部屋が大きく揺れた。ケイナが咄嗟にセレスの頭をかばった。『ケイナ』の悲鳴が響いた。
部屋の床が大きく斜めになり、ふたりとも壁際に転げ落ちるように滑った。
部屋の中にあった機械から火花が散る。
『ケイナ』の悲鳴はずっと響いていた。
セレスは必死になってケイナにしがみつき、ケイナは放すまいとセレスを抱き締めていた。
どのくらい揺れていたのか分からない。
静かになったので顔をあげると赤い光がぽつりとひとつだけついていた。
光の中に見える部屋の中は計器類やコードが散乱していた。
大きく斜めになった床が平衡感覚を狂わせる。
『ケイナ』の声が聞こえなくなっていた。
「セレス、怪我ないか」
ケイナの声が聞こえた。
「うん…… ケイナは……」
「おれ、足、だめかも」
その声に慌てて赤い光を頼りにケイナの足を見たセレスは呆然とした。ケイナの左足は不自然な方向にねじくれている。
「うまく動かないからかばいきれなかったんだ……。でも、大丈夫だよ。骨折くらいどうってことない」
ケイナは言った。しかし声に力がない。肩からの出血と足の怪我でかなり体力を消耗しているのかもしれない。それに追い討ちをかけるようにすさまじい冷気が部屋に流れ込んできた。
「空調、壊れたんだな…… しかたないか」
ケイナがつぶやくのを聞きながら、セレスは顔を巡らせた。
「あの子は……」
『ケイナ』の姿はどこにも見当たらなかった。機械の下敷きにでもなってしまったのだろうか。不安を覚えながらケイナにしがみついていると、反対の壁側で白い影が立ち上がった。
「『ケイナ』!」
セレスが呼ぶと、彼女は呆然とした様子で顔を巡らせこちらを向いた。
「こっち、おいで。怪我ない?」
『ケイナ』はセレスの声に目の前に転がっていた計器の大きな箱を乗り越えた。しかしこちらには来ない。ぐるぐると顔を巡らせている。
「お兄さん…… 赤い光がひとつついてるの ……空気作らなくちゃ…… あの人たちはまだ生きてるの」
『ケイナ』はつぶやいて計器の山で何かを探すような仕種をした。
セレスとケイナは顔を見合わせた。彼女は誰と話しているんだろう。
「『ケイナ』、危ないよ。余震が来るかもしれない。早くこっちにおいでよ」
セレスは言った。
「大丈夫」
『ケイナ』は答えた。
「あなたはそこでその人についててあげて。赤い光がついてたら、動力回復する可能性があるって……」
「誰と話してるの?」
『ケイナ』は顔をあげてセレスを見た。
「お兄さん。ずっと声をかけてくれたの ……お兄さんの声、もっとちゃんと聞いてれば良かった。」
「お兄さん……?」
『ケイナ』はうなずいて自分の頭を指した。
「頭の中にチップが埋め込まれているの。お兄さんはそこに話しかけてくれるの」
「カイン……」
ケイナがつぶやいたので、セレスは目を丸くした。
「カインなの? カインとずっと話をしていたの?」
「ごめんね」
『ケイナ』の目から涙が溢れた。
「ごめんね…… お兄さん、ずっと教えてくれようとしていたの。一生懸命助けてくれようとしていたの。でも、わたしが聞かなかったの」
「『ケイナ』」
ケイナが口を開いた。
「お兄さんに言って ……ありがとうって。もういいよ、って……」
『ケイナ』はしゃくりあげて泣き出した。
「やだ…… みんなでノマドに帰るの」
彼女はそう言って再び計器に身をかがめた。
「あった。これ……」
一本の接続線をひっぱりあげて彼女はつぶやいた。そして顔を巡らし腕を伸ばしてもう一本を引っ張りあげた。それを近づけようとしたが、両方の線の端は彼女が腕を伸ばした分ほど離れていた。
「繋がらない……」
『ケイナ』はつぶやいた。
「お兄さん、繋がらない…… 線が届かないの…… 切れてるの。もう一本ないと……」
彼女は接続線から手を放し、しばらくうつむいていたが、やがて顔をあげて立ち上がるとケイナとセレスのほうによろめきながら近づいて来た。
ケイナのねじくれた足に目を向け、そしてその肩の赤い血を見て『ケイナ』は顔を歪めながらふたりの前に膝をついた。
「生きてね」
セレスとケイナは彼女の顔を見つめた。
「必ず生きてね」
「『ケイナ』?」
「ごめんね……」
『ケイナ』は顔を近づけるとふたりの口の端に順番にキスをした。ノマドの親愛のキスだ。そして再び立ち上がった。
「『ケイナ』、どうしたの? 何をする気?」
セレスが思わず立ち上がりかけ、ケイナが目を見開いて体を起こした。
「来ちゃだめよ。危ないから」
『ケイナ』はそう言うとふたりを振り返り、少し笑った。手にはセレスの剣を握っていた。
「バイバイ」
彼女は剣を自分の胸に突き立てると、両手で持った配線を剣に押しつけた。