31-10 クローズ・アイズ

 肩に熱い痛みが走る。
画面に釘付けになっていたカインは身をすくませた。
ちくしょう、あの場所にいたら…… 画面越しでなければ ……悔しい。
ケイナの口から思わず漏れた小さな悲鳴にセレスは我に返った。
「ケ、ケイナっ!」
「それは…… 変よ……」
『ケイナ』は言った。
セレスはケイナの腕の中に抱き締められながら、顔の前にある彼の肩がみるみる赤く染まっていくのを見た。
「そんなことできないはずよ…… 決まってるのに……」
「何が決まってンだよ……!」
ケイナは彼女を振り返って言った。
「『おとうさん』は下が上って言った…… 下が上を助けるなんてことない」
『ケイナ』は声を震わせた。
「遺伝子なんか、くそくらえ!」
ケイナは左手の剣を握り直し、セレスから身を離した。
「死にたいなら自分だけで行け!」
ケイナが剣を振り上げたのでセレスは思わず目を閉じた。
画面を見つめていたカインたちも同じだった。
ケイナの剣の切っ先は彼女の首を切り落とす位置だった。
しばらくしておそるおそる目をあけたセレスは、ケイナの剣が彼女の首の間際でとめられているのを見た。
「どうしてわたしをそんな目で見るの」
『ケイナ』の持つ剣はだらりと床に向けられた。
「わたしを殺したくないの?」
ケイナは無言で彼女を見つめていた。
「どうして反対のことできるの?!」
「間違ってるよ……」
ケイナは足を引きずりながら彼女から数歩下がって言った。
「声を届かせるのは相手を殺すためだけじゃないだろ…… おれ、あんたを殺せないよ」
ケイナは手に持っていた剣の柄を見つめたあと、それを部屋の隅に投げた。
モニターで見ていたカインたちはぎょっとして息を呑んだ。
「殺せるわけないじゃないか……」
ケイナの体がぐらりとかしいだのでセレスは慌てて彼に駆け寄って支えた。
「血、ちょっと出過ぎたかも……」
青い顔でケイナはつぶやいた。
「下が上なら、あんたにはおれは殺せない。でも、おれはセレスを殺せない。セレスと同じ顔のあんたも殺せない」
セレスの肩を借りてかろうじて立ちながらケイナは『ケイナ』に言った。
「セレスはいつも呼んでくれたんだ。生きるために呼んでくれた。おれ、好きなんだよ、セレスが」
セレスは思わずケイナの顔を見た。
「好きな人が生きろと呼び戻してくれるんだ。できないよ……」
ケイナの体が小刻みに震えているのをセレスは感じた。出血量が多すぎたのかもしれない。 肩から腰のあたりまで、ケイナの体は血で染まっていた。
「あんたの『おとうさん』は暴走したんだ。それをあんたは呼び戻し違えたんだ……」
「呼び戻し…… 違えた?」
『ケイナ』は目を丸くした。
「なんで『死ね』と言ったんだ…… どうしてほかの言葉で呼ばなかったんだよ……」
カインは『ケイナ』の言葉を呆然として聞いていた。
呼び戻し違えた?。
『ケイナ』は父親に『死ね』と言った。
そうだ。セレスはいつもケイナが生きることを望んで声を届かせていた。
ケイナは自分が死ぬことを望んでいても、セレスを殺すことは望んでいなかった。
同じ遺伝子だからこそ威力を持つ声。
死にたいと死なせたいが一致すると? そんな危うく単純なことだったのか……?
「遺伝子が生き残る方法……」
カインはつぶやいた。
(『ケイナ』…… きみはどうして『おとうさん』の死を願ったんだ…… 『おとうさん』が好きだったはずだろう……)
カインの声に『ケイナ』は泣き出した。
「『おとうさん』はお母さんを殺してしまった…… でも、お母さんがいけないの。お母さんは『おとうさん』を信じてあげられなかったの…… 緑の目が優しくて怖いって…… 『おとうさん』は苦しんでたの。名前を呼んで欲しかったのに、お母さんは呼ばなくなった。お父さんは死にたがっていたの。気持ちが荒んだときに、呼んで欲しかったのに、お母さんが呼ばなかったの…… お母さんのこと、大好きだったのに……」
『ケイナ』の目から涙があふれて、剣の柄が床に落ちた。
「わたしは、もう、『おとうさん』に苦しんで欲しくなかったの」
「施設の外に人影が見えます! 誰か出て来たみたいだ!」
カインははっとして声のほうに目を向けた。
「モニター、どれ!」
「こっちです!」
カインの言葉に近くに座っていた男が自分のデスクのモニタを指差した。カインはデスクをひとつ飛び越えると駆け寄った。
距離が遠いのでよく見えないが、ふたつの人影が軍機に向かって走っているのが見える。おそらくハルド・クレイとユージーだ。
「軍機に直接連絡を入れる! 回路開いて!」
カインは怒鳴った。
「5時30分……」
カインは時刻を見て呻いた。30分で何ができる。ケイナ……!
「回路、開きました! 通信可能です。こっちで!」
カインはマイクにしがみついた。

 ハルドとユージーは全速力で軍機に走った。
「酸素がもつのはあとどれくらいだ」
息をきらして言うハルドの言葉にユージーは腕の時計を確かめた。
「時間はまだもう少しあります。35分。飛び立って発射するには充分かと」
「撃ち込む角度を計算する時間がない……。勘だけが頼りだな」
ハルドはすばやく軍機に乗り込んだ。その後ろからユージーも続いた。
「補助します」
「高度必ず見ててくれ。25メートル。風が吹かないことを祈るよ」
そう言って操縦席に座りかけたハルドの表情がこわばったのをユージーは見のがさなかった。
「どうしました」
「通信が入ってる」
慌ててユージーが操縦席に駆け寄った。
「発信元がホライズンだ。まずいな。無視しましょう」
ユージーの言葉にハルドはうなずいた。
「出ろよ!」
ホライズンではカインはこぶしでデスクを殴りつけていた。
「こっちからの警告だと思ってたら、出ませんよ」
バッカードは後ろから言った。
「軍の警戒パスワードを送れ!」
カインは怒鳴った。
「そんなもの知りません!」
横に座っていた男が悲鳴をあげた。カインは舌打ちをすると男を押し退けて自分でキイを叩いた。
「どうしてそんなものをご存じなんですか」
目を丸くする男に14歳から軍事訓練を受けてたからだよと答えたかったが、その余裕すらもなかった。6時まであと20分しかない。
上昇の準備に入っていたハルドはしつこく点滅する通信ランプに目をやり、画面に映った文字に目を細めた。
「ユージー、ホライズンに軍の警戒パスを知っているやつがいるか?」
「……カイン・リィだ。」
ユージーは顔をしかめた。あの野郎、やっぱり邪魔にかかってきやがる。
「変だ。救助パス、避難パス……おいおい、やたらめったらいろんなパスを送って来てるぞ」
「クレイ指揮官、ほっときましょう。こっちがやろうとしていることを読んでるんですよ」
「ちょっと待て」
ハルドは別のランプがついたことに気づいた。
「フォル・カートから連絡が入った」
受信のスイッチを入れるとすぐにフォル・カートの顔が画面に映った。
「間に合ったか。手後れかと思った」
切羽詰まったようなフォル・カートの表情にハルドはただならぬものを感じた。
「すぐ、そこを離れろ。地震が起こるぞ。こっちでキャッチするのが遅れた」
「地震?」
ハルドとユージーが同時につぶやいた。
「地震なんて、なんで急に……」
「たぶん、ノマドだ。一世一代の大勝負をしようとしてるな。とにかく早く離陸しろ。規模からして相当強いやつが来る。5キロ以上は上空にあがれ」
「ちょっと待ってください。ケイナとセレスが施設の中に閉じ込められている」
ハルドは言った。
「計算ではあと10分から15分の間に第一波が来る。周辺の氷山も崩れるぞ」
「10分……」
ハルドはいまだ点滅を続けているホライズンからの通信ランプを見た。これだったのか……。
「セレスとケイナが……」
つぶやいてハルドは後ろを振り向いた。ユージーのこわばった顔がこちらを向いた。
「ユージー……」
ハルドが言いかけるのをユージーは拒否するようにかぶりを振った。
「いやだ。ケイナを見殺しになんかできない」
「10分じゃ無理だ。撃ち込んだと同時に地震が来る。助けられない」
「あなたはそれでいいんですか!」
ユージーは怒鳴った。
「ここに来たのはあいつらを助けるためだったんだ! それを……!」
そんなことは分かってる。ハルドは離陸準備のできたエンジン音を聞きながら思った。
セレス……
「離陸する」
ハルドがそう言って操縦席に座ろうとしたとき、ユージーが立ち上がってハルドにつかみかかった。たぶんそうするだろうことはハルドは予測していた。
ユージーはハルドが振り上げたこぶしをまともに顔面にくらって後部座席にぶつかった。
ユージーは切れた口を手の甲で拭ってハルドを見た。
「離陸する。座ってろ。今度立ち上がったら腕をへし折るぞ」
ハルドは口を引き結んで操縦席に座った。
「あいつらの命と引き換えならお易い御用だぜ!」
ユージーはそう怒鳴り返したが、再びハルドにつかみかかろうとはしなかった。
助けられない。助からない。
ハルドは自分ひとりならぎりぎりまで助けようとするだろう。
助けられないと分かっていてもここにいるだろう。自分ひとりなら……。
押さえ切れずにユージーが漏らす悔し気な嗚咽がハルドの耳にかすかに聞こえた。