29-6 呼ぶ声

 ユージーは持っていた紙を一枚兵士に渡すと、ケイナの姿に気づいて顔を向けた。
「なんだ、もう、起きたのか? 二時間もたってないぞ」
ケイナは兵士が敬礼して去って行くのを見送ってユージーに目を向けた。
「何人連れて来たんだ?」
「3人だ」
ユージーはそう答えてケイナに持っていた紙を突き出した。受け取ってみると航空写真であることが分かった。しかし海の状態は分かるが地形が真っ白になっている。
「氷で真っ白になってんじゃないぜ。バリアされてて読めないんだ」
ユージーは肩をすくめた。
「でも、着陸はできた」
ケイナがそう言うとユージーは白い息を吐き出してあたりに目をやった。
「A.Jオフィスがバリア破りの装置を送って来たんだ。そいつをつけてあったからな」
ユージーはケイナの顔を見てかすかに笑った。
「いつも情報が取れるわけでもないようなんだ。バリアの盲点をつくから一瞬だけど、ここの場所だけ反応があったらしい。降りたらもうこっちのものだ。とにかくこの氷の下のどこかにカンパニーは何か作ってる。地上から探すよ」
「ユージー……」
「狭いけど、入るか? 凍えそうだ」
口を開きかけたケイナを遮ってユージーは自分の船を仰いで言った。
笑みを浮かべる彼の顔を見てケイナはうなずいた。

 ユージーは狭い船室で防寒着を脱ぐと操縦席に放り出した。
「ずいぶん背が伸びたんだな」
ユージーの言葉を聞きながらケイナは2列に4つ並んだ座席の後ろに座った。
「『ライン』に入ったときは、おれとは20cmは差があったと思ったけど」
ユージーはそう言ってケイナの横の椅子に座った。
「おやじ、あんまり良くないんだ」
唐突な言葉にケイナは思わずユージーの顔を見た。ユージーは足を組んで頬杖をついていた。
「クレイ指揮官…… まあ、今はもう指揮官じゃないけど、あの人はおやじがだいぶん可愛がってた人だから言えなかった」
ケイナは無言で目をそらせた。
レジーが…… あの人は滅多なことでは倒れない人だと思っていた。
「一度撃たれただろ? 復帰はしてたけど、そんなにいい状態でもなかったんだよ。それに輪をかけてカンパニーのやつらが押しかけてきたから、心臓に負担がかかったんだ」
ユージーは少し苛立たし気に言った。
「だけど、おやじに言わせるとトウ・リィもそんなに長くないんじゃないかということだった」
「え?」
思わず声をあげたケイナをちらりと見て、ユージーは肩をすくめた。
「おれ、全部を聞いたわけじゃないし、おやじもまだ何か話してないことあるんじゃないかと思う。いろいろ分からねえことが多いんだよ。ただ、トウ・リィはだいたいが健康なわけじゃないらしい。シュウ・リィが90歳超えるまで生きたってのが奇跡だよ。もともとあっちもそんなに強い遺伝子だったわけじゃない。カインを強引に連れ戻そうとしたのも、そのあたりがあるんじゃないかと思う」
ユージーは身を起こすと座席の下からミネラル・ウォーターのボトルを取り出した。
「飲むか?」
ケイナは首を振った。ユージーは目をそらせると、ボトルをひねって口をつけた。
「トウがいなくなって、おやじがいなくなる ……世代が変わる。リィの中での重役クラスもここ数年でだいぶん他界してる。『最初から』を知っている世代はすでにいないし、これからもっと『何も知らない』世代になっていくんだろう。カイン・リィがこれからどうするのかは分からない。だけど、あいつがもしプロジェクトを継いでしまったら…… まずいだろ。だから、全部潰してしまったほうがいい。多少荒っぽいやり方でも、そのほうがいいとおれは思う」
ユージーは持っていたボトルを睨みつけた。
カインがプロジェクトを継ぐ…… そんなことはあり得ないと思いつつ、ケイナは断言できない気分に陥った自分を呪った。
「……フォル・カートはカートの家の筋からは遠いが、 昔プロジェクトの商品を買ってアライドに移住した世代の末裔なんだ。彼が今何歳ぐらいだか分かったか?」
「いや……」
ケイナは首を振った。ユージーはそれを見て小さくうなずいた。
「あれで40歳なんだよ」
まさか。どう見たってレジーよりはひと回りも違って見えた。としたら、もう60歳は超えてるはずだ。
操作の結果は何世代にもあとに出る……?
ケイナは不穏な思いにとらわれた。
「確かにあの世代の列は長命だよ。病気にも強い。平均寿命は90歳くらいじゃないかな ……だけど、20歳を過ぎたあたりから見た目が一気に老いる。地球人の倍の早さで老人になっていく。見た目の老いは内面にも跳ね返る。でも病気はしない。死ぬ事もない。だが、筋肉や脳の衰えは地球人の比ではない年齢で彼らを襲う。治療技術はあっちのほうが進んでるが、それでもまだだいぶん時間が必要らしい」
ユージーは大きく息を吐いた。
「ケイナ、おれたちの子孫はどんな運命を辿っていくんだろうな」
ユージーの言葉にケイナは彼に目を向けた。ユージーは少し笑ってみせた。
「トウ・リィに、カートも遺伝子操作しているんじゃないかと言われた。おやじは何も言わないから分からない。でも、可能性としてないわけじゃないだろう。おふくろは早死にしてるし、おれも場合によっちゃ、トウ・リィと似たような生まれ方をしているのかもしれない」
ユージーは座席の背にもたれかかると、薄闇の外に目を向けた。
「……おまえはセレス・クレイと次世代を作るか?」
ケイナは口を引き結んだ。ユージーは目を外に向けたままだ。
「あいつ、自分のことには全然弱音を吐かないやつだな。苦しい訓練のときも愚痴ひとつ言わなかった。冷静に見りゃ、自分は周りとはるか遠くの上のほうに立ってるってのに、そのことにすら気づかないで一生懸命突っ走ろうとするんだ」
ユージーはケイナに目を向けた。
「ついでにおまえのことが好きで好きでたまらないって顔をしてて」
ケイナは思わず顔を背けた。ユージーは笑った。
「何にも知らない時はどうなってんだと思ってたけど、今はおまえのことをあんなに思うやつがおまえのそばにいて良かったと思ってる。怖がらずにふたりでちゃんと生きていけよ。おれもそうするから。おれたちがここにいるのは間違いじゃない。この星は無駄な命を作らない。例え作られた命でも生きてるってことは生きなきゃならないからってことだ。重さに変わりはねえよ。おれはそう思うようにしてる」
「アシュアが……」
ケイナはつぶやいた。
「アシュアが前に、命の価値はみんな同じ地球一個分だって言ってたよ……」
アシュア…… あれからどうしただろう。
「ユージー、頼みがあるんだ」
ケイナが頼み? めずらしい。ユージーは彼の青い目を見た。
「全部終わったら、おれ、アライドに行くよ。だけど、行ったら数年は帰っては来れないかもしれない。エスタスというノマドのコミュニティに、たぶんアシュアがいると思う。おれを……かばって傷を負ったんだ。生きてるだろうけど、あの傷だとどういう状態か分からない。彼を探して、その……」
ユージーは少し呆気にとられた顔をした。
「おまえ、そんなにしゃべれるんだ」
ケイナはそれを聞いて戸惑ったように視線を泳がせた。
「なんだか、小さい時のおまえ以外でそんなに言葉を出したのを見たのは初めてだぜ」
ユージーは笑みを浮かべた。
「心配すんな。アシュア・セスはちゃんと保護するよ。カイン・リィだって、自分が行動をともにしていたやつに手を出したりはしない」
その言葉が言い終わらないうちに、ユージーは立ち上がった。ケイナがどうしたのかと目を向けると、彼は操縦席に近づいて手を伸ばすと通信機に手を触れた。
すぐに目の前のモニターにハルドの顔が映った。
「うーん、やっぱりそこにいたか」
ハルドが顔をしかめて言うと、脇からセレスが顔を出した。
「ケイナっ!!」
ケイナは顔をしかめ、ユージーが笑い出した。
「ケイナ、悪いけど、所在分かるようにしといてくれないか。うるさいんだよ、こいつが」
ハルドはセレスを押し退けて言い、ユージーは大声で笑った。
「母親探すヒヨコ、だな」
ピーピーうるさいってことかよ。
冗談まじりに言うユージーを少し睨みつけてケイナは席を立った。