28-7 消える点

 何人倒しただろう。
セレスは息をきらして周囲を見回した。
倒したと…… 思う。手ごたえはあったし。でも、こんなに息がきれるなんて初めて。
アシュアとリアは…… うしろにいるよな。
50人て言ってた。ほんとにそんな数なの? もっとたくさん追って来てるような気がする。
額から汗が伝って落ちた。
「セレス!」
ケイナの声が響いて思わず身構えた。すくめた肩を光がすり抜けていった。光の先で倒れ込む音がする。
「なにやってる!」
ケイナが険しい顔で走って来て腕を掴んだ。
「もっと下がれ! アシュアたちと離れ過ぎるな!」
「アシュアたちいるよ」
「離れ過ぎてるよ! そんなんじゃ守れねえだろ!!」
怒鳴りつけるケイナにセレスは呆然とした。
「やってるよ。おれ、ちゃんと……」
戸惑ったように言うセレスをケイナは睨みつけた。
ケイナ、なんでそんな怖い顔してんの。なんでおれをそんな責めるような顔してんの?
「セレス、頼むからアシュアを守ってくれ! そんなんじゃ、おれが動けない」
なに? おれ、ケイナの邪魔してんの? セレスはケイナの顔を見つめた。
光が飛んで来たので、ふたりは咄嗟に身を伏せた。
「頼むぞ!」
ケイナはセレスの頭を軽く殴ると再び立ち上がって走っていった。
ち、ちゃんと動いてるよ…… いつもと一緒。でも、なんでこんなに息がきれるんだろう。
セレスは周囲を見回しながら立ち上がった。
ケイナの苛立ち。なんで?
ふいに背後に気配を感じた。ケイナの苛立ち。あれは何?
剣を振りおろしたとき、セレスは自分の顔にかかる温かい水を感じた。
そして自分の目の前で首を切り落とされて倒れる兵士を見た。
「うそ……」
こんなこと、いままでなかった。おれがやった?殺すなんて……。おれの剣が?
頬を指で拭うと、赤い色がべっとりとついた。
「やだよ……」
セレスはつぶやいた。体中に震えがはしる。呼吸がさらに乱れた。
リアは言ってたじゃないか。目の前の命は代わりのいない命。
どうして殺さないといけないの? なんでおれは人を殺すの? いやだ……
助けて。もういや。人殺しはもういや!

「トリ?」
前のめりに突っ伏したトリを見て、リンクが慌てて駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫」
トリは答えた。
「でも…… 怖い」
いったい、何が起こっているんだろう。
リンクは青ざめた顔のトリを見て不安に陥った。ここにいると何も音が聞こえない。
ケイナ、早く磁場まで戻って来い……!
リンクはトリの肩を抱きながら思った。

 セレスの叫び声がケイナとアシュアの耳に届いた。
あのバカ……! デカイ声あげやがって……!
ケイナは唇を噛むと、身を翻した。
左から殺気を感じて身を臥せると、頭上を光が飛んでいった。その先で呻き声が聞こえた。
アシュアじゃない。やっぱり変だ。仲間うちでやってないか?
ケイナは再び走り出し、すぐにセレスの姿を見つけた。あんなところに突っ立ってたらいい標的だ。
飛びかかって一緒に草の中に倒れ込むと、案の定、光の筋が何本も通り過ぎていった。
「いい加減にしろよ! 死にたいのか!」
ケイナはセレスに怒鳴りつけた。
「ケイナがいけないんだ! おれにケイナの憎しみを入れないで!」
「憎しみ?」
ケイナはセレスの大きく見開かれた緑色の目を見た。セレスはケイナからすばやく身を離した。
「ケイナの頭の中は死ばっかりだ! 相手の命を奪うことしか考えてない! そんな思いをおれに入れないでよ!」
「なに言って……」
言いかけて、鈍い痛みが頭に走ってケイナは顔をしかめた。痛みはないとトリは言っていたのに……
立ち上がってしまったセレスを見て、ケイナは慌てた。
「ばか……!」
腕を掴もうとすると、セレスがその手を振り払ったのでケイナは呆然とした。
「命の代わりはないんだろ?! みんな一緒じゃないか! なんでおれたちは人殺しをしてるんだよ!」
再びびりっと痛みが走る。
「そんなこと言い争ってる場合かよ! あいつら…… いつっ……!」
セレスの視線が頭をかき回す。やめろ、セレス! ヤバイ……! ケイナは呻き声をあげて頭を押さえた。
あっちこっちから殺気を感じるのに、体が動かない。足…… 足、狙われてんじゃなかったっけ……
そして振り返ったとき、左肩に衝撃を感じた。
頬に赤い点が飛んだ。
「バカヤロ」
アシュアは言った。
「ちゃんと…… 残れ…… よ……」
「アシュア!!」
リアの甲高い声が響いた。
心臓がどくどくと鳴る。
左肩が熱い。アシュアを貫いた光がおれの肩をかすめていったんだ……
アシュア? アシュア…… 重い…… しっかり立ってくれよ……
「なんで……」
ケイナは力尽きて自分の腕から滑り落ちるアシュアを見た。
頭の痛みなんかもう感じない。感じるのは怒りだけだ。
「…… のやろう……」
もう、どうでもいい。死だけを見てる? 上等じゃねえか。
倒れたアシュアの胸から信じられないほどの血が流れていた。
アシュアを撃ってただですむと思うな……
狂ったような思いが沸き起こる。もう、自分ではどうにもならない。セレスは呼ばないかもしれない。
もう、いい。すべて死に絶えてしまえ。
「アシュアを早く運べ!!」
鬼のような形相でケイナは叫んだ。倒れたアシュアに駆け寄ったリアが彼を見上げた。
ケイナは目を見開いたまま突っ立っているセレスに怒鳴った。
「おまえも早く行け! でないと……」
ケイナは正気の目を一瞬残すと、くるりと背を向けて走り出した。
「なにやってんのよ! 早く手を貸して!」
リアがヒステリックにセレスに向かって叫んだ。
アシュアが撃たれた…… ケイナは正気をなくした……
アシュアが…… ケイナは……
「セレス!!! しっかりしてよ!!」
リアの悲痛な叫び声をセレスは呆然としたまま聞いていた。

「きた……!」
トリは呻いた。怖い。でも、もう決めたんだ……
アシュア…… きみの死はぼくがもらう。
トリの口からごぼりと出た血にリンクが仰天した。
「トリ! あんた、いったい……!!」
「リンク…… よく聞け」
倒れかかった自分を助け起こそうとするリンクにトリは言った。
「リアが…… アシュアを連れて、磁場の100m手前まで来てる ……誰かを迎えにやって ……リアに伝えて ……アシュアは必ず助かるから…… 彼の名を呼び続けろと……」
「トリ、すぐ手当てを」
立ち上がろうとするリンクの腕をトリは掴んだ。
「いいから」
「ばかなこと言わないでくださいよ!」
リンクは叫んだ。
「いいから ……どっちにしてもあと数年も生きられないんだ。アシュアの死は…… ぼくがもらっていく」
「あなたは長老なんですよ! 彼らのことだって、どう…… どうするんだ……」
「ごめん……」
トリはかすかに笑みを浮かべた。
「許してくれよ。結局…… 妹の…… ことしか考えられなかった……」
リンクは言葉をなくした。
「リアはアシュアの子供を生むんだ ……あと ……頼むよ…… きみならできるから」
「む、むりだ…… ぼくには長老の役目は勤まらない…… お願いだ、トリ、死なないでください」
リンクはとうとう泣き出した。
「やらなきゃならないこと…… たくさんあるでしょう…… どうしてそれを全部……」
「リアに伝えて…… アシュアを呼べって……」
トリは言った。もうあんまり時間がない。話せない。自分でもそれがよく分かっていた。
「ケイナと…… セレスは間に合わない…… 船に乗れない…… だけど、彼らは必ず…… やり遂げるから…… だいじょうぶ…… 見えるんだ…… きっと……」
トリは目を閉じた。
大丈夫。彼らはきっとやり遂げる。命は続くから。

 死にもの狂いでアシュアをリアと運び、迎えに来てくれたコミュニティの者の姿が見えたときセレスの気持ちは決まっていた。
「リア、おれ、ケイナんとこ行く」
リアはセレスを振り向いた。
「……名前を呼びに行かなくちゃならないんだ」
リアの顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。セレスはリアの口の端にキスをした。
「ちゃんとアシュアのそばにいて。アシュアは絶対死なないよ。リアのこと好きだもん。死なないよ」
「ケイナを連れて帰ってよ。もう、誰も傷つかないで」
リアは言った。
「リア、ごめん。おれのせいだ。おれがもっとちゃんとしてたらアシュアは撃たれなかった」
「そんなこと言ってんじゃないわよ!」
リアは叫んだ。
「やめてよ…… あんたを誰も責められないわよ……」
「ちゃんとアシュアのそばにいてよ」
セレスはそう言うと、身をひるがえして再び森に入っていった。
助けてよ。誰でもいいから助けてよ。こんなのもういや。助けてよ……
どうしてこんなことになっちゃうの?
リアは泣いた。