28-6 消える点

 カインは行ってしまった。
セレスは泣き出したくなる気持ちと、押しつぶされそうなケイナからの緊張に堪えた。
「ユージーから」
ケイナはカインがプラニカで飛び立ったのを確認してポケットからバングルを取り出した。
「軍仕様のナビ? よくこんなもの持って来れたな」
アシュアが受け取って目を丸くした。
ケイナはそれには答えず、ユージーが残した紙片を広げた。そして表情を険しくした。
「どうしたの?」
セレスは不安げにケイナの顔を見た。
「ハルド・クレイ指揮官のアライドの所在と、エアポートのユージー個人の専用機のアクセスナンバー」
ケイナの言葉にアシュアとセレスは呆然としてケイナを見つめた。
「それと…… ホライズンのセキュリティホール。相手にとって脅威と思われるウィルスプログラムの…… 保存先」
「ホライズンにウィルス送れってことか?」
アシュアはつぶやいた。
「命がけで戻るぞ」
ケイナはそれには答えず、ポケットに紙片を突っ込むと言った。
「ユージーが最後に書いた数字は…… 50人。油断すんな」
「リア、今度は私設部隊じゃない。軍隊だ。おれから離れるな」
アシュアの言葉にリアはうなずいた。
意地でも離れないわよ。アシュア。心配しないで。

「地球にいるエリドが渡し屋を使って船を飛ばした。こっちに着くのは2時間後だ。今、みんな大慌てで荷物をまとめてる」
リンクがトリに言った。トリはじっと座ったまま目を伏せて床を見つめている。
「エアポートを経由しないから、警告を受ける可能性がある。停船時間は30分しかない。間に合うかな……」
「間に合わなかったら、置いていく」
トリの言葉にリンクはぎょっとした。
「見捨てる…… んですか? リアもいるんですよ?」
「動揺するなって言っただろ」
トリは顔をあげてリンクを見た。
「二機目はもう飛ばない。乗るなら一度限り」
「彼らを置いていったりしたら……」
トリが目をそらせてしまったので、リンクはそれ以上言い募ることができなかった。
『さあ、来い』
トリは心の中でつぶやいた。

 カインは促されてエアポートに停めてある小さな専用機に乗った。一緒に乗り込んだのはユージーとあとひとりだ。
「もう一機には5人乗ってる。こっちはパイロットとあのひとりしかいない。向こうについたら5人が完全に護衛する」
ユージーは言った。カインはユージーをちらりと見たあと、無言で腕の細いバングルに目を移した。座席に座って隠れるようにしてスイッチを押した。それを見てユージーは彼の横に座り、周りからの視界を塞いだ。
二人以外いないのだから誰も見るはずはないが、念には念を入れるしかなかった。
小さなウィンドウが目の前に開く。4つの小さな点。たぶんこれがケイナ、アシュア、セレス、リア。
4つ……?
カインはぎょっとした。
ちょっと待って…… ぼくが抜けたら3つ…… だろ。
「ナビは10個入れといた。稼動してるか?」
ユージーの言葉にカインは答えることができなかった。
4つのうちのひとつが消える…… ぼくじゃなかった……?
画面を切り替えてカインは目を見開いた。無数に光る点。これはいったい何。
カインは横の窓にすがりついた。遠くに見える森。わずかに自分の目に映る赤い霧。
「ケイナ!」
思わず小さく叫んだカインの腕をユージーは掴んだ。カインはびくりとしてユージーを見た。
「ケイナには知らせた。いや、あいつは分かってた」
ユージーはすばやく言った。
「ケイナとセレスには捕獲命令しか出してない。ノマドには手出しはしない」
「アシュアは!」
カインの言葉にユージーは口を引き結んだ。
「アシュア・セスは諦めろ。無理だ。彼を助けたらカンパニーを納得させられない」
カインは立ち上がりかけたが、それよりも早くユージーの銃がカインの額に突きつけられた。後方に座っていた兵士が立ち上がったが、ユージーは彼に座れというように合図を送った。
「今、ここで降りてもケイナは喜ばないぞ。それに間に合わない」
カインはユージーを睨みつけた。
「地球に行け、カイン・リィ。おれにできることはやってきた。50人のうち40人はカンパニーが指定してきた兵士だが、残り10人はこっちで入れた。彼らには違う動きの指示を与えてる。カートの指示で動く人間だ。運がよければ誰も死なない。全員逃げられる。これが精一杯だ」
「レジー・カートはどうしたんだ……」
カインは震える声でユージーに言った。ユージーは銃口を外すと不機嫌そうに顔を歪めた。
「おやじは軟禁されてる。おれがあんたを地球に送らないと命の保証はない」
トウ…… いったい何してる…… カートにこんなに手を出したら自分の首を絞めるようなもんだ……
カインは思わず前のめりになると両手で額を押さえた。
「カイン・リィ」
ユージーの声にカインは顔をあげた。
「おれはトウ・リィを許さない。あんたが彼女の側についた時点であんたを殺すぞ」
「ぼくにも銃を」
カインは言った。
「そんな勝負はハンディなしだ」
「もちろん」
ユージーは眉を吊り上げてかすかに笑みを浮かべた。
「ケイナはちゃんと銃を一挺残したじゃないか」
アシュア、ケイナ…… 頼む。全員助かってくれ……
カインは祈るような気持ちでこぶしを握り締めた。

「左! 3人!」
リアは首をすくめて叫んだ。アシュアがすばやく銃を撃った。
「当たった!?」
身をかがめて走りながら、リアはアシュアに叫んだ。
「わかんねえっ! 手ごたえ感じる前にもう逃げてる!」
アシュアは叫び返した。
「セレスは?!」
「ここ!」
アシュアの頭上を飛び越えてセレスが前方を走っていった。
「は、速ええ……」
あっという間に走っていくセレスを見てアシュアはつぶやいた。
「歩いてるときはノロマなくせに……」
「アシュア!」
ケイナの声がしたので、アシュアは顔を巡らせた。気配もなく近づいてくるから、ケイナもセレスもどこにいるのかさっぱり分からない。
右から出てきたケイナが肩を掴んだので、アシュアはリアと一緒に草むらに身を伏せた。
「なんか、変だ」
ケイナはあたりに目を配りながら言った。
「はっきりと数は分からないけど、ほかの奴らと違う動きをする兵士がいる」
「右!」
リアが叫ぶとほぼ同時にケイナは銃を撃った。森の中ではリアの嗅覚はケイナとさほど変わりない。
「なんにしても、おれとセレスの足ばっかり狙ってきやがる。うざったい」
ケイナは吐き出すように言った。
「セレスの動きがヤバくねえか」
アシュアが言うと、ケイナはかすかに眉をひそめた。リアはアシュアの言うことの意味が分からず怪訝そうに彼の顔を見た。
「走り回ってるけど全然相手にダメージ与えてねぇぞ。あっちは本気だ。蹴散らすだけじゃ、きりがねぇ」
「嫌がってるんだ」
ケイナは答えた。
「体力が続かない。手加減しながらあんだけ動いてると」
「分かってる」
ケイナはそう言うと走り出した。
ちくしょう、何やってんだ。ケイナは心の中で舌打ちした。
あんなにお互いの動きが読めたのに、今のセレスは全然おれの動きを読まないし、勝手に走っていく。リアとアシュアを守れと言ったのに。前はもっと気持ちが通じあってた。
ケイナはふと足をとめた。
前はもっと……?
前っていつ。
ケイナは呆然とした。
治療をする…… 前…… 遺伝子治療をする前…… 読まないセレスじゃなくて、読めないおれ……?
「セレス!」
ケイナは叫んだ。
トリの誤算。おれの誤算。セレスとおれは一緒に動けない……!
ケイナは再び走り出した。