28-5 消える点

「お守り?」
セレスはケイナが手渡したトリの作った小袋を見て目を丸くした。
「カインにっていうなら分かるけど、ぼくらにも?」
ケイナは曖昧に笑みを浮かべた。アシュアとカインも怪訝そうに袋を見つめている。ただ、リアだけが袋の意味が分かるのかかすかに顔を曇らせた。
「そうだ、カイン。タクがね、これあげるって」
リアが手を差し出したのでカインは訝しそうに彼女の手を見て受け取った。カインの手のひらに乗せられたのは小さな石だった。なんの変哲もない小石だ。
「まんまるだから」
リアは笑った。
「ただそれだけ。大事にしてやって」
「分かった。ありがとうって伝えてください」
カインはうなずいた。
「行こう。ノマドは迎えはするけど見送りはしない」
ケイナは言った。カインが目を向けるとケイナは笑みを浮かべた。
「必ず帰って来ると信じているから」
リアを含む5人はコミュニティをあとにした。
彼らの気配を感じながら、トリはテントの中で目を閉じて座っていた。そばにはリンクが息を詰めるようにして彼を見守っている。
「リンク」
トリは目を閉じたまま言った。
「何があっても動揺しないように」
「はい」
リンクは答えた。

「ケイナ」
前を歩くアシュアやカインに聞こえないように、リアは小さな声でケイナに言った。ケイナの横にいたセレスが不安な目を向ける。
「兄さんから何を聞いたの? あなたは何を見たの?」
「カートが動いても油断するなってことだよ」
ケイナは答えた。
「アシュアもカインもたぶんそれは分かってる」
リアは前を歩くアシュアとカインの背に目を向けた。ふたりとも黙々と草を踏み分けて歩いていく。
「森の空気は何も変わらないわ。帰って来る時?」
「……かもしれない」
ケイナの返事にリアはうなずいた。
「分かったわ」
「ケイナ……」
セレスはケイナを見上げた。問題はこいつだ。ケイナはセレスに目を向けた。
「めそめそするのは許さねえ。能力全開でリアとアシュアを守れ」
「おれが、リアとアシュアを守るの?」
リアはちらりとセレスに目を向けた。以前のリアならケイナの言葉にかなり憤慨しただろう。
今はもう分かっている。本気を出したらケイナとセレスの戦闘力は他と比べものにならない。考えたくはなかったがケイナの見たものが感じられる。セレスはそれが分かっているかしら…… リアは口を引き結んだ。
「おまえのこと信じてる。最後は必ず名を呼んで」
ケイナはそう言うと前のふたりのそばに近づいていった。
セレスはその姿を無言で見つめた。

「連絡先は覚えているね。ぼくもあっちに着いたらできるだけ早くセットするから」
森の入り口で厳しい顔をしたままカインはケイナを振り向かずに言った。
「分かってる」
ケイナはユージーがやってくるだろう方向を見つめたまま答えた。
辛い。ケイナと離れるのが辛い。
この期に及んでまだそんなことを考えている自分がカインは情けなかった。彼の顔をまともに見ることができない。
「アシュア、あとのこと頼むよ」
カインがアシュアに目を向けると、アシュアは少し笑って眉を吊り上げた。
「それよか、雇ってくれるっつう約束してくれよ」
カインは苦笑した。
「ボディ・ガードでないんなら」
その答えを聞いてリアがちらりとケイナを見たが、ケイナは無表情なままだった。
セレスは誰にも聞こえないように、震える息を吐いた。
手に汗がじっとりと滲む。ケイナの緊張がぴりぴりと電気のように伝わって来る。
この緊張はなに? ケイナは何の気配を感じているんだろう……
 数分して、数台のプラニカがかなり遠くの場所におりてくるのが見えた。
誰かがひとり近づいて来る。それがユージーであることは分かっていた。
ユージーが目の前で足を止めるまでの時間がたとえようもないほど長く感じ、そしてこのまま永遠に来なければいいと全員が思った。
ユージーは肩から大きなケースを下げていた。
「5挺なんてひとりで持つのは大変なんだぞ」
ユージーはため息をとともにケースを地面におろした。
「運んで来る身にもなれよ」
彼がケイナを見たので、ケイナはかすかに笑みを浮かべた。
「19時8分発の専用機2機で地球に行く。同乗するのはおれと数人。全員武装してる。向こうではすでにリィから使者が来てる。カートを信じることができるか?」
「カインにもしものことがあったら、おれはあんたを必ず殺す」
ケイナは言い放った。それを聞いてユージーは笑った。
「それはご子息の出方にもよるんじゃねえか? 戻った途端にリィ側につくって可能性だってあるだろう」
ユージーの言葉にカインは肩をすくめた。
ユージーはふいにカインに手を差し出した。カインが訝し気に目を細めるとユージーは眉を吊り上げた。
「良い旅ができるように」
握手? おそるおそるユージーの手を握った途端ユージーはそのままカインの肩を抱き寄せた。アシュアが殺気を出したがケイナがそれを押しとどめた。
「すぐにつけとけ。全員の居場所が分かるようになってる」
ユージーはカインの耳にすばやく耳打ちすると離れた。
手のひらに残された感触をカインは必死になって冷静を装いながら確かめた。細いバングル。きっと軍仕様の通信機だ。やばい。やっぱりカートはリィに介入されてる……
「銃を確認させてもらっていいか」
カインの横顔をちらりと見てケイナはユージーに言った。ユージーはうなずいた。
「もちろん」
ケイナは身をかがめると、ユージーの持ってきたケースを開いた。全員が目を見開いた。軍仕様の銃がぎっしり入っている。
「すごい…… おれ、こんなの持ったことない……」
セレスがかすれた声でつぶやいた。アシュアは口を引き結んでいる。
ケイナはその隅に光るものを見た。そして小さな紙片。ケイナはすばやくそれを取るとユージーを見上げた。
「心配するな。命にかえても守ってやる」
ユージーは言った。ケイナは4挺の銃を掴んで、ユージーを見据えたまま立ち上がった。
「銃はこれだけでいい。ノマドに軍仕様の銃を持てる人間はいない」
ユージーが目を細めたので、ケイナは笑みを見せた。
「たぶん、こんなケースは足手まとい」
ユージーから目を離さずにケイナが差し出す銃をセレスは受け取って思わず呻いた。
重い。重すぎる。こんなの扱うのは無理だ。
アシュアも同じように2挺受け取り、気づかわしげにリアに1つを渡した。
「持ってるだけでいいから。使わなくていいようにおれが守ってやる」
アシュアの言葉にリアは戸惑いながらうなずいた。
「セレスのブレスレットはどうでした」
カインが言うと、ユージーはかぶりを振った。
「所持品の一切は箱詰めされて所長が保管していたけれど、その中にブレスレットなんかなかった」
望みは薄かったが、万が一の期待をしていたカインはがっかりした。
「所持品をまとめたやつが案外高価なものと踏んでくすねたのかもしれないな」
「訓練生の誰かがまとめたんですか?」
カインは目を細めた。ユージーは肩をすくめた。
「聞かれると思ったから調べて来てる。ロウライン生のトニ・メニとアル・コンプだ」
「アル?!」
セレスが声をあげた。
アルにブレスレットのことを話したことがあるだろうか。いや、ない。だけど、アルなら大事なものだと分かって抜いてくれたかもしれない……
「諦めろ。アルに会うことなんかできないよ」
ケイナは呆然としているセレスに言った。確かにアルに直接コンタクトを取るのは危険が多過ぎる。カインはそれを聞いて望みは断たれたと思った。しかたない。
「じゃ、行こうか」
ユージーはそう言うと、持って来たケースを持ち上げて背を向けた。
カインは全員の顔をしばらく見つめると、ユージーのあとを追った。
「セレス」
カインの姿を見つめながらケイナはセレスに声をかけた。
「な、なに?」
セレスはケイナを見上げた。
「おまえがその銃を使うのは難しい。剣を出せ」
何かが来る…… セレスはごくりと唾を飲み込んだ。