28-2 消える点

「なんだか…… ケイナは感じが変わったと思いませんか?」
テントの隅でモニターに顔を突き合わせているカインとケイナを見ながら、リンクはひそひそ声でトリに言った。
トリはケイナの後ろ姿に目を向けた。
横にいるカインが時々戸惑うように目をそらせるのがよく分かる。
最近ケイナの一番近くにいるのはカインだ。リンクですらケイナが自分の半径50cm以内に近づいて来るとかすかに身をこわばらせるので、カインは相当辛いのかもしれない。
「ピアスを外したからなのか、治療が効いてきたからなのか、なんというか…… うーん、何とも形容しがたいけど、ちょっと人間じゃないみたいな感じがして…… いや、まあ、いいほうに、ということだけど」
リンクの言葉にトリは思わず笑った。
「あの顔で笑われると全身が総毛立つ?」
「そう、そんな感じ」
答えてしまってリンクは顔を赤らめた。
「遺伝子治療して性格が変わるなんて聞いたことないですよ」
「子供の頃のケイナはあんな感じだったかな……」
トリは言った。
「子供の時と今じゃ違うから人の受け止め方も違うんだろうけど、ぼくに言わせれれば元に戻った感じがするよ」
「そうなんですか……」
リンクはふたりにちらりと目を向けた。
「治療をしたら、ただの人……」
トリがつぶやいたのでリンクはトリを見上げた。
「無理だよ…… 彼の場合はそんなことにはならない」
トリはかすかに笑って言った。声に少し悲しみが浮かんだような気がしてリンクは目を細めた。
「死の予感は消えていっても…… もう、ここまで成長してしまったら、彼は自分と一生戦っていく運命だろうね」
リンクは眉をひそめた。一生自分と戦う運命。自らの耳を切り落とし、走り出す狂気。そういう資質は残るということか……
確かに目的を達するために次々と人格を形成してしまう彼の内面を遺伝子治療が治癒させるとは思えなかった。
「ケイナは…… なぜ、生まれて来たんだろう……」
リンクは驚いてトリを見た。トリ、あなたがそんなことを言ってはならないだろうに。
トリの静かな目からはその真意を知ることはできなかった。

 翌日、リンクが厳しい表情をしてカインをテントまで呼びに来た。
「きみたちも一緒に来たほうがいいのかな」
ケイナとアシュアに目を向けて言う彼の言葉に全員が顔を見合わせた。
リンクが4人を引き連れていつもデータを見るテントに戻って来ると、中にはトリとリアが座っていた。
トリの表情はいつもと変わりないが、リアは眉根を寄せている。アシュアの顔を見てすっと視線をそらせた。
いったい何があったんだろう……。アシュアはリアの顔を見て不安に陥った。
「ときどき外の情報は調べてたんですけどね」
リンクはモニタの前に座りながら言った。
「なに?」
セレスはケイナの顔をちらりと見て言った。緑色の目が潤むほど不安に満ちている。
「関係ありそうな情報っていうのはこれまで一切流れて来なかったんですよ。完全にシャットアウトされているというか」
リンクはキイを叩いた。
「これ」
4人はモニターを覗き込んだ。
「情報出したのはここ一社。小さなTV会社ですね。リィに時々スポンサーになってもらってるけど、リィ系列じゃない。番組も数個くらいしか持ってないし、ごく限られた地域にしか報道していない。なんでここだけにカンパニーは情報を流したのかは分からないけど」
「なんだよ、これ!」
アシュアが思わず叫んだ。
死亡報道。カイン・リィ、18歳。死因肺炎…… いまどき肺炎なんかで死ぬかよ!
「一応葬儀をしてくれるつもりなんだ。一週間後だな……。トウに先を越された……」
カインは冷静につぶやいた。そのカインの横でケイナは無言で画面を見つめている。
「トウ・リィは思いのほか焦っているのかもしれない……」
トリが言った。顔こそ厳しいが、妙に落ち着いているカインやトリ、そしてケイナがアシュアには理解できなかった。セレスはただ目を見開いて硬直しているだけだから論外だ。
ふいにケイナが手を伸ばしてキイを叩いた。ぷつりとモニターから画面が消えて、リンクは驚いてケイナを見上げた。
「こっちが情報受け取ったこと、知られたよ」
ケイナはかすかに笑みを浮かべてリンクに言った。リンクが慌ててカインを見ると、カインは少し肩をすくめてため息をついた。
「じゃあ、わざとこっちに知らせるために情報流したってこと?」
リンクは戸惑いを隠せない表情でつぶやいた。トリに目を向けると彼は最初から分かっていたような表情をしていた。
やれやれ、こういうのはぼくは全然分からないんだな。
リンクはため息をついた。
「カイン、きみの次期社長としての権限が抹消するのにどれくらいの時間があるの」
ふいに口を開いたトリの言葉を聞いて、アシュアが仰天したようにカインの顔を見た。
そうだ、死亡したら次期社長の権利はなくなる。
世襲制のカンパニーでは血族が絶えた時点で 重役と株主たちの同意で次期経営者はほかの血族に移行することになる。もちろんトウが生きている限りはリィ一族のものだが、トウが誰かを養子に迎えたらそのままリィで経営権は持続する。早い話、彼女はカインの経営権だけを消し去ろうとしているのだ。
「さあ…… どうかな…… 葬儀が終わって…… 一ヶ月以内に取締役会が開かれて…… でもトウはそこまで考えてないよ ……たぶんこれを見てすぐにぼくが戻って来ることを読んでるんだ……」
カインは複雑な表情で答えた。
「死んだ人間が生きて現れて、それで、はいそうですか、ってなるのか?」
アシュアは思わず口を挟んだ。
「最初からリスクの話はついてるよ。トウはメディアの裏に手を回してわざと嘘の情報を流させたんだ。大きなところだと逆に大騒ぎになるし、ここくらいがちょうど良かったのかもしれない。これで気づかなかったら大々的に報道する手を打ったのかもしれないけど」
カインがそう言うとアシュアは顔をしかめて額を押さえた。トウ、あんたって人は……。
「カイン、嘘の情報なら帰ることないよ。ほっとけばいいじゃん」
セレスは全く意図が理解できないらしい。自分を見上げる大きな目をカインはかすかに笑みを浮かべて見た。
「セレス、ぼくは帰らないといけないんだよ」
「え……」
緑色の目がさらに見開かれ、みるみる潤み始めた。
「や、やだよ、カイン…… 戻るって…… せっかくまた会えたんじゃないか…… 行かないでよ、おれたちと一緒にいてよ……」
セレスのすがりつくような言葉で初めてカインの顔に苦痛が浮かんだ。
行くなと…… それをきみが言うのか。
セレスはカインの腕を掴んだ。
「行くな! カンパニーなんかに戻ったらカインはきっと危険な目に遭うよ! そんなことさせられない。みんな、そう思ってるだろ? ケイナだって思ってるだろ? カインが帰って来てあんなに喜んでたじゃないか!」
カインが思わずケイナを見ると、ケイナは目を合わすまいと顔をそらせた。
「ケイナ! なんか言えよ!」
セレスはケイナに詰め寄った。しかし、ケイナが手を乱暴に払い除けたのでセレスは呆然とした。
「なんで…… なんで? カインはおれたちの仲間だろ? カインがいなくなっちゃうなんて、そんなのもういやだろ? ケイナはカインが来てくれたから治療法が分かったんだよ?!」
ケイナは思わず口を開きかけてやめた。行かせたいはずがない。当たり前だ。誰が行けと言えるもんか。しかし、カインは決心をつけている。次期社長として組織を担い、全てを変える決心をしている。場合によってはトウ・リィと反目して闇に葬られることになろうとも、その彼の思いを消す権利は誰にもなかった。
「カイン、せめておれを連れていけ。おまえひとりじゃ危険だ。トウは何を考えてるか分からねえ」
アシュアが言ったのでカインはなだめようと口を開きかけたが、それより早く口を開いたのはリアだった。
「だめよ! アシュア、あんた、命の保証ないってあのおじさんが言ってたじゃない!」
おじさん……。アシュアは顔をしかめてリアを見た。カート司令官がおじさんかよ。
「ケイナ」
トリがケイナに顔を向けた。
「分かってる」
ケイナは答えた。
「レジーにもう一度コンタクトを取る」
「今度はぼくも会うよ」
トリの言葉にケイナはうなずいた。
「レジーもきっと情報を受け取ってる。カートの出方を見る」
カインは少しためらうような表情を浮かべたが何も言わなかった。それは了承の印だった。