27-8 ミント・キス

 アシュアは落ち着かない様子で何度もテントから出たり入ったりを繰り返していた。
セレスがなかなか帰って来ない。
「うっとうしいなあ、もう。座れ!」
ケイナが吐き出すように言った。カインは仏頂面で黙っている。
ふたりともいつもと態度が逆だ。それがこのふたりも内心穏やかでないことを物語っている。
ちくしょう、素直じゃねえ。
アシュアはふたりをじろりと睨んだ。
「あ、帰って来た」
アシュアが飛び出して行くのと、ふたりがそれを聞いて立ち上がるのが同時だった。
しかしアシュアはセレスとリアが笑い合いながら歩いて来ることに気づいて仰天した。
あとから出て来たケイナとカインも目を丸くした。
「どうしたの?」
口を開けて自分を見つめるアシュアの顔を見て、リアは怪訝そうな顔をした。アシュアはそれを無視してセレスに目を移した。
「アシュア」
セレスは言った。
「ごめん、遅くなって。腹減っちゃった」
「ん、あ、て、テントにあるよ」
口籠りながらアシュアが言うと、セレスはリアに顔を向けて口の端にキスをした。
「あら!」
リアは思わずセレスの顔を見た。
「ありがと、リア。お休み!」
セレスはアシュアの前を通り過ぎ、その後ろにいたカインとケイナの脇もすり抜けてテントに走っていった。
カインとケイナは訝しそうに目を見合わせた。
「セレスと何してた?」
アシュアはセレスを見送ってリアに向き直った。
「なにって……」
リアは困惑したように3人の顔を交互に見た。
「別に何もしてないわよ。わたし、水浴びに行って、セレスがいたから傷の消毒手伝ってもらって、少し話して……」
「いったい何を話したんだ」
「なによそれ」
アシュアの言葉にリアはむっとした顔をした。
「たいしたこと話したわけじゃないわよ。なんか、ちょっと落ち込んでたみたいだったから、元気出せって……」
リアはそこで悪戯をとがめられた子供のような顔になった。
「元気出るかなと思って、親愛のキスしてあげたのよ。大好きな人にはキスしたくなる、代わりのいない目の前の人は大切だからって…… トリがたまに言う言葉だわ。わたしもセレスが大好きだから元気出せって……」
3人は呆然としてリアを見つめた。その顔がリアを不安に陥れた。
「わたし、なにか悪いことした?」
体よく摺り替えられてしまったかもしれない…… 3人はそう思った。
だが、その摺り替えが3人にとって何より有り難いものであったことは事実だった。
「リア!」
「なに?いったいどうしたの?」
叫ぶなり大きなアシュアの腕に抱き締められてリアは慌てた。
「やだ、いったいどうしたの?!」
ケイナとカインの前でと真っ赤な顔になったリアはさらに抗議しようとしたが、アシュアの唇に口を塞がれてしまった。
ケイナがカインの腕をつついたので、ふたりはリアとアシュアを残して踵を返した。
「なんだか後味悪いな」
そうつぶやくカインにケイナはくすりと笑った。
「そう思ってるのはおまえだけだよ。誰も気にしてない」
カインは思わずケイナの顔を見た。
「ノマドはわりと男とか女とか関係なく好きという表現をするんだ。キスくらいいくらでも」
その言葉にカインはかっとなった。彼の手がふいに振り上げられたが、その手はケイナの頬をかすかにかすって空を切った。 ケイナが顔をそらせたからだ。
カインは刺すような視線をケイナに向けた。
「こんなのがよけられるくせに」
ケイナはそれを聞いて目を伏せた。
「ふざけるな…… きみにとってはノマドの挨拶のつもりだったのか。ぼくがきみの首を絞めながら?」
カインはケイナの伏せられた長い睫を見つめた。
「誰も気にしてない? キスくらいいくらでも? じゃあ、ぼくがあれ以上のことを求めたら? セレスには何にもできないくせに、ぼくが求めればできるわけ? それもノマド式の挨拶か?」
ケイナの目に動揺が浮かんだ。意地の悪いことを言っているのは分かっている。だが、言わずにいられなかった。
「びっくりだ…… 人のことなんて全然無関心だったのにきみは人に執着してる。だけど、間違ってるよ…… 言うこと聞けばぼくがここに留まるんじゃないか…… って…… 大事さの加減じゃないだろ、それは」
カインは泣き出したい思いに駆られていた。
「ぼくはできたおとなじゃないよ ……きみをひとりじめしたいと思うんだ……」
こんなことを言っても目にわずかにしか表情を浮かべないケイナに、再び同じことを繰り返したくなる衝動が沸き起こる。
いや、それとも殴りつけたいのかもしれない。どうせ、よけられてしまうんだろうけれど。
暴力には敏感。愛情には鈍感。
「大事に思ってくれるのは嬉しいけれど、なんでいつもみたいに怒ったりしなかったんだって思うよ。残酷なことしてるって分かってないだろ」
カインはため息をつくとちらりと後ろを振り向いた。リアとアシュアはまだ抱き合っている。こんなところで妙な喧嘩を始めるわけにはいかない。カインは諦めたような笑みを浮かべた。
ケイナには無理だ。こんなこと、たぶん、ずっと彼は分からないだろう。
「また、トリと計画を練ったほうがいいと思うけど、地球に戻ったら、とにかくぼくはカンパニーに戻る。ぼくがノマドにいても何も解決しない。ぼくがカンパニーに行っても解決できるかどうかは定かじゃないけど、きみたちのことだけじゃない。ぼくはやらないといけないことがたくさんある」
ケイナは無言でカインの顔を見つめた。
「だけど、約束するよ。全部が終わったら必ず会いに来るから。その時にはリィの社長として。だから、それまでにちゃんと体、治しておくんだぞ」
「もう、いいよ……」
ケイナがつぶやいた。
「もう…… いいよ…… データも手に入ったし、おれがセレスの治療法探すよ…… もう静かに……」
そこまで言って、ケイナは口をつぐんで俯いた。
言ってもどうにもならない。そのことだけはケイナも分かっている。
ぼくがここまで言えば考えを変えることはないことをケイナは知っている。
もう、静かにここに一緒にいよう。
そんなふうに言ってくれようとしたんだよな……
カンパニーに仮死保存され、眠り続けるきみのそばでずっと過ごすことを夢見たこともあった。
そうすりゃ誰も邪魔しない。きみはぼくが死ぬまで一緒にいてくれる。
ぼくはきみの心を100%こっちに向けたいと思うよ。
だけど、夢の中でもセレスには勝てなかったよ。
セレスは怖い。彼にはきっと誰も勝てない。いや…… 彼女かな……
ケイナのそばにいて、何の治療もしなくても、日に日に女性になっていくようだ。
4つの点。
神様、消えてしまうのはどの点ですか。
カインは自分を見つめるケイナの視線から顔を背けて思った。
お父さん。どうして大切なところだけは見えない力をぼくに与えたんですか。
お願いだから、消える点はぼくにしてください……