27-6 ミント・キス

「おまえ、この次離れたら、もう二度と会わないつもりじゃないのか」
それを聞いて思わず顔をそらせた。はっきりと分かっていたわけではなかった。
ただ、この次ケイナと別れるともう二度と会えないという予感はあった。
何があるのか分からない。分からないがカンパニーに戻ればその可能性は十分にあった。
こんなこと、考えたくなかった。
当たり前だ。命がけでここまで来たのはいったい何のためだったんだ。
きみの顔を見たい一心じゃないか……
だけど、どうしようもないだろ。ぼくにはぼくの役目がある。
一生懸命そのことだけを考えようとしていたのに……
「残酷なことを言う……」
カインは苛立たし気にそうつぶやくと剣を引き抜いた。
「ケンカ売ってるのか? これ以上言うと本気で怒るぞ。二度と同じことを言うな」
鼻先に切っ先をつきつけてもケイナはぴくりとも動かなかった。
次の瞬間、カインの剣はあっけなくケイナの剣に弾き飛ばされていた。リアの剣がさくりと音をたてて草の中に落ちた。
「腕はおれのほうが上。忘れたのかよ」
ケイナは言った。
「今度はおれがおまえを守る番。カイン、おまえをひとりで危険な目に遭わせない」
剣を弾き飛ばされた怒りも手伝ってカインはケイナに飛びかかった。
彼はケイナの首を掴むとそのままそばの木の幹に乱暴に押しつけた。
ケイナが痛さに顔を歪めた。
「ばかにするのもたいがいにしろ…… きみはやっと治療を始めたばかりだ。結果は半年たたなきゃわからないんだぞ。それにきみはセレスと一緒にいるという役目があるだろう。彼のそばにいなきゃならないだろう!」
そう怒鳴ってカインは後悔した。ケイナの目が自分の目のすぐ近くにあった。
深淵を見るようなケイナの目。心臓が狂ったように動悸を打ち始める。
ケイナに触れることはいつも怖かった。
ケイナに必要以上に近づいたり触れたりすることは、身の破滅を意味しそうな気がした。
そう、あの夢の中でも彼に触れた途端あっという間に彼の言うなりになってしまったじゃないか……
初めてきみの姿を映像で見たときからぼくはきみの目が恐ろしかった。
ケイナ、きみを見ていると引き込まれそうな気がするんだ。
助けて…… ぼくは今、とんでもないことをしようとしている……
カインはやっと気づいた。ケイナの吐息から漏れるミントの香り。
そうか、ケイナはわざとぼくにあの実を食べさせたわけじゃなかったんだ……
そんな姑息な真似するはずないって、どうして信じてやれなかったんだろう。
でも、もう遅い……

「なんつうか、おまえほんと歩くのへたくそだな」
アシュアは遅れ気味についてくるセレスを見て苦笑した。
「体調良くないか? 何ならおれひとりでもいいぞ」
「大丈夫だよ」
セレスは少しアシュアを睨んで答えた。
「それにしてもあいつらどこ行ったんだか。子供らのところで待ってたほうがいいかな……」
アシュアは顔を巡らせて人影に気づき、歩を進めた。そして声をかけようとして一気に顔から血が引くのを覚えた。
「アシュア、ケイナたち、いた?」
まずい! アシュアは振り向いたが、すでに遅かった。
「…………」
セレスの大きな目が見開かれていた。
「え?」
「来い!」
アシュアは乱暴にセレスの腕を掴むと、目を見開いたままのセレスを引きずるようにして子供たちのところまで戻った。
「え?」
「なんも見なかったことにしろ」
アシュアはセレスに噛みつくように言った。
「忘れろ。今見たことは忘れろ」
「カインとケイナ……」
「忘れろ。頼む!」
セレスはふらりとするとそのまま草の上にしりもちをついた。
「セレス……」
アシュアは泣きたい思いでセレスの顔を覗き込んだ。
なんでこんなときに…… カインのばかやろう。いや、ケイナもだ。
「だ、だいじょうぶ……」
セレスは引きつった笑みを浮かべてアシュアを見た。
「あ、あの…… か、カインのことは、し、知ってたんだ…… ほ、ほら、あの、夢の中で…… そ、そういうの聞いてたから…… し、しかたないよ。好きだったらさ。やっぱ、しかたないよ」
そういう問題かよ…… 違うだろ。アシュアは顔をしかめた。
10分ほどして姿を見せたのはケイナだけだった。
「交替。じゃあな」
早く消えろと言わんばかりに手を振るアシュアの影で、顔をあげずに座っているセレスの姿をケイナはしばらく見つめた。
そして何も言わずにコミュニティに戻っていった。

「あの……」
子供たちを連れて夕方近くコミュニティに戻って来たとき、セレスはアシュアの背に声をかけた。
アシュアが振り向くとセレスは無理に作ったような笑みを見せた。
「も、もうちょっとしてから戻る……」
アシュアは何も言わなかった。
セレスはくるりと身をひるがえすと走り去った。おそらくいつもの池のほとりにでも行くのだろう。アシュアはため息をついてそれを見送った。そしてそのあと、怒りが沸き起こるのを感じた。
「どう? そっち、何か分かりましたか?」
リンクはモニターを睨みつけているケイナとカインに声をかけてのっそりとテントに入って来たアシュアに気づいた。
お帰り、と言おうとして彼の表情があまりに険しいのでためらった。
アシュアはカインとケイナに近づくと背後から手を伸ばしてふたりの頭を掴もうとしたが、残念ながらケイナはすばやく身を伏せてしまったので、彼の手が掴んだのはカインの頭だけだった。
ケイナに後ろから近づいてやる行為にしてはあまりにもお粗末だったのかもしれない。
「痛っ……!」
ケイナほど警戒心のないカインは悲鳴をあげた。
ケイナは何をするつもりかとアシュアに抗議しようと彼の顔を見て…… やめた。
「おれたち午後には行くって言ってたよな!! セレスがいるんだから、考えろよ! ふたりとも知らないわけじゃないだろうが!」
リンクは状況が分からず怪訝そうに3人を見つめている。しかし、カインはそれを聞いてかっと顔に血が昇った。ケイナは顔色ひとつ変えずにアシュアを見ている。
「あいつ、いろんなこと聞いても必死になって自分の中で消化しちゃあ、立ち直って来てんだぞ! この期に及んで一生懸命カインのカタ持とうとして、しかたないからって……!」
カインは自分の頭を掴むアシュアの手を手首のところで掴み返して彼の顔を見た。
「男同士とかそんなんおれは別に言わねえし、あいつだって自分の気持ちをこれまではっきり言ってたわけじゃないけど、いいんかよ、こんなんで! カイン、おまえがそういうことしていいのかよ! おまえはそれでいいのかよ!」
カインはアシュアの手を振りほどくとアシュアを睨んだ。そして立ち上がりかけたが、ケイナがカインの腕を掴んで止めた。
「ほっとけ」
ケイナの言葉にアシュアもカインも思わず彼の顔を見た。
「ほっとけよ。おれは別に悪いことしたって思ってねえよ。あいつだって分かってくれる」
「ケイナ、それはあんまり良くないよ ……ぼくはきみたちの関係を悪くするつもりは……」
「分かるって」
カインの言葉を遮ってケイナは再びそう言うとくるりと背を向けてモニターに向き直ってしまった。
「おれ、できない。大事さの加減なんて。きっと分かってくれる……」
自分に言い聞かせるようにつぶやくケイナの言葉に、アシュアとカインはお互いの目をちらりと合わせてそして伏せた。