27-3 ミント・キス

「セレスはB型のお兄さんの子供ではないと言われたらしいけれど、問題はOとBしかいない中でのケイナのAB型が解せないんですよ」
「ルートにAかABの人間がひとりいる……?」
「ひとりかどうかは分からないけれど……」
カインのつぶやいた言葉にリンクは言った。
「だけど、トリは昔のケイナにグリーン・アイズの姿を見ているから、全く別ルートであるはずがないんです。これはひとつの仮説ですけど……」
「グリーン・アイズの娘……」
カインのつぶやいた言葉にリンクはひゅうっと口を鳴らした。
「さすが。飲み込みが速いね」
誉められても嬉しくも何ともなかった。こんなごちゃごちゃした話は聞いているだけでも胸が悪くなる。
「グリーン・アイズは途中で死んでしまったものもあったでしょう。それがいったいどれだけあるのかは調べてみないと分からない。ただ、今のところ分かっているのは成長したグリーン・アイズはノマドに来たひとり、そしてそれは死んだ。でもその娘は行方不明だ」
「もしかしたらカンパニーが捉えたとでも?」
カインはリンクの顔を見た。
「その可能性は十分にあるでしょう?」
リンクは答えた。カインは画面に目を移して口を引き結んだ。そして手で額を押さえて俯いた。
「カイン・リィ。あなたをカンパニーの次期社長として、そしてぼくらの味方と思って」
トリの声がしたので、ふたりは振り向いた。トリは厳しい表情でカインを見下ろしていた。
「仮死保存されているかもしれない、グリーン・アイズの娘をノマドに返して欲しい。彼女の母親はノマドだ」
カインは無言でトリを見上げた。
「彼女はたぶん長くは生きられないかもしれない。目覚めさせたら死ぬかもしれない。もう何十年もたってるんです。だけど、彼女が保存されている限り、グリーン・アイズの血を引いた人間は作られる。負の遺伝子を抱えたまま」
「負の遺伝子? ……ケイナとセレスのような、ということですか……?」
カインはむっとしてトリを睨んだ。
「あなたはあのふたりの存在を否定しているんですか」
トリは表情を変えなかった。冷たいとも言える目でカインを見つめている。
「幾重もの人格を作り、自分の耳を切り落とし、誰からも制御されない、彼の目に見えるものは死しかない、そんな人間は普通じゃない」
それを聞いたカインが思わず殺気だって立ち上がったので、リンクは慌ててカインの腕を掴んだ。
「あなたはケイナをそんなふうに思ってたんですか」
カインはリンクの腕を払い除けた。そしてトリの胸ぐらを掴んだ。
「ち、ちょっと……!」
リンクは仰天して言ったがカインはそれを無視した。
「ケイナがどれだけ苦しんで来たかあなたは知らないのか。どれほど自分に怯えて、どれほど……」
「分かっているならルートを断て。あなたがリィの息子だ」
トリの言葉にカインはびくりと手を震わせた。
「あなたが動かないのなら、われらがやるぞ。ノマドはもう決心している」
「決心……。」
カインはトリから手を放した。リンクがほっとしたような顔をした。
トリはカインを見据えていた。
「ケイナは必ず助ける。一度目の前に現れた命、誰にも代わりはできない。誰にも断つことはできない。だが、彼らが次に生み出す次のケイナも誰にも断つことはできないぞ」
カインはトリの顔を見つめた。
なんだこれ……?
ふいに真っ白な視界が広がった。一気に気温が下がったような気がする。
白い、白い、白い…… 白ばかりだ。
視界の先に小さな黒い影を見つけた。
それに目を凝らそうとした途端、額に衝撃を感じてカインははっと我に戻った。
トリが手を伸ばして自分の額を掴んでいた。
「それ以上見ると動けなくなるよ」
トリは言った。さっきとうって変わって穏やかな笑みを浮かべている。
「アライドの血を引くカイン・リィ。あなたは見える人かもしれないけれど、これは見てはいけない。なんでも知ることがいいとは限らない」
そっとトリが手を放すと、カインはそのまま後ろに揺らいだ。
リンクが手を差し出したので、カインは危うく床にひっくり返ることを免れて椅子に脱力したように座り込んだ。
「記憶は閉じた。日がたつごとにさっき見たことは忘れていくと思うよ……」
「動けなくなるって……」
カインは呆然としてトリを見つめた。
「それがラストシーンだからだよ」
トリは言った。
「申し訳なかったね…… きみにどこまでのことが見えるのか確認させてもらったんだ……」
カインは視線を泳がせると、息をついて自分の額を押さえた。
まだトリの手がそこにあるような感覚だ。
「グリーン・アイズは自然の淘汰に任せよう…… 人は勝手に遺伝子をいじってはいけない。自分も自然の中のひとつの遺伝子であるということを忘れてはいけない。あなたが決心するのなら、ノマドはあなたの味方になるだろう」
『4つの点のうちのひとつが消える…… あなた、見てた?』
別れ際にジェニファの言った言葉が頭に浮かんだ。
トリも見ているのだろうか。
ぼくなら、全然後悔しない。ぼくだったら、いいのに……。運命はどっちなのだろう。決心をすればみんなが助かるのだろうか。それとも……
「大丈夫ですか?」
トリがテントを出て行ったあと、リンクはカインの顔を心配そうに覗き込んだ。
「カンパニーを潰さないといけないのかな……」
カインはつぶやいた。少し声が震えている
「ぼくはトウに会って、説得すればなんとかなるって思っていたところがある…… カンパニーを潰すなんて…… ぼくにそんな勇気があるんだろうか。ぼくが動かないとあなたたちはテロでも起こすつもりですか……」
リンクはそれを聞いてため息をついてかぶりを振った。
「ぼくは個人的には暴力行為は好きじゃありません。だけど……」
そう言ってリンクは口籠った。
「……約束を破ったのはカンパニーのほうだ」
カインは口を引き結んだ。
どんなに頭が良くても、次期社長だと言われても、彼はまだ20歳にもならない子供だ。
彼に決断を迫るのは、なんと酷なことだろう。リンクはそう思ったが口には出さなかった。
彼にはしっかりしてもらわなくてはならない。
「ケイナの遺伝子治療にベクターが必要なんです」
リンクの言葉にカインは目をあげた。
「あなたが持って来た治療計画書にも、ダウンロードした計画書にも Lpv18のベクターが指定してあった。でも、ケイナはもうあまり時間がない。Lpv18はわりとオーソドックスなレトロウィルスなんですが、できればもっと動きの速いものが欲しいんです」
カインは目を細めた。リンクが何を言いたいのか分からなかった。
「遺伝子治療用のRNA系ウィルスはリィ・ホライズンががっちり管理していて入手が困難なんです。リィ系列の病院か、研究所でないといくつものチェックが入る。あなたの知っているところで、Rt9というベクターが入手できる先か、もしくはそれに遺伝子情報を与えられる先はありませんか」
まっ先に頭に浮かんだのは、ドクター・レイの顔だった。しかし、彼にそんな危ない橋は渡らせるわけにはいかない……
次に浮かんだのはレジー・カートの顔だった。
彼はもっとだめだ。カートはトウがレイよりも見張っているだろうからだ。
やはりレイしかいない……
「協力してもらえるかどうかは分からないけれど…… ひとりぼくの知り合いの医者がいます ……脳医学が専門です。治療計画のデータを作ってくれた人です」
カインはしかたなく重い口を開いた。
「だけど、彼は関係ない。危険な目に遭わせるのは……」
「協力してくれるのなら、ノマドは彼らを守ります。信用してもらえませんか」
カインは迷った。しかし選択肢はそれ以外に見つからなかった。
「連絡してみます…… 通信機を貸してください」
リンクはうなずいた。

 森の中を歩くことに慣れてきたアシュアは通信機を持つカインを連れて磁場の外まで連れていくことになった。
「アシュア…… ぼくはどうしてリィの息子として生まれて来たんだろう……」
ざくざくと草を踏み分けて歩きながら、カインは先を歩くアシュアの背に言った。
「おまえにその役目があるからだろ」
こともなげに答えるアシュアをカインはびっくりして見た。
「そんなびっくりするようなことかよ」
アシュアはちらりとカインを見て笑った。
「自分にゃ何か役目や意味がある。そう思ってなきゃ、おれだって自分の存在価値が分からなくなる。ただ、おもしろ半分に作られた人間だなんて思いたかねぇよ」
「おまえがリィの息子だったら良かったのにな。なんでもガンガン決めてガンガン動かしそうだ」
カインはの言葉にアシュアは肩をすくめた。
「頭は使わねぇで、体だけ使ってな」
カインはかすかに笑った。アシュアは彼を振り返った。
「カイン、おまえ絶対に次のトップになれよ。トップになったらおれを雇ってくれよな。おまえのボディガードでもなんでもするわ」
「雇うのはいいけど、ボディ・ガードなんかいらないよ」
カインは笑った。
「リアと結婚するの?」
急な質問にアシュアは戸惑ったような表情を浮かべた。
「なんだよ、いきなり…… そりゃ、迎えに来るからってあいつには言ったけど、そんなもん、分からねえよ」
照れて顔を背けるアシュアをカインは見つめた。
「ボディー・ガードっていうのは身を張ってクライアントを守る人だよ。アシュアにそんなことさせられない」
カインは目を伏せた。
「守る相手が違うだろ」
守る相手…… そうか、ぼくはカンパニーの下で働く何千何万という人を守らないといけないんだな。
不満そうな顔をしているアシュアを追いこしてカインは思った。
そしてアライドの人、TA-601の保障…… ノマドたちの願い。
曾祖父は全てに裏切られて全てを引き受けた。その血が少しでも流れているのなら、ぼくの役目は逃げないことだ。
きっとどうにかする道はある。そう信じよう。
最高のラストシーンを迎えてみせる。きっと。
「磁場を出たぞ」
アシュアが言ったので、カインは通信機を開いた。
レイへの連絡先のコールをしてしばらく待っていると、いきなり息子のジュナの姿が現れた。
「カイン・リィ……」
ジュナの顔は怒りに歪んでいた。
「連絡はするなとぼくは言ったはずだ」
アシュアが気づかわしげにカインの顔を見た。
「レイと話をさせてください。頼みます。ひとりの……いや、ふたりの人間の命がかかっている」
「父はいないよ」
ジュナはぴしゃりと言い放った。
「あのあと…… 倒れた。脳硬塞だ」
カインの目が見開かれた。脳硬塞……レイが……。
「脳医学の権威が脳硬塞とは何とも皮肉な話だけどね……幸い命は助かった。でも、もう動けない。父はホライズンに入ることを拒んだのでアライドに発った。3日前だ」
「う……」
カインはこぶしを握りしめて額に押しつけた。望みは断たれてしまった。そんなカインの様子をジュナはじっと見つめた。
「カンパニーから使者が来たぞ」
彼の言葉にカインはうなずいた。
「分かってます」
「父と母は必死になって隠してた」
「……」
「……ぼくも言わなかったよ。きみに会ったことは」
カインは目をあげた。ジュナは複雑な表情でカインを見下ろしていた。
「どうして父と母はきみみたいなお坊っちゃんのカタを持つのか、ぼくは不思議でならない」
ジュナは顔を歪めてため息をついた。
「……ケイナ・カートの治療に関することなら…… 引き受ける」
カインとアシュアはびっくりしてジュナを見た。
「アライドに発つ前に父がそう頼んで行った。手が不自由になっていた父が必死になってぼくの腕を掴もうとした。だから協力する ……でも、それだけだ。ほかはない」
カインはごくりと唾を飲み込んだ。ジュナはカインを鋭い目で見据えた。
「父の期待に応えろ。きみの誠意は何だ」
カインはジュナの顔をしばらく見つめた。そしてきっぱりと答えた。
「あなたは近い未来にそれを知る」
ジュナはかすかに笑みを浮かべた。
「そんなことが言えるようになったのか。あれからほんの少ししかたっていないのに」
無言で自分の顔を見据えるカインの顔をジュナはしばらく見つめた。
「……話を聞くよ。何が必要だ」
カインはほっと目を閉じた。