27-1 ミント・キス

 明け方近く、毛布にくるまって眠り込んでいたカインはふと目を覚まし、目の前に差し出されたカップに気づいて顔をあげた。
「飲む?」
見上げるとアシュアが笑みを浮かべて立っていた。
昨日はあれから全員でケイナと同じテントにいた。疲れきっていたカインは誰よりも早く寝入ってしまったらしい。
ベッドのほうを見るとセレスがケイナの足元に丸くなって眠っていた。
カップを受け取り身を起こしてもつれた髪をかきあげた。
伸びた髪はよくもつれる。ケイナの髪はあれだけ細いのにくしゃくしゃになったのを見たことがない。
いっそアシュアのように癖のある髪ならもつれても気にならないだろうに、とぼんやり考えた。
「ノマドは朝が早いんだ。もうみんな外に出ていろいろ仕事してるよ」
アシュアはカインの横に腰をおろして自分用に持って来たカップを口につけた。
「なんか、徹底的な自然食だから、こっち来てからすげえ体の調子が良くなった気がするぜ」
彼の言葉にカインは小さく笑って熱いお茶を飲んだ。
なんだろう。薬草かなんかだろうか。甘い香りにほっと気持ちが和む。
「腕はもういいのか?」
ケイナとセレスを起こさないように小さな声で話すアシュアにカインはうなずいた。
「VIP対応でホライズンにいたからね。途中で抜け出したけど」
「やっぱし、無理してんじゃないかと思ってたぜ……」
アシュアはため息をついた。
「コリュボスまで密航して来たよ。こんなの初めての経験だ」
カインは笑った。
「こっち来てからドクター・レイのところに寄って来た ……というか、半分転がり込んだような感じだったけど…… レイはケイナの詳しい事情は知らなかったけど、昔、彼の検査を担当したらしい。だからケイナの抱える脳の問題についてはレイから聞いて来たんだ」
「それでデータを預かって来たのか……」
アシュアはずずっと音をたててお茶をすすった。
「トリからだいたいのことを聞いたけど…… ユージーが来たんだって?」
「ん…… ケイナはそれでまたピアスをつけることになった」
アシュアは辛そうに視線を落して答えた。
「カート司令官と会って来たこと聞いたか?」
アシュアはカインの顔を気づかわしげに見た。
「会ったっていうそれだけで、ほかは何も……」
トリはリアが持った髪を介してだいたいのことは分かっているんだろう。
もっと詳しいことはリアから聞くかもしれない。
あえてカインに話していないということは、判断をこっちにゆだねてるということだ。
どうしよう。カインに言ったほうがいいんだろうか。セレスと一緒の時がいいだろうか……。
迷っているとふいにセレスがむくりと寝ぼけた顔をあげた。
「お茶…… おれも……」
「自分でもらって来い」
アシュアが言うと、セレスは毛布をはねのけて立ち上がり、大欠伸をしながらテントを出ていった。
「相変わらずマイペースなんだな……」
カインは笑った。
「ちょっと元に戻ったところなんだよ」
アシュアは答えた。
「ケイナが抑制装置つけることになったときは相当ダメージ受けてた。いろいろ一気にありすぎて、まだそんなに自分の中で決着ついてるわけじゃないと思うよ」
「…………」
カインは無言でカップを口に運んだ。
「でも、ケイナは話せるような状態じゃないし…… 早いうちに言っといたほうがいいんだろうなあ……」
「なんのこと」
アシュアの苦悩したような声にカインは怪訝そうに彼を見た。
「トイ・チャイルド・プロジェクト」
アシュアはお茶を飲み干した。
「やな、名前だよなあ……」
「ケイナのペンタントトップに書いてあったな」
カインはカップを見つめて言った。
「あれがプロジェクトの名前か…… トリも策略家だ。厭なことは全部アシュアに押しつけようとしてる」
「やっぱし」
アシュアが顔をしかめてそう言ったとき、セレスがテントに戻って来た。
「食事しろって。トリが。こっちはリンクが来るから」
アシュアは目をあげると、セレスの顔をちらりと見やって立ち上がった。カインもそれに続いた。

 辛い……
セレスとカイン、どちらにとっても自分の生い立ちを知ることになる。
それもまともな話じゃない。
だけど、今話さないともう話す機会はないだろう。アシュアはそう思った。
一番不安定なセレスにとりあえず食事をとらせ、自分たちのテントに戻ってアシュアは話し始めた。
ユージーを送りにエアポートまで行き、そこでレジーと話して、そのあとリアとケイナに起こった事も全部話した。言えなかったピアスをつけた経緯も初めてセレスに言った。
カインは思いのほか冷静だったが、セレスは一気に顔が青ざめた。
「ふ……」
何を言おうとしたのか分からないセレスの声が彼の口から漏れた。
緑色の目を見開いている。今にもこぼれ落ちそうだ。
「もっと早く言ってやれば良かった。ごめん」
アシュアは気づかうようにセレスを見て言った。
「わ……」
セレスの体がぐらりと傾いたので、アシュアは慌てて彼の腕を掴んだ。カインもびっくりして立ち上がった。
「だ、大丈夫か!」
アシュアはセレスの顔を覗き込んだ。
相変わらず目を見開いている。
「もう…… 頭が満杯……」
セレスはつぶやいた。
「もう、何も入らないよ……」
「しっかりしてくれよ……」
アシュアは困惑したように彼を見つめた。
「おれって、兄さんの子供だったの……?」
「いや、違うって、おまえは…… ああもう、また最初から説明すんのかよ……」
アシュアは泣き出しそうな顔になった。
「ケイナは……?」
「ルートはどこかで繋がってるんだろうけど、おまえとはだいぶん遠そうなことを司令官は言ってたぜ」
「ハルド指揮官の血液型は何なんだ?」
ふいにカインが言ったので、セレスは焦点の合わない目をカインに向けた。
「に、兄さん?」
セレスは視線を泳がせた。
「え、ええと…… たぶんBだと思う……」
「じゃあ、きみとハルド司令官の血でケイナは生まれないよ」
カインは言った。
「O型とB型からはAB型は生まれない。O型は誰と結婚してもAB型の子供は生まれないんだ。B型ならAB型が生まれる可能性がある。つまり、セレスとケイナが繋がっているというよりも、ハルド指揮官のほうが近い可能性があるんだ」
「……じゃあ、ケイナとおれは他人なの? 兄さんとおれは?」
セレスのすがりつくような表情にアシュアは頭を抱えた。自分も頭がこんがらがってきたからだ。
「きみのお祖父さんや周辺の血液型が分かればある程度の仮説が立てられるかもしれない」
カインは言ったが、セレスはかぶりを振った。
「そんなの知らないよ……」
「どうだっていいじゃねえか、誰が誰のってことなんかもう!」
アシュアが切れた。カインはアシュアに目を向けた。
「ぼくは遺伝子について詳しいわけじゃないけど、より近い遺伝子同士の子孫繁栄は優性遺伝子を安定させるって説はあるんだ。引き継ぎたい遺伝子情報だけを継続させるために、近親者同士で子孫を作るんだよ。そのことが……」
「もう、やめろ」
アシュアの険しい顔にカインははっとして口をつぐんだ。セレスが突っ伏してしまったからだ。
「気分悪い……」
そうつぶやくなりセレスは両手で自分の胸を抱えるようにして立ち上がった。
「ち、ちょっと頭冷やして来る…… ひとりにして」
少しふらつく足取りで前のめりになりながらテントを出て行くセレスを不安げに見送ったアシュアはカインを少し睨みつけた。
「ごめん…… 言い過ぎた……」
カインは目を伏せた。
「おまえも大丈夫じゃないんだろう」
カインはうつむいたままかぶりを振った。
「もう、ショックなことは今までもさんざん見て来たし、聞いてきたから今さらどうということはないよ」
そして顔をあげてアシュアを見た。
「トウがぼくの本当の母親じゃないかってことも…… 何となく察しがついてた」
「え?」
驚くアシュアにカインは肩をすくめてみせた。
「コリュボスに渡ってくるときに会った渡し屋の女性がむかし看護婦をやってたらしいんだ。……場末の自分の病院に場違いな女性が手術を受けに来て、おれの顔が彼女にそっくりだと言った。名前はトウだと言っていた」
「それ、ほんとか?」
アシュアは呆然とした。
「さあ…… 単に偶然かもしれないけれど……」
カインは再び視線を落して床を見つめた。
「背景に何があったのかは分からないけれど、トウの卵巣は残ってた。サエは子宮が残ってた。考えられるのは体外授精と代理出産だろ」
「はー……」
アシュアは息を吐いて椅子の背もたれに体重をかけて天井を見上げた。
「トウと直接会って話をするしかないよ」
カインはつぶやいた。
「ケイナとセレスの治療方針がはっきりしたら地球に戻る。トウの口から全部を聞きたい。トイ・チャイルド・プロジェクトもやめさせる……」
「おれも行くよ」
すかさずアシュアは言ったがカインはかぶりを振った。
「アシュアはふたりを守ってくれよ。それに……」
かすかに口を歪ませた。
「だれ? 髪の長い人の陰が見える」
アシュアの顔にかっと血が昇った。
「リアって名前だったっけ? 彼女のそばに寄ると、びっくりするくらいおまえの意識を感じるんだ」
カインは立ち上がった。
「一緒にいてやれよ。大事に思う人は必要だよ」
『おまえは?』
アシュアは心の中で言った。
『カイン、おまえは何を大切に思う? ケイナか?』
カインの表情からは何も読み取れなかった。