26-6 螺旋

 アシュアとリアは森にこもりきりになり、セレスとリンクはコンピューターの画面にしがみつき、そして2日がたった。
リアは足をとめると不審気に周囲を見回した。
「アシュア…… なんかヘンよ…… 妙に気配が多く感じられるの」
「ああ。おれもだ」
アシュアは剣の柄に手をかけた。
「カインじゃねえな…… 誰だ。カンパニーか?」
「分からないわ…… 向こうは全然こっちに気づいてない。でも、なんか匂いがするわ」
「匂い?」
アシュアは目を細めてリアを見た。
「アシュアと一番最初に会ったときも同じにおいがした。銃かな……」
「エネルギー反応?」
アシュアはびっくりしてリアを見つめた。
「そんなものを嗅覚で感じてたのか?」
「ずっと森に入れば嗅覚も敏感になるわ。とくに自然のものでないものには」
リアは答えた。
「二手に分かれてみる?」
「いや…… おれのそばにいろ」
アシュアは言った。
「相手が銃だったらヤバイ。こっちは剣しかないんだ」
「いったい何のために近づこうとしているのかしら…… 敵か味方か……」
「友好的なやつがおれが持っていたようなタイプの銃を持って森に入るかよ」
アシュアは言った。
「護身用かもしれないわ」
「大勢で? そりゃ、面白い。リールがいったい何頭いるんだか」
リアはアシュアを睨みつけると軽く頬を叩いた。
「ためらわず行け」
アシュアはそれを無視して言った。
「ケガをさせることを躊躇するな」
「分かったわ……」
リアはそう答えて剣を引き抜いた。

 ちょうどその頃、トリはふとケイナが何かをつぶいやいたような気がして振り向いた。
「どうし……」
そう口にした最後の言葉は吸い込んだ息で消えた。
ケイナの手に剣があった。
剣…… どうして…… 抑制装置がついているのに……
ケイナは剣を振り上げるとあっという間にそれを自分の耳にあてていた。
「や、やめ……!」
トリが手を伸ばして掴みかかる前にケイナの耳から鮮血が飛び散った。
トリは床にぽとりと落ちた赤いピアスがついたままのケイナの耳たぶを見た。
そしてそのまま床にへたりこんだ。悲鳴をあげそうになる自分を必死になってこらえるのがやっとだった。
「トリ、ごめん、驚かせて」
ケイナは手早くベッドのシーツを裂くと頭に巻いた。
「自分じゃ取ってと言えないからこうするしかなかった」
「なんで……」
トリはケイナを見上げた。
「セレスを呼んで」
ケイナは言った。
トリは呆然として目を見開いた。
「来る。アシュアとリアが危ない」
「ケイナ……」
トリはかすれた声でつぶやいた。
ケイナの全身からほとばしる殺気がトリを竦ませた。幼い頃遭遇したよりもはるかに強い殺気だった。
「あんた、感じてたはずだ。何も見えない、そのことこそが危険なのだと」
ケイナは剣の柄を握った。
「森へ行く。セレスの力が必要だ。彼に剣を持たせて」
トリは何も言えずに絶句した。ケイナはトリの腕を取ると彼を立たせた。
「しっかりしろよ、トリらしくもねえ」
「きみの脳はいったいどうなっているんだ……」
「そんなのは帰ってから考えて。耳、大事にとっといてくれよ。あとでつけなきゃならねえだろ」
ケイナは口を歪めて笑うとテントを出ていった。

「え?」
セレスは仰天してトリを見つめた。
「そんなはずはないですよ。ケイナは自分の意思では動けないはずで……」
リンクもかすれた声で言った。
「でも、動いているんだよ」
トリはめずらしく声を震わせた。そして、セレスに柄だけの剣をさしだした。
「これ……」
セレスは訝し気にトリを見た。
「ケイナがこれを持って来いと言ってます。もう森の入り口で待っています」
セレスはためらいがちに柄を手にとるとしばらく躊躇していたが、やがて意を決したようにテントを飛び出した。
トリはそれを見送ったあとふらふらと床の上に崩れ込んだ。リンクが慌ててトリに駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
「なんて力だ……」
トリは震える声でつぶやいた。
「封印できない…… あんな…… あんな恐ろしい力…… あれじゃあ、もう人間じゃない……」
トリは顔を覆った。
「青い目をしたモンスターだ……」
リンクは背筋にぞっと悪寒が走るのを感じた。

 トリの言った通り、ケイナはコミュニティの外れの森へ続く道の前に立っていた。
「ケイナ!」
呼ぶとケイナは笑みを浮かべた。
頭に巻いた布に血が滲んでいる。彼の右肩は真っ赤に染まっていた。
「耳を切り落としたの?」
セレスは呆然としてケイナを見つめた。
「心配ないよ。すっぱり切り落としたからあとでリンクが接合してくれるさ。片方は残ってるし」
「そ、そんなことじゃなくて……」
「なぜおれの中にいくつもの人格が存在したのかがなんとなく分かった」
ケイナは言った。目が違う、とセレスは思った。いつものケイナと少し違う気がする。だが、前のような別のふたりのケイナではない。今までに会ったことのないケイナだ。
ケイナはかすかに笑みを浮かべた。
「別の人格を作って、おれを外から制御できないようにする遺伝子があるのかもしれない。 自分で自分が制御できなきゃ、いずれどこかでおれは死ぬことになったかもしれないけど、おれはコントロールするよ。必要な時に必要な人格が出てくれりゃあいい。耳の痛みなんか感じてねえよ。たぶん、今このときだけのおれだ。すべてが終われば消えてなくなる」
「ケイナ……」
セレスはこともなげに言うケイナを見て震えた。
「剣を持て」
ケイナはセレスを見据えた。
「でも、おれ、これを持ったら……」
「おまえにおれと同じ血が流れているんだから使える。剣を自分で制御しろ」
「でも……」
「アシュアとリアの命があぶねえんだよ!」
ケイナは怒鳴った。セレスは雷に打たれたように立ちすくんだ。
「分かった」
セレスは柄を握った。光る刃を意識した。

 ふいに白い光が走ってアシュアとリアは違う方向に身を伏せた。
「来た……! こっちに気づいたわ!」
リアはかすれた声でつぶやいた。アシュアが必死になって自分の近くに走りよって来るのを見た。
「心配しないで。こういうことは初めてじゃない」
リアは言った。
「間違いない。軍の関係か、カンパニーだ」
アシュアは周囲に目を配りながら言った。
「どうする?」
リアは剣を握り直して尋ねた。
「攻撃してきたってことは敵意を持ってるってことだ。やるっきゃねえ」
アシュアは答えた。
「これまでおれが教えてきたことを忘れるな」
「うん」
リアはごくりと唾を飲み込んでうなずいた。

 セレスはケイナのあとに続いて走りながら、手に持った剣から脈打つような感覚を覚えていた。
「剣に暴走させるな! 使うのはおまえだからな!」
ケイナは叫んだ。
使うのはおまえだ…… そう、おれだ。 セレスは思った。
アシュアとリアを助けなきゃ!
走り抜ける木立の影がまるで速回しの映像のように後ろに飛んで行く。
おれ、まるで風になったみたい。
セレスは頭の片隅でそう思った。