26-2 螺旋

 ケイナはまるで緻密に作られた人形のようだった。
自分で動くことがなければ誰もが作り物だと思うに違いない。
気をつけていなければ水を飲むことも食べることもしないようなので、たえず誰かが彼の様子を把握していなければならなかった。その気遣いの大半は自然にセレスが担うようになっていた。
セレスはしばらくケイナの状態を受け止められない様子だったが、彼なりに決心をつけたらしくできるだけ長い時間ケイナのそばにいることに専念した。
『こいつにレジー・カートから聞いた話は言えねえな……』
アシュアはずっと思い詰めたような表情をしているセレスを見て思った。
自分の祖先がそもそも張本人だったと聞くことにとてもセレスが堪えられるとは思えなかった。
だが…… いつかは言わないといけないだろう……
アシュアはそれを思うと気が滅入った。
 セレスは毎日ケイナをコミュニティの外に連れ出した。
どんなに喜怒哀楽がないといってもずっとテントに篭らせることはとてもできなかったからだ。
磁場の外には出ないようにというお達しつきだったが、森の中に連れていって子供たちとハーブを摘むそばに座らせて一生懸命ケイナに話しかけた。
ケイナは何ひとつまともな答えを返すことはなかったがセレスはそれでもいいと思った。
夜はケイナのそばに身を縮込ませるようにして眠った。
数日たってリアが見かねてセレスに声をかけた。
「セレス…… あんた、疲れてるみたいよ…… ケイナの面倒見るの、私が代わるわ……」
「いいよ……」
セレスはかぶりを振った。そばにいたアシュアが心配そうにふたりを見た。
「でも、少しゆっくり休まなきゃだめよ。長丁場になるんだし……」
「いいったら!!!」
セレスは怒鳴った。
そしてはっとしたような表情になり目を伏せた。
「ごめん…… やっぱり疲れてるみたいだ……」
「可哀相に……」
リアはセレスの肩を抱いた。
「大丈夫よ、私とアシュアで見るわ。それだったら心配ないでしょ?」
セレスはうつむいたままうなずいた。
本当に疲れていた。
何の反応もないケイナと一日一緒にいることは知らず知らずのうちにセレスに緊張を強いていた。
リアはセレスから離れるとベッドに座っているケイナに近づいた。
「ケイナ」
リアは手を差し出した。
「森へ行こ。アシュアも一緒よ」
ケイナはゆっくりと冷たい目をリアに向けた。
リアはにっこり笑った。
「行こ?」
しかし、ケイナは立ち上がらない。いつもセレスが声をかけると立ち上がるというのに……
「どうしたの?」
リアは首をかしげた。
「いつも行ってるでしょ? 今日あたりきっとバジルがいっぱいとれるわ」
ケイナはリアから目をそらせた。
「セレス……」
彼の口から思いがけない言葉がこぼれた。リアははっとしてセレスを見た。
セレスは呆然とし、そして顔を歪めた。涙がこぼれた。
ケイナに走り寄ると彼を抱き締めた。声にならない嗚咽をセレスは漏らした。
ケイナはセレスが抱きついても何の表情もあらわさない。
リアはアシュアを見た。ケイナって意思表示できないはずよね? 彼女の目はそう言っていた。
アシュアはため息をついてうなずいた。
「分かった。分かったわよ……」
リアは降参したと言わんばかりに両手を広げてセレスに言った。
「みんなで行きましょう。ね? それであんたはとにかく森の中ででも眠るの。あんたがそばにいればケイナも安心なんでしょ? それだったら一石二鳥じゃない?」
「リア!」
セレスは今度はリアに抱きついた。リアはくすくす笑った。
「やあねえ。あんたってば、ほんと、子供みたい」
アシュアは黙ってそれを見つめていた。
リアは優しいやつだ……
おれは、どれほど人の思いに気づかずにいたのだろう。
アシュアは目を伏せた。

「アシュア、手伝ってよね」
大きなカゴを手にリアは鼻息も荒く森の中を歩きながらアシュアに言った。
セレスはケイナの手を引きながらくすくす笑った。
そんなたくさんの人数で行くなら今日摘まなければならないハーブはきみたちで摘んでくるように、とトリがノルマの全リストをカゴとともにリアに渡したからだ。
「おれはハーブの種類なんて知らないんだけどなあ…… 薬学はやったけどもうほとんど覚えてねえ……」
アシュアは弱り切ったように頭を掻いた。
「わたしが教えるわよ! いい、これ全部摘んで帰らないとトリに叱られるからね!」
リアは紙の束をアシュアに示した。アシュアは口を歪めてうなずいた。
日当たりのいい草地に出たので、リアはケイナを木の根元に腰かけさせた。
セレスもその隣に腰をおろした。
「あたしとアシュアがいるから、とにかくあんた、横になって眠るといいわ」
セレスは素直にうなずくとケイナのそばに横になった。ものの五分もたたないうちにセレスは寝息をたてていた。
「やっぱりだいぶん疲れていたのね……」
そんなセレスを見てリアはため息をついた。ケイナはうつろな目を遠くに向けているだけだ。
「あたしたちそこいらにいるけど、あんたも時々セレスの様子見てよね。変な刺し虫が来たら退治してやんのよ」
リアは無駄と知りつつケイナに言った。ケイナは予想どおりかすかに首をうなずかせただけだった。
少し躊躇したが、彼の剣の柄をそばに置いた。
「大丈夫かしら?」
リアは少し心配そうにふたりを振り返ってアシュアに言った。
「ピアスつけてる間は剣を持って暴走することはないよ。身の危険を察知する能力だけは本能的に表に出る、とトリは言ってたけど…… セレスのためにそれが動くかどうかは分からないな」
アシュアは答えた。
「だけど、あれだけ閉じ込められててもセレスを認知してあの子じゃなきゃだめってことは意思表示したわ」
リアは言った。
「うん……」
アシュアは少し息を吐いて答えた。
「セレスを守りたいって気持ちだけはがっちりとあいつの体にしみこんでるんだろう……」
リアはじっとケイナの姿を見つめた。
「行くぞ」
アシュアはリアを促した。
「日が暮れるまでに終わらねえぞ」
リアはうなずいて、森の中に入っていった。
森の中は静かだった。ケイナの耳に光る赤い石が日の光を浴びて光っていた。
ケイナはゆっくりとまばたきをし、そして自分のすぐ近くに眠るセレスに目をやった。
日の光がセレスの額にかかっているのを見て、ケイナは彼の頭を抱き上げると自分の膝の上に乗せた。
そして額に垂れかかった髪をかきわけた。
最初から与えられた仕事であるかのように、ケイナはセレスを守るために周囲に気を配っているように見えた。
ふと、ケイナは森の向こう側に目を向けた。彼の手が剣の柄に伸びた。
「森にいないもの……」
ケイナはつぶやいた。
うつろな目にかすかに険しい光が宿った。
「誰……」
しかし、気配は遠離っていった。ケイナは剣から手を離した。
彼はゆっくりと視線をセレスに戻した。何の感情もあらわさないケイナの瞳にほんのわずか慈しみの色が現れた。