26-10 螺旋

「ふうん……」
リンクは覗き込んでつぶやいた。
「こうやってみると、ウィルス感染症というのは途方もなくあるもんだ…… 感染症のほうからウィルスを見ようとは思っていなかったな……」
「外の星と交流ができるようになってから検疫してても知らないものがどんどん入ってくるんでしょうね」
カインは画面を見て頬杖をついてつぶやいた。
「あ、これ」
リンクが画面の一点を指した。
「大きな問題になったやつですよ」
カインはリンクが指したところを見た。
『ターミナル・クラッシュ』と書いてある。
「アライドから来た遺伝子に影響が強いウィルスでね、特に女性が感染すると不妊症になってしまうんだ。同じアライド系のハーブから抽出したものがワクチンになったんだけど、翌年また同じ時期に流行した。インフルエンザみたいなもんだね。そのとき注射と飲み薬とが使われたけれど飲み薬のほうに使われたハーブに異常があったみたいで薬害が出た。ターミナル・クラッシュの問題というよりも治療薬の問題のほうが大きかった」
「薬害……」
カインの目が細くなった。ふと、レイの息子のジュナの顔が浮んだ。
『カンパニーはTA-601の保障を終えていないですよ』
彼はそんなことを言っていなかっただろうか。
「それって、TAー601ですか?」
「知ってるんですか?」
リンクがびっくりしたように言った。
「もう、50年以上も前の話だよ」
「おれも少し薬学かじったけど、そんな話は聞いたことなかったぜ」
アシュアが不審そうに口を挟んだ。
「TA-601ってどこかで聞いたような……」
セレスは首をかしげた。そしてはっとした。
「ジュディが飲んでた薬だ……」
カインはキイを叩いた。
「製造XXX8年…… 52年前か…… 2年間医療用として使用されたのち製造停止。5年後に再販」
カインは再びキイを叩いた。
「原材料アライド星、ハウリングハーブ、薬品ナンバー0082の浄化システムにより蒸留したのち希釈粉末状にし、糖成分とともに静脈注射…… もしくは薬品ナンバー0092、0052、0001……」
カインはつぶやいた。
「リィ・メディケイティドの製品なんだけど、このとき使われたロットのハウリングハーブに問題があったんです。この薬を飲んだ患者の7割以上が遺伝子に損傷を受けてしまった」
リンクは言った。
「遺伝子に傷?」
セレスが目を丸くした。リンクはうなずいた。
「次世代かその次あたりにね、生殖機能が全くないか、癌因子を持っているか、あるいは後世に残すと変異を起こす可能性のある遺伝子を持って生まれるか…… なんにしてもピリオドをうつしかない世代になってしまったんですよ」
カインは厳しい顔でリンクの話に耳を傾けていた。50年もたっているからと闇に葬られ、忘れさられようとしているのではないかという思いが強くなる。
「カンパニーは告発され、多大な賠償請求を引き受けるはめになりましたよ。約10万人が被害にあったということだったと思いますが。どうもね、ハーブの病気だったみたいだ。28年前にハウリング・ハーブはまた病気になってるよ。そのときは事前調査で警告が出されたから大事には至らなかった」
「なんだか、気になる……」
カインはつぶやいた。そしてキイを叩いた。
ハウリングハーブのキイワードとともにハーブの映像とデータが映し出された。灰色の紙のような質感の植物だ。
「アライド星、南部湿地帯に植生するツタ科植物…… 花は食用、葉は薬効がある…… 地球のミント系植物に似た芳香がある。茎に毒性があるので、適正な利用法に基づき……」
「こんなの食おうとは思わねえなあ……」
無言でふたりのやることを見ていたアシュアが画面を覗き込んでぽつりとつぶやいた。
「ミント系?」
セレスは首をかしげた。
「ジュディが飲んでたときはミントの香りなんてしなかった」
「今のTA-601は原材料が違うんだよ」
リンクは言った。
「何年かに一度病気にかかるというハーブを使うわけにはいかないでしょう?」
「だいたい、ジュディが飲んでいた薬は外側だけがTA-601だったってだけで、中身もそうとは限らない」
「そっか……」
カインの言葉にセレスは頭を掻いた。
「……こんなことをしても無駄だ……」
カインは首を振った。
「そうですね」
リンクも言った。
「どうして?」
セレスは訳が分からない顔をしてふたりを交互に見た。
「異常のないハーブの遺伝子を調べて何をするんだよ」
カインが答えた。
「あ、そうか……」
セレスは肩をすくめた。
「異常のあったハウリングハーブの分析書……」
カインはキイを叩いた。
しばらくして画面に出てきたのは『Input a password.』の文字だった。
「まずい。ホライズンのサーバに入る。合言葉を入れなさいということか……」
カインはつぶやいた。
「そりゃ、いくらなんでもオープン情報にはなってないでしょうね」
リンクは言った。
「ここから最初のフィルタだけはぼくの持っているパスワードで入ることができるけれど、次はだめかもしれない。別のルートで入ろうとしてみたけれど、だめだったんだ」
カインはトリを振り向いた。
「それに、アクセスすると痕跡が残ります」
「試してもらってもいいよ。そのアクセスが終わればそいつは壊してしまっていいから」
トリはカインに言った。
「コンピューターを壊すんですか?」
カインはびっくりしてトリを見た。
「壊さないと追跡される」
トリは答えた。
「それはそうだけど…… こんな先進機器を……」
「コンピューターの一台や二台、どうということはないよ」
トリは笑みを浮かべた。
カインは納得いかない様子だったが、画面に顔を向けるといくつかのキイを叩いていった。
カインの言ったように、最初のセキュリティはクリアしたが、そのあとの画面は何をしても『パスワードを入れろ』の要求だった。
「カンパニーの特定のパスワードかな……」
カインはさらにキイを叩いた。
「さすがご子息のことだけはありますね。いくつもパスワードが出てくる」
リンクが言ったが、カインはそれには答えなかった。
「『警告』?」
ふいに画面が変わったのでカインは思わず声を出した。
「なに?」
セレスは画面を見た。
「どういうこと?」
「特定の人間でなきゃ、ファイルが開けないって怒ってるんだよ。追跡が始まった。やばいかな……」
カインは答えた。
「セキュリティを壊しますか」
リンクはカインの顔を見て言った。
「あなたたちの技術なら破れるのかもしれないけれど、ぼくの前でそれをするのは危険でしょう?」
カインはリンクに目を向けずに冷ややかに言い放った。
リンクは思わずトリを見上げたが、トリは無言のままだ。
ホライズンで洋服を奪った彼のIDはいくつだっただろう…… いや、だめだ。レイのところでも一応試してみてだめだった。一研究員のIDで極秘情報のファイルに侵入できるはずがない。そもそも限られたところとしかアクセス権を持っていないはずのところに知らないやつが侵入しようとしているのだ。下手なものを入れると一気に追跡にかかってくる。
「何か…… 紙と書くものはありませんか?」
カインの言葉にリンクは腕を伸ばしてディスプレイの上に乗っていた紙とペンを取った。
ホライズンのIDはナンバーそのままがプレートに刻印はされていない。普通は別の模様に置き換えられて、機械で読み込む。ナンバーとして覚えられているのは本人の頭だけだ。
カインはその規則性と解読法をだいぶん前に勉強して覚えたことがあった。半分は遊びだ。自分に覚えられるものがほかで解読されないはずはないのにと、ちょっとバカにしていたものだ。
模様といっても英文字をひっくりかえしたり、線のようなものを引いたりそれを組み合わせたりといったもので、カインは紙に思いつく限りの模様を羅列していった。
いろんなIDを見て、自分の目がその中から「予見」してくれれば有り難い。
しかしそれも保証の限りじゃない。未熟な自分の目は肝心な時にはいつも動かない。
「トリ、すみませんが、見ていて気にかかるナンバーがあったら言ってください」
カインは声をかけた。同じような能力を持つなら彼にも賭ける。トリはその真意を悟ったのかうなずいた。
「それ……」
一緒に覗き込んでいたセレスが思わず口を挟んだ。
「どこかで見たことがある……」
「まさか」
カインはセレスの顔を見た。
「これはホライズン独自でしか使わないID変換方式だよ」
「いや…… 見たことあるよ…… どこでだったかな……」
セレスは首をかしげた。
「そうだ。おれの母さんの形見のブレスレットに刻印されてた」
「ブレスレット?」
カインは驚いたような声をあげた。セレスはうなずいた。
「どんな模様だったかは覚えてないけど……」
セレスはカインの驚きように戸惑いを覚えて答えた。
「ケイナの持っていたネックレストップにもあったよ。同じようなのが。前にふたりで一緒に見たことがあるんだ」
「それ……! 今、持ってるか?」
カインは思わず立ち上がって言った。
「おれは…… ラインに置いてきちゃったと思う…… でも、ケイナはいつも首にかけてたから…… もしかしたら……」
「ケイナはどこに!」
「こっち」
カインの怒声にリンクが立ち上がった。