「いや!」
リアは必死になって繋がれた手を残したまま、できるだけ体をケイナから遠くに逃れさせようともがいた。
リアを殺そうとしていた…… おれはリアを殺そうとしたんだ……
ケイナは割れんばかりの頭の痛みに堪えながらリアを見つめた。
記憶を消したのは…… おれ自身だったのか……
「やだ! 死にたくない…… ケイナ、あたしを殺さないで……! そんな目で見ないで!!」
アシュアは焦った。ふたりをどうすればいいのか分からない。
ケイナもきっと今リアと同じ過去の記憶を見ている。ケイナの目を見ればそれは分かる。
だけどいったいどうすれば……
遠くに見える背後の中央塔をアシュアは振り向いた。
ちくしょう……
意を決してふたりの手を引き離そうとしたが、やはりびくともしなかった。
『あれはおれじゃねえよ……!』
ケイナは心の中で叫んだ。
だけど、また引きずり込まれそうだ。アシュア、頼むからおれに剣を渡すな……!
ケイナは血が滲むほど唇を噛んで、頭の痛みと誘惑に堪えた。
『ケイナ!』
いきなりセレスの声が聞こえたような気がして、ケイナはびくりと体を震わせた。
『ユージーも大事だっただろ! リアのことも思い出せよ!!』
『ケイナ、一緒に森に行こう』
リアはケイナの小さな手をとった。
『トリは行かないの?』
ケイナがリアを見上げるとリアは笑った。
『トリはね、体が弱いの。あんまりテントから出ちゃだめなの』
『かわいそう』
『うん。だから、お花、いっぱい摘んであげよ』
『お花を摘むとトリは元気になるの?』
『なるよ。ケイナが摘んであげたらもっと元気になるよ』
『リアも元気になるの?』
『あたしは元気だよ?』
リアはびっくりしたようにケイナを見た。
『リアはいつも泣きそうだよ』
リアは膨れっ面をした。
『みんながそう言うの。あたし、そんな顔なの。ケイナはきらい?』
『ぼく、リアが好きだよ』
『ほんと?』
『ほんとだよ。ぼく、リアとけっこんするよ』
『ほんと? ずっと一緒にいてくれる?』
『いるよ』
リアの目が寂しそうにケイナを見た。
『でも、ケイナはかわいいもん。もっと美人のお嫁さんもらったほうがいいよ』
『リアがいいよ。リアは優しいもん』
「リア……」
ケイナは力を振り絞って身を起こすとヒステリックに叫ぶリアを空いている腕で抱き締めた。
アシュアは仰天してケイナを見た。
「リア…… おれ、あんたを殺さない……」
ケイナは必死になって逃れようとするリアを腕で押さえた。
「リア、頼む…… おれの声を聞いて…… おれはあんたを殺さないから……」
「放して……!」
リアは叫んだ。
「あんたのこと覚えてる…… 怖い思いをさせてごめん……」
アシュアはリアがこのまま発狂するのではないかとはらはらした。それほど彼女の表情は切羽詰まっていた。
トリ。あんた、手を繋いでいるんなら、なんとかしてくれ……!
「花を……」
「い……」
リアの顔がぴくりと動いた。
「花を摘んで…… トリに見せよう……」
ケイナはつぶやいた。
「父さんと母さんもきっとよろこぶ…… みんな元気になる……」
ケイナの息遣いが荒い。リアを抱く手が小刻みに震えていた。
「リア…… もう、思い出したから…… もう同じ時間を…… 生きて…… いるから……」
堅く繋がれた手がゆっくりと離れ、だらりと下に落ちた。
「ケイナ……」
リアの手がケイナの背に回った。
「ケイナ……」
「アシュア……」
ケイナは力のない声でアシュアを呼んだ。
「な、なに?」
アシュアは慌てて答えた。
「ピアス…… つけて…… 持って来てるんだろ……」
ケイナの顔はリアの髪に埋もれて見えない。
「いや、それは……」
「頼む…… ピアスつけて。手が離れた。もうトリも、もたない……」
アシュアは躊躇したが、意を決してリンクに渡されたクリップを取り出した。
「ケイナ……」
リアが体を震わせていた。
「リア、ごめんな。おれ、怖いから、しばらくこのままでいさせて」
「ケイナ……」
ちくしょう……
アシュアは泣きたい思いだった。リンクの言いつけなど、とっくに無視する気でいたのに……
「ケイナ、ごめんよ」
アシュアはケイナの左耳を探し当てると彼の耳たぶをクリップに挟んだ。
「アシュア、リアのこと、頼むな」
一瞬びくりと手が震えたが、アシュアは目をつぶるとクリップを閉じた。
ケイナの手が脱力したようにリアから離れた。
「ケイナ…… お帰り……」
リアは泣きながらケイナを抱き締めた。
アシュアはからっぽになったクリップを空しい思いで見つめた。