25-7 赤いピアス

「わたしは、レイスランド・クレイと幼馴染みでな…… スクールが同じで父同士も仲が良かった。昔からの腐れ縁というやつだ」
「クレイ?」
ずっとうつむいて耳を傾けていたアシュアがはっとして顔をあげた。レジーはじろりとアシュアを見た。
「レイスランド・クレイ…… レイサー・クレイはハルド・クレイとセレス・クレイの名目上の父で…… 緑色の目の人間を作ったナイジェル・クレイのひ孫になる」
アシュアは思わずケイナの顔を見た。ケイナは睨みつけるようにレジーを見つめている。
思いのほか冷静なのは、リアが手を繋いでいるせいか、それとも頭のどこかでそれが分かっていたからだろうか……
「レイサー・クレイは父親がプロジェクトに参加していたが、彼は頑固として自分が関わることを拒否していた。大学で教鞭をとっていた。今で言う『プレイス』だな。『ライン』や『スクエア』と同じ専門特化教育部門だよ。シュウ・リィは知らなかっただろうが、 レイサーの父親はシュウがようやっと中止を言い渡した時にすでに細胞分裂を起こした子供を3体育てていたんだ。最後の子供だ。それが、ハルドとセレス、そしておまえだ」

 トリは少し足をよろめかせながら歩いた。
「大丈夫ですか」
リンクが心配そうについてくる。
トリはセレスの眠っているテントまで来ると、中に足を踏み入れた。そして急いでセレスの手を掴んだ。
「ごめんよ。きみの力も借りる……」
トリはセレスの手を掴んだままベッド脇に座った。
リンクは不安そうな顔でそれを見つめていた。
「……大丈夫。だけど…… ケイナの力はものすごい。あの黒髪の少年のときの不安など比じゃない。彼の力を借りないとこっちが参ってしまいそうだ」
トリは力なくリンクに笑みを浮かべてみせた。
「あっちで何が起こっているんですか」
リンクはおそるおそるトリに尋ねた。
「さあ…… はっきりとは見えないけれど……」
トリはセレスの手をぎゅっと握った。
セレスの表情は実に平穏だ。幸せそうな顔にかすかに笑みまで浮んでいるように見える。
「アシュアが…… うまくピアスをつけられるといいと思うけど……」
トリの言葉にリンクはごくりと唾を飲み込んだ。

「時代はトウ・リィに代わる寸前のときでな。シュウにもトウにも知られずにこの子供たちをどうにかしなければならなかった」
レジーは額に汗を浮かべて話を続けながら、初めて動揺を顔に浮かべた。
それに反応するようにケイナの手にも力が入る。
リアがまた不安を感じたようにアシュアを振り向いたので、アシュアは空いているほうの彼女の手を握ってやった。
「この子らの安全を考えるとノマドに行かせるしかなかった。レイサーは相当父親を説得したらしいが、頑として聞き入れなかったんだそうだ。それもそのはずだ。レイサーには子供を作ることができず、クレイの血はそこで絶えてしまうことになっていたんだから」
「でも、セレスの家であいつの両親の写真を見たことがある。セレスは父親そっくりだった」
ケイナの目に動揺が浮かんでいた。
「そりゃ、似もするだろう。セレスはレイサーの父親とグリーン・アイズから生まれた子供なんだから」
「いっ……」
リアが小さく叫んで顔をしかめた。ケイナの手に力が入ったからだ。
「たぶん、おまえが見たというのはエリサとレイサーが写っていた写真だと思うが、あれはハルドとセレスの出生がレイサーの婚姻関係の元で生まれたと周囲に納得させるために私が用意したものだよ。エリサとレイサーと私はジュニア・スクールでずっと一緒だったんだ。3人とも大人になってそれぞれの道は違っても時々会っていた ……エリサを巻き込むつもりはなかったが…… 最初はエリサもレイサーにも互いに恋愛感情はなかったと思う。だが結婚した。セレスとハルドのためだ……」
レジーはかすかに言い淀んだ。あまり触れられたくない部分があるのかもしれない。
「グリーン・アイズは両性の種だった」
レジーは少し視線を落としてから話を変えた。
「生まれた性が男でも女でも、出会う相手によってあとで自分の性を決定させる。そういう種だということは、最初のグリーン・アイズで分かっていた。性別が決まれば、決まったほうの生殖器官が充実する。ノマドに行った最初のグリーン・アイズの卵子が残されていたんだよ。だが、グリーン・アイズは凶暴な種だった。突出した遺伝子の能力は必ずその反対因子として負の能力を抱える。グリーン・アイズの負の因子は精神錯乱だ。絶えるか存続するかはそこを乗り越えるしかない。レイサーの父親は最初にセレスを誕生させ、しばらく育てたあとで仮死保存した。 グリーン・アイズから、その種の特質を取り払って、できるだけ普通の人間に近づけたのが ハルドだ。そのハルドの遺伝子を使ってセレスの……」
「それ以上言うな!!」
「ひっ……!」
ケイナがいきなり叫ぶのと、リアが身をこわばらせるのが同時だった。
アシュアの手にびくんと震えるリアの手の感触が伝わった。
「……それ以上 ……聞きたくない……」
ケイナは草の上に手をついてうめいた。
「勘違いするな。おまえはセレスとハルドの子供ではない。ふたりのルートだと先が続かない。おまえの遺伝子はあのふたりから相当離れている」
「お父さん、もういいです」
ケイナは顔をあげてレジーを見た。顔が悲痛に歪んでいる。
「なんにしても、ノマドに行くことができたのはおれだけだった。一番凶暴なおれだけだった。そういうことでしょう」
レジーはケイナを見つめた。
「……昔のことなんかもうどうでもいい。グリーン・アイズの遺伝子をベースにおれとセレスにいったい何が組み込まれているのかそれを教えてください」
ケイナはレジーの顔を見た。
「それが分かれば遺伝子治療ができる」
「プラスされた遺伝子を排除するだけでなく、グリーン・アイズ自体の遺伝子も改良しないとおまえたちは生き残れない。あれから時間がたってその方針は確立し、データはホライズンが持っているはずなんだ。だが、彼らは改良する気はないぞ。おまえやセレスの突出した能力が惜しいんだ。延命や存続の改良は、彼らはできるだけ次世代からしたいと思ってる」
「だから、失敗作ではないおれより前のセレスに戻って、というのは分かってる」
ケイナは呻くように言った。
「だけど、そんなのはもうごめんだ。おもちゃにされるのはもう絶対に厭だ。あいつらがいったいどんなふうにしておれの精子を取ったと思うんだ ……脳に直接刺激を送って、たくさんの人の目の前で……」
ケイナは言葉を切って俯いた。とても言えなくなったのだろう。
レジーは辛そうにケイナから目をそらせた。ケイナがどういう検査を受けてきたか、レジーが知らないはずがない。
アシュアはリアの肩がぶるぶる震えているのを見た。
「わたしが真正面から入手することはできるならとっくにそうしてる」
レジーは諭すように身を乗り出した。
「ユージーを盾にとられていては思うように動けないんだよ!」
ユージー?
ケイナはちらりとユージーの横たわる木の陰に目を向けた。
「ユージーは…… 今ここに連れて来てる」
ケイナの言葉にレジーが険しい目をした。
「お父さんが……」
ケイナは束の間言い淀んだ。
「お父さんが…… 話してくれなかったら…… おれもユージーを盾にするつもりだった」
「なんでそこにいる? おまえがやったのか?」
「そう…… おれだ……」
ケイナは目を伏せた。
「おれが18歳でラインを出るときに、ユージーに殺してくれるよう彼に暗示をかけてた…… だからユージーはおれを追って来たんだ」
「暗示だと……?」
「あんたたちが作ったユージーの記憶のせいだよ」
ケイナは髪をかきあげると吐き捨てるように言った。
「ユージーは…… 強くて優しかった…… 大事にしてくれて…… だから、おれを必ず殺してくれると信じたんだ……」
「それが作った記憶だと? 冗談じゃない!」
レジーが噛みつくように怒鳴った。