25-4 赤いピアス

「やれやれ……」
鼻の頭に汗を光らせながらアシュアはつぶやいた。ユージーはやっぱり重い。ケイナの比ではなかった。
「セレスが寝ててくれて良かったぜ。あいつがいたらもっと問題ややこしくなりそうだった」
「あの子がついて来たって何の役にも立たないじゃないの」
リアの言葉に一瞬ケイナが余計に怒るのではないかと思ってアシュアはひやりとしたが、ケイナは耳に入っていない様子で足元の草を見つめながら歩を進めている。
「さっき、森がヤバイとかって言ってたけど」
アシュアはリアに顔を向けた。
「よく分からないのよ」
リアは肩に垂れかかった髪を手で後ろに払い投げながら答えた。
「森の中が静か過ぎるの。何の気配もないの。動物の気配もよ」
「前から思ってたんだけど……」
アシュアは、よっ、と声をかけてユージーを背負い直しながら言った。
「人工衛星のコリュボスの森になんで動物がいるの。あんたらが放したのか?」
リアは肩をすくめた。
「直接わたしたちじゃないけど、そうよ。どっかの群れが持って来たのよ。増えてるのは自然繁殖だわ」
「なんで、危険なリールまで持ってくるわけ?」
「リールは危険じゃないわ」
リアは笑った。
「人間がちょっかいかけるから危険なだけよ。あれがいることで森の生態系が守られるのよ」
「そんなもんかね」
アシュアは片手で汗を拭った。
「代わろうか」
ケイナがアシュアに目を向けた。
「おまえにゃ無理だよ。ユージーは重いぜぇ」
アシュアの言葉にケイナは苦笑した。
 森の出口まで結局アシュアがひとりでユージーを背負い、2時間後、来るときに乗ってきたプラニカが見えたときにはさすがに彼は大きな息をついた。
アシュアはユージーを座席に放り込むと首を回した。
「リア、運転頼むぜ、おれ、もうだめだからな」
「どこに連れて行けばいい?」
「燃料があまりない……」
ケイナは運転席を覗き込んでつぶやいた。
「エアポートに行く。離発着側のほうなら人目にもつかない」
リアはうなずいて運転席に座った。
その隣にアシュアが座り、ケイナは後部座席に乗ってユージーを抱きかかえた。
 30分ほど飛んで、リアは人目につかないエアポートの外の草地にプラニカを降り立たせた。
「このあたりなら照明の影になるわ」
ケイナはユージーを抱きかかえると、プラニカから降ろしてそっと木の影に横たえた。
エアポートの建物の向こうに見慣れた中央塔がそびえ立っているのが見える。
光の斑点に包まれた中央塔のどこかにレジー・カートがいる。『ライン』もあれから代わりなくあるのだろう。
一隻の船が頭上を低い唸りをあげながらエアポートに向かって飛んでいった。
ケイナはちらりとそれを見上げたあと、草の上にトリから渡された通信機を開き、その前に片膝をついて座った。
「……10時半 ……ユージーの薬がきれるまで2時間か……」
ケイナは通信機についている時計を見てつぶやき、ちらりとユージーに目を向けて小さなキイを叩いた。
「カート司令官のプライベート回線か?」
アシュアが覗き込んで言った。
「全くの家族用で…… アクセスするとしたらおれかユージーくらいだ。おれは開くのもこれが初めてかもしれない……」
ケイナは答えた。
「レジーはまだオフィスにいる時間だし…… 気づいて受け取るかどうかは…… 運だな……」
最後のキイを叩いたあと、ケイナはアシュアを振り向いた。そして腰の剣の柄を抜くとアシュアに差し出した。
「悪い。これ、持ってて」
アシュアは訝し気に突き出された柄を見た。
「なんで」
「何があっても絶対おれに剣を渡すなよ」
まじかよ……
アシュアは顔をしかめてケイナの剣を受け取った。持ってたら何をしでかすか分からねえってことか?
そんなにショックなことが起こる可能性があるってことか?
アシュアはエアポートの灯りに浮びあがるケイナの横顔を見た。思いつめたような表情をしている。
 呼び出しを伝える小さな緑色のランプが点滅していた。しかし一向にそれが消える気配がない。固唾を飲んで待つ3人には途方もない時間が流れたように思えた。
そしてふいに聞こえた。
「ケイナか?!」
押し殺しつつも明らかに驚愕しているレジー・カートの声だった。
「ここはまずい。部屋を変える。そのまま少し待て」
アシュアはちらりとケイナに目を向けた。かすかに顔を歪めている。痛みをこらえているような顔だ。
「ケイナ」
リアが声をかけた。
「嫌かもしれないけど、あたしと手を繋いで」
ケイナの険しい目がリアに注がれた。
「懐にトリの髪が入ってるの。わたしの体を介してトリが頑張って動揺を吸い取ってくれる。倒れるわけにはいかないでしょう?」
「投影型の装置だ。あんたの姿も向こうに映る」
ケイナは答えた。
「トリはもう覚悟してるわ。わたしもよ」
リアはそう言うと手を差し出した。ケイナは少し躊躇したのちその手を左手で握った。
アシュアはごくりと唾を飲み込んで2人を見つめた。
 数分して、いきなり3人の前にレジー・カートの姿が現れた。
「どこにいる!」
彼は姿を見せるなり怒鳴った。
エアポートでケイナが暴走したとき以来見るレジー・カートだ。アシュアにはあの時より少し彼がやつれたように見えた。
「なぜ…… なぜ逃げ出したりした! あと半年…… あと半年待てばアライドに亡命できていたというのに……!」
レジーの顔は悔しさとも怒りともつかない表情を浮かべていた。ケイナの顔が苦痛に歪んだ。