25-3 赤いピアス

「お茶?」
気を使ってテントの外から声をかけるとリアの訝し気な返事が聞こえた。
すぐに顔を出し胡散臭そうにアシュアの顔を見た。
「ユージーが予定より早く目覚めたんだ…… トリがリアに頼んで来てくれと言った」
「分かったわ」
リアは答えた。妙に彼女の表情が険しい。
「ここでは用意できないの。クレスのママに用意してもらうから」
リアはそう言うとすたすたと歩き始め、アシュアはそれに続いた。
クレスの母親はクレスそっくりの人なつっこそうな笑みを浮かべてすぐに4人分のお茶をポットに入れて出した。
「悪いわね」
リアは中のクレスを起こさないように小声で言った。だが自分では受け取ろうとしない。
彼女がアシュアの顔を見るのでアシュアは怪訝な顔をして受け取った。そして気づいた。
「足、大丈夫なのか?」
アシュアは包帯を巻いて堅く固定されたままのリアの足を気づかわしげに見た。
「コミュニティの中なら慣れてるから大丈夫よ」
リアは答えた。
「それよりしくじったら、頼むわね」
「ん……」
アシュアは答えた。
リアが熱いお茶を運べるはずがない。
指で熱を感じることができない彼女にお茶を持って来いというトリの言葉には別の意味がこめられていたのだ。
「じゃあね」
リアはユージーのいるテントの前まで来ると姿を消した。
リアを見送ってテントに入ったアシュアは、あまりに中の空気が緊張しているので思わず顔をこわばらせた。
「お茶が来たよ」
アシュアの手にあるトレイを見てトリが言った。
「そんなもん、どうだっていい」
ユージーは険しい目をしてトリに言った。相変わらずケイナの手を掴んでいる。
「とりあえず自分の口から水分をとってください。話はそれから」
トリは何食わぬ顔をしてユージーの目の前でカップにお茶を注ぎ始めた。
ユージーが訝し気な目をしてそれを見た途端、彼の顔がいきなり緊張した。ケイナの手を掴んでいたことが彼にとっては災いした。
「動かないように」
リアがユージーの後ろから剣を彼の首につきつけていた。
アシュアが一番最初にリアに会って身動きとれなくなったときと同じだ。
このときばかりはケイナもリアの動きを認めざるを得なかった。
リアはいったいどこからテントに入って来たんだ…… 気配すら感じなかった。
「ケイナ……!」
ユージーはケイナに向かって小さく叫んだ。
「おれを……」
その言葉が言い終わらないうちにトリはカップに指をひたし、彼の額にその指をあてた。
ユージーはあっけなくベッドにひっくり返り、手を掴まれたままのケイナはそれに引っ張られて床に膝をついた。
「リンク、彼が4時間くらい目覚めないようにできる?」
トリの言葉にリンクはうなずいた。
ケイナは少し顔を歪めていた。
また頭が痛んだな…… リンクはそう思って目を細めた。
「薬の用意をしてきます」
彼は急いでテントを出ていった。
「もう少し時間がたってたら、彼はわたしの気配を察したかも」
リアが息を吐いて剣を腰の鞘におさめた。
「ケイナ、だいじょう…… ぶ……」
言いかけてリアは口をつぐんだ。アシュアも言葉をなくした。
ユージーはまだしっかりとケイナの左手を掴んでいた。
ケイナはユージーの倒れ込んだベッドの脇に膝をつき、掴まれた手を額に押しつけていた。
「ユージーはおれが左で剣を使うことを察してた……」
ケイナは顔をあげずにつぶやいた。
「勘のいい人だね」
トリはそう答えると、ケイナの背に手を置いた。
「左手から…… ユージーの……」
ケイナの肩が震えた。うっすらと赤い涙がぽつりとシーツに落ちた。
アシュアはぎょっとして口を開きかけたが、それをリアが押しとどめた。
トリを見るとケイナの背に手をあてて目を閉じている。
そうか…… 夢見の彼はケイナの動揺を吸い取ろうとしているんだ……
「ユージーの怖れが…… 伝わって……」
ケイナが泣く姿を見たのは初めてだった。
アシュアはぽつぽつと落ちるケイナの血まじりの赤い涙に思わず目をそらせた。
リアが不安気に自分に寄り添い、腕をぎゅっと掴んだことにも気づかなかった。
「……ユージー……」
ケイナの嗚咽が聞こえた。

 ユージーを森の外に送るというときになって、リアとリンクがもめた。
重いユージーはアシュアが背負っていくしかないが、最短距離の道案内にコミュニティの人間がひとり必要だった。リアもリンクも自分が行くと言って聞かない。
「あんたが一緒に行くのが一番いいと思うんだけど……」
アシュアが顔をしかめてトリに言うと、トリは苦笑した。
「長老はコミュニティから離れてはいけない決まりなんです。申し訳ないけど」
「森の中はヤバイって言ったでしょ」
とうとうリアは剣を引き抜くとリンクの鼻先に切っ先を突きつけた。足の包帯はとっくに自分で切り裂いて取ってしまっている。しかし、リンクも負けてはいなかった。
「ケイナに何かあったとき、早急に適切な処置ができるのはぼくしかいない」
「プラニカは4人しか乗れねえよ」
いらいらしたように2人を見ていたケイナがとうとう口を挟んだ。
「ユージーは森の入り口に停めて来たプラニカで、エアポートまで運ぶ。運転できるのはどっち」
「わたしよ!」
「ぼくです!」
ふたり同時に答えた。
ケイナはふたりを睨みつけ、くるりと背を向けるとさっさと森の中に入っていった。構っていられないということだろう。
「リア、行きなさい」
とうとうトリが言った。
「これを持って行って」
そう言うとトリはリアの持っていた剣を自分の髪に当てると、ひと房髪を切った。
「懐に入れて、ケイナが危うくなったら手を繋いで。少ししか効果はないけれど出血は免れるかもしれない」
「分かったわ」
リアはトリの髪を受け取ると勝ち誇ったようにリンクをちらりと見てケイナのあとを追って走っていった。
やれやれというようにユージーを背負ったままそのあとを追おうとするアシュアにリンクは慌てて声をかけた。
「待って。これを持って行ってください」
アシュアが怪訝そうに振り向くと、リンクはアシュアの鼻先に赤いピアスを差し出した。
「これをどうしろって……」
アシュアは訝しそうにリンクを見た。
「こっちに戻って来る前にこれをケイナにつけてください。 一分でも一秒でも早いほうがいいんです。ぼくが行かないんなら、つけられるのはきみしかいない」
「おれが?」
アシュアは仰天した。
「冗談じゃねえ……」
「つけなきゃならないんですよ!」
リンクは小さく怒鳴った。
「トリの髪はリアの体を介して働くんです。だけどあれはトリにも負担をかけるんですよ。強制的でもなんでも、とにかくケイナに装置をつけて。これを使えば簡単につけられるから」
リンクは銀色の小さなV字型のクリップのようなものを取り出すと手早くピアスをセットした。
「とりあえず右脳用の大きい方だけでいい。右の耳にね。引っ張ってやらなきゃ歩くこともしないだろうけれど、とにかくこれで連れて帰って来てください」
アシュアは険しい目でクリップを見つめていたが、乱暴にそれを引っ掴むと背を向けた。
「無事に帰って来るでしょうか」
リンクはそれを見送って心配そうにトリに言った。
「帰って来るのは帰って来るだろうけれど……」
トリは沈鬱な表情で答えた。
「レジー・カートがどう出るか、ぼくには全然読めないんだ。たぶん、ケイナのほうがそのことについては掴んでいるのかもしれない……」
「めずらしいですね。あなたが読めないなんて……」
リンクは目を細めてトリを見た。
「森の中が変なんだ。外のことを見るときに何かが邪魔をしてる」
「森の中が?」
リンクは思わず不安を感じてケイナたちが入っていった木立を見た。
「今すぐ何かがあるということはないと思う。ただ、正負の判断すらもつけられないほど何も読めないというのが腑に落ちない」
トリは考え込むような顔をした。
「リアに渡した髪が何かを見てくるかもしれない……。何にせよ、もう少し磁場を強くしておこう」
「分かりました」
リンクは答えた。
「ねえ、リンク」
早速テントに戻ろうとするリンクはびっくりして足をとめた。
「まだ何か?」
「ケイナに…… せめてプロジェクトの名前くらい言っておいたほうが良かったのかな」
「ああ……」
リンクは顔を歪めた。
「そんな余裕なかったし……。しかたないですよ」
「そうだね……」
トリは目を伏せた。