25-2 赤いピアス

 トリがテントにやってきたのは夜もかなり更けてからだった。
アシュアは気配で目を覚まし、トリの表情に切羽詰まったものを感じて体を起こした。
ケイナに目をやると彼も起き上がって顔をこすっている。セレスは相変わらず目を覚まさない。
「なに?」
ケイナはトリを見た。顔が不機嫌そうだ。
「あの黒髪の…… カートの息子が思ったより早く覚醒しそうなんだ」
その言葉にケイナの目が細められた。
「今夜中に森の外に運ぶ。顔を見るなら今しかない」
ケイナはうなずいた。
「分かった。行く」
「ケイナ、今回はぼくたちで森の外に運んで行く。カートにコンタクトを取るのは諦めろ」
トリは気づかわしげに言ったが、ケイナはそれを無視して立ち上がった。アシュアもそれを見てベッドからおりた。トリはため息をついた。最初から言っても無駄だと思っていたのかもしれない。
「じゃ、こっちに」
彼はふたりを促すと歩きだした。
一番外れの小さなテントの中にユージーは横たえられていた。リンクが外した点滴を片付けている。
ケイナは堅く目を閉じているユージーを見下ろした。
やつれきったユージーの顔は少し顔色が良くなったもののさほど変わらないように思える。
前はもっと精悍な感じだった。いや…… ラインの中でのユージーのことはあまり記憶にない。 暗示のせいでお互いに顔を認識していなかったからだ。
「彼はずいぶん強靱な体力の持ち主だね。こんなに早く覚めるとは思わなかった」
リンクはケイナの顔を見て言った。
「目が覚めてもおそらく何も覚えていないでしょう。たぶんきみのことも覚えていない。何らかの事故でショック的に記憶を失って放浪していたように思われるでしょうから、心配しなくてもいいと思いますよ」
ケイナはうなずいたが複雑な気分だった。
目が覚めたら何も覚えていない。ユージーの記憶からは自分の記憶は抹消されるのだ。
真っ黒な髪。引き締まった肢体。レジー・カートによく似た高い鼻。
「兄さん…… ごめんな」
ケイナはつぶやいた。
「そろそろ準備をするよ……」
遠慮がちにトリはケイナの背に言った。
「時間の問題なんだ。運んでいる途中で目が覚めるとまずい」
ケイナはうなずくと、ユージーから離れようと背を向けた。
次の瞬間、ぎくりとして凍りついた。
ほかの3人も目を見開いた。
ケイナはゆっくりと振り返った。自分の左手を、ユージーは掴んでいた。
「ケイ…… ナ」
ユージーは言った。
「ケイナだな」
ケイナは見覚えのある黒い瞳を見つめた。
ユージーは目覚めたとき、何も覚えていないんじゃなかったか?
そこにいる誰もがそう思った。もちろんケイナもだ。
しかし、ケイナの手を掴むユージーの目ははっきりとケイナを捉えていた。
「ケイナだな……」
「そうだよ……」
ケイナは答えた。
「そうだよ、ユージー……」
ユージーの手にはびっくりするくらい力がこもっていた。
彼は周囲を見回した。トリを見てリンクに目をうつした。
「ラインじゃない ……ここは、どこだ」
「ここは、ノマドのコミュニティだよ」
トリが落ち着いた声で言った。
「ノマド……」
ユージーはつぶやいた。
「なんでおれがノマドにいる……」
「覚えてませんか?」
トリの声にユージーは顔をしかめた。
「全然」
「でも、ケイナのことは覚えているんだね」
その言葉にユージーは再びケイナに目を向けた。
「おまえと顔を合わすの、何年ぶりだ?」
ケイナはこわばった笑みを浮かべた。
「さあ……」
「逃げたか?」
ユージーは言った。
「逃げられたのか?」
ケイナは黙ってユージーの顔を見つめ返した。
どうすればいいだろう。ノマドで目覚めてしまったユージー。そして自分を覚えている。
いっそ覚えていなければ、殴ってでも失神させて森の外に放り出したのに。
そう思って、ケイナは自分で自分に呆れ返ってかぶりを振った。
「アシュア、悪いけどリアに熱いお茶を持って来るように言ってくれませんか。彼に少し体を温めてもらおう」
何を悠長な、と思ったが、アシュアはその言葉に従ってテントを出た。
ケイナの様子が気掛かりだったが、トリとリンクがいるから大丈夫だろう。
「ユージー…… 何も聞かないで『ライン』に戻れ……」
「ここはおれにとって敵地か? おれを殺すか?」
ユージーはケイナの言葉を遮って身を起こした。彼の手はまだケイナの左手を掴んでいる。
「そんなことは考えてない」
ケイナは答えた。
「目が覚めたらノマドにいて、おれの弟がいる。それを何も聞かずに帰れと?」
ケイナは息を吐いて掴まれていない手で髪をかきあげた。
ユージはそれを見て笑みを浮かべた。
「その癖だけは見覚えがある。おまえの昔からの癖だ」