25-1 赤いピアス

 翌日になってもセレスは目を覚まさなかった。
呼吸も安定しているし心拍数も血圧も正常、ケイナの剣を真正面から受けたのと、そのあとにひたすら彼を呼び続けたことの疲労困ぱい状態、とトリは言った。
ケイナはユージーに会いたいと言ったが、リンクに拒否された。
確かにユージーの顔を見ることはまだケイナには精神的に厳しいかもしれない。
ケイナは膨れっ面をしていたが、渋々リンクの言いつけ通り一日テントの中で安静にしていることを約束した。
嘘のようにコミュニティの中は平穏だ。
アシュアは走り回っている子供たちを眺めて思った。
きゃあきゃあと声をはりあげる子供の声は騒々しいくらいだったが、ぼんやり座って見ているとそのまま眠りの中に引きずり込まれそうだ。
リアが足を引きずりながら子供たちの相手をしている。
あいつ、足あんまり動かさないほうがいいのに。
アシュアは心の中でつぶやいた。
ヒステリックで勝ち気なリアがどうしてあそこまで子供には人気があるのかアシュアはどうも理解できなかった。
子供たちはリアの顔さえ見ればよっていく。そういえばセレスもだ。セレスは存在自体が子供みたいなもんだから違和感もない。
子供が絶対近寄らないのがケイナだ。一番愛想のいいクレスですら、ほかの誰かがケイナと一緒にいるときでなければ決して彼のそばには来ない。ケイナの恐ろしい部分を知っているのかもしれない。
子供は正直だ……
「アシュア」
リアが近づいて来た。横にクレスがはりついている。
「ヒマそうね。剣の相手しようか」
「バカ言え。足あんまり動かすな」
アシュアは苦笑した。
「大丈夫よ。明日には包帯も取るから」
リアは笑って答えた。
「おじちゃん、一緒に遊ぼう」
クレスが言った。
「お兄さんと言え」
アシュアは立ち上がると笑ってクレスを抱き上げた。肩に乗せてやると嬉しそうにアシュアにしがみついた。
「子供、好きなの?」
リアは不思議そうにアシュアを見上げた。
「別に好きとか嫌いとかはないけど……」
アシュアは自分の縮れた赤毛をを小さな手でひっぱるクレスに顔をしかめながら答えた。
「13歳くらいまで孤児の施設で育ってたから、こういう子の面倒はよく見てたんだ。痛い、こら、やめろ、降ろすぞ」
アシュアの言葉に、クレスが降ろされまいとさらにアシュアの髪を握りしめた。
「へえ……」
リアはアシュアの顔をまじまじと見た。
「なんだよ」
アシュアはじろりとリアを見た。
「あんたの口から自分のことが出たの初めてね」
「え?」
そんなことを言われるとは思っていなかった。アシュアは戸惑ったようにリアを見た。
「あんたの口から出るのは、いつもケイナかセレスのことばっかりだったわ」
「それはあんたがそのことばっかし聞いてくるからだろ」
アシュアは答えた。リアは肩をすくめて顔をそらせた。
「ねえ、リアは誰とけっこんするの?」
いきなりクレスがそう言ったので、リアが険しい目を向けた。
「ケイナなの? アシュアなの?」
「なに言ってんのよ、この子は!」
リアが手を振り上げたので、アシュアが慌てて庇った。
「やめろよ、子供相手に」
「リアは絶対たたかないよ」
クレスはくすくす笑った。
「まねだけだもん」
アシュアが目を向けるとリアは顔を赤くした。
「ねえ、どっちとけっこんするの? どっちも好きなんでしょう?」
「へらず口たたいてると、本気で怒るわよ!」
リアがつかみかかったので、アシュアは思わず身をそらせた。クレスは高いところで振り回されて甲高い笑い声をあげた。
「アシュアはリアとけっこんするの?」
「おれは誰とも結婚しないよ」
クレスの言葉にアシュアは笑った。一瞬、リアの表情がこわばった。
「なんで?」
アシュアはクレスを抱き上げると下に降ろした。
「やらなきゃならねえことがたくさんあるんだ」
「おしごと?」
クレスはアシュアを見上げた。
「んん…… まあ、そんなとこかな」
アシュアは答えた。
「じゃあ、おしごと終わったらけっこんしたらいいよ」
「いつ終わるかわかんねえんだ。お嫁さんもらったら……」
アシュアは言葉を途切らせた。クレスは不思議そうな顔で見上げている。
自分の背に痛いほどリアの視線が注がれていることは感じていた。
「おれ、守ってやれねえんだ……」
「クレス、行くよ」
リアが促した。クレスはリアに走り寄ると彼女の手をとった。
悪いな。
アシュアはリアの肩で揺れる髪を見て思った。
毛布の中に抱き入れたのはおれだ。体中冷たくなって横になっててほっとくわけにいかないだろ。
あんなことしなきゃよかったかな。
あんたは悔しがりながらもセレスとケイナの手を離そうとしなかった。セレスに毛布をかけてやった。
たぶん、あんたのそんなところをケイナもセレスもおれも…… だいぶん前から知ってたのかもしれない。
ああでも言わなきゃ、ぐらつきそうなのはおれのほうだ。
アシュアはリアと子供たちに背を向けた。