24-5 タイムリミット

「悪かった…… つい勢い余って……」
ケイナは走り去るリアを見送ってセレスに言った。セレスは息をきらしながらかぶりを振った。
「こんなの全然…… ケイナ、大丈夫だった?」
「おまえになんか怪我させられるようなドジ踏まねえよ」
冗談じゃない、というようなケイナの返答にセレスは笑った。そして顔をしかめた。頬についた傷が痛んだ。
「ケイナとは銃ででも手合わせしたことなかったのに…… なんだか初めてじゃないみたいな気がしたよ……」
セレスは頬をこすってつぶやいた。
「あ、でも、バスケットだけやったよね」
そしてくすくす笑った。
「あんときと一緒だ。ケイナは全然息が乱れてないんだ」
「笑いごっちゃねえや、バカヤロウ」
アシュアが仏頂面でテントの中から顔を出した。
「ケイナと手合わせしろなんて言うんじゃなかったぜ。おまえらふたりそろって正気を無くしたら、誰が呼び戻すんだよ」
「セレスと手合わせして正気なんか失わねえよ」
ケイナは苦笑した。
「うそつけ。なんで途中で左に剣を持ち替えたんだ」
アシュアはケイナを睨んだ。
「おまえ、左手使うとアブねえような気がするぜ」
「右だと…… 余計危ないと思ったんだよ……」
ケイナは髪をかきあげた。
「セレスの動きについていけないからか?」
アシュアは不機嫌そうだ。
「おれ、そんなたいして動いてないよ。ちょうどいいくらい。気持ちいいよ」
ケイナとアシュアはセレスの顔を凝視した。やがてケイナはくすくす笑い出し、そしてテントの中に入っていった。
「この能天気者」
アシュアはセレスの頭を軽く殴りつけるとテントに入っていった。
「いってえなあ、もう……」
セレスは頭を押さえてテントに消えたアシュアを睨みつけた。

 リアは自分のテントに戻って暗闇の中でただじっとベッドの上にうずくまって座っていた。
ケイナの動きを見たとき、どこか頭の奥底がひっかき回されるような感覚があった。
どことなく既視感があったが、思いだせなかった。
『ケイナは自分で意識せずに動いているんだ』
アシュアの言葉が頭の中で渦巻く。
本当にそうだった。ケイナだけではない。セレスもそうだ。あのふたりだからお互いが相手になるのだ。
もし自分が相手だったら…… ケイナは自分への手加減もしづらくてしようがないに違いない。
あそこまでの力を持たない普通の感覚を持っているアシュアだからこそ、自分はレクチャーしてもらえるのだ。
悔しかった。ここまで自分の技術のなさを思い知らされるとは思いもしなかった。
何よりもセレスの頬から血が流れたときのケイナの表情が目にこびりついて離れなかった。
一瞬のうちに見せた庇いの表情。 大切なものを傷つけてしまったというような後悔の色。
あの目を思い出すと、胸をえぐられるような気持ちになる。
「リア」
トリがテントに入ってきても、リアは動こうとはしなかった。
「アシュアには会ってきたの」
「会ってないわ。いなかったもの」
リアは素っ気無く暗闇の中で答えた。トリの気配がそばに感じられた。
「もういやよ」
リアは呻いた。
「どうしてこんな思いをさせるのよ。兄さんは私に剣を持つことをやめさせたいの? ケイナをそんなにも諦めさせたいの?」
「ケイナがおまえに剣を教えることはできないということは分かったんだろ?」
トリは静かに言った。
「セレスなんかいなくなればいいのよ」
リアは声を震わせた。
「どうしてこんな思いをしなくちゃならないの……!」
泣き出すリアのそばにトリはただ無言で立っていた。

「トリ…… 顔色が良く無いようですが」
リンクはトリの顔を見て気遣うように言った。トリはかすかに笑みを浮かべたまま何も言わなかった。
ケイナは朝からリンクと一緒にいたが、やはりトリの顔色には気づいていた。しかし何があったのかは知る由もない。
ケイナのことが原因でリアが一晩中泣き明かしたと言っても、今のケイナにとっては他人事としか思えなかっただろう。
もとより、ケイナもリアもお互いに大事な部分の記憶がない。
何かを言っても問題はややこしくなるばかりだ。だからトリは一切を自分に閉じ込めて、リンクの前の画面に目を向けた。
「アシュアとリアが今朝出たけれど…… 遺髪が届くまではやはり無理そうだね」
「遺髪が届けば確かに余分なものは分かるんですが、問題は限定できなかったときです。待ち時間になんとか治療法を探し出してみているんですけれど、もっと早い時期ならいざ知らず、一年という期間内ではどれもこれも……」
リンクは苦渋に満ちた顔で言った。
「今のところ特に体の異常はないね?」
トリはケイナの顔を見た。ケイナは肩をすくめてみせた。
「もし記憶障害や手足の自由に問題が起こったらすぐに言ってくださいよ」
リンクは心配そうにケイナの顔を覗き込むようにして言った。
この少年はどうも意思表示がうまくできそうにない。
せっつかないと何にも言わずに過ごしてしまうのではないかという危惧はリンクも薄々感じていた。
「まだセレスには何も伝えていないの?」
尋ねるトリの視線から顔を背けてケイナは小さく頷いた。
「何をどう伝えればいいのか分からないんだ」
トリとリンクはそれを聞いて顔を見合わせた。
「彼は女性への変換を受け入れられますかね。そのほうが少しでも時間が稼げるんですが……」
リンクの言葉にトリは首を振った。
「さあ…… それは何とも…… あの子は自分のことよりケイナのことのほうを心配するタイプだろう」
「でも、ずっと隠しておくわけにはいきませんよ」
リンクは言った。彼の言うことはもっともだった。
「遺髪が来て分析が終わるまでは待ってくれないかな。おれが何とか言うから」
ケイナは微かに懇願するような視線でリンクに目を向けた。
「できるだけ早いほうがいいですよ…… 辛かったらぼくが言いますから……」
リンクが心配そうにケイナを見つめて言ったが、ケイナは拒むように顔をこわばらせて首を振った。
「大丈夫。おれがちゃんと伝える」
そう答えてテントを出て行った。それを見送ってリンクはトリの顔を見た。
「うまく治療できるでしょうか」
「やってもらわなければ困ります。任せなさいと言ったんだから。必要があれば新しい機器を取り寄せます。地球のエリドとも、アライドとも連絡を取る」
きっぱりとそう答えたのち、少し口をつぐんだあとトリは息を吐いた。
「いよいよとなったら…… ホライズンのセキュリティを破ってあっちのデータを取る」
リンクはため息をついてうなずいた。
「そのときには宣戦布告が知れますね」
「いずれは知れるんだ ……だけど、今はだめだ。遺伝子操作の証拠がない……」
トリは遠くを見つめるような目で答えた。