24-4 タイムリミット

 セレスはしばらく子供たちの相手をしてから自分のテントに戻った。
ケイナはあのあとすぐにトリのテントから出てきたが、セレスには目もくれずにさっさと別のテントに入っていった。
リアにすがりつかれる前からそのつもりだったようだ。その横顔には何の変化も見られなかった。
 自分のテントに戻るとアシュアが山のような棒きれを積み上げて一本一本斜めにしたり横にしたりして選り分けていた。明日からのリアの特訓に使うのだろう。
「アシュア、今日、なんかあったの?」
セレスはテーブルの上の水差しを取り上げながら言った。
「なんかって?」
アシュアは手を止めずに答えた。
「リアが取り乱して泣いてたよ。彼女に何か言った?」
「別に」
アシュアは肩をすくめた。
「そのまま事実を言っただけだ。あのまんまじゃ、プライド高いわがままなお嬢ちゃんでしかねえからな」
セレスはため息をついた。アシュアはきっと相当に厳しいことを言ったに違いない。
「リアは女の人だよ。ちょっとは気をつけてもの言いなよ」
セレスは椅子に腰かけてアシュアを非難するように言った。その言葉にアシュアがぎろりとセレスを見た。
「何、甘ったれたこと言ってんだ。あのまんま自己流で剣を振り回してたら怪我するのがオチだ。そんなのおまえだって分かるだろうが。あれでいいって思ってるやつの価値観をくつがえさなきゃならねえんだ。お情けなんか必要ねえぜ」
「そりゃ、そうかもしれないけれど……」
そのたんびにケイナに泣きつかれちゃ困るじゃないか……
「トアラっていう人が、明日森に入るから護衛をしてくれないかって言ってたぞ」
アシュアはそう言って最後の棒を選び終わると立ち上がって言った。
「森へ? なんで?」
セレスは怪訝な顔をした。
「子供たちにハーブや薬草の見つけ方をレクチャーするんだと。だけど最近、なんていったかな…… ああ、そうだ、リールが目覚めてる時期なんだとよ」
「リール…… あのケイナがやっつけたっていう……」
セレスはつぶやいた。
「ああ、そうだな」
アシュアはいらなくなった棒を捨ててくるつもりなのか木の枝をかき集めて答えた。
「おまえもしばらく体を動かしてねえから、ちょっと何かやっといたほうがいいぞ。ケイナが戻ってきたら手合わせしてもらえや」
「ケイナはいつ戻ってくるか分からないよ。アシュアやってくんない?」
「おれはごめんだね。もうあのお嬢ちゃんの相手でくたくただ。おれも明日おまえとは反対側の森のほうへあのお嬢ちゃんと行かなきゃならねえ。もうメシ食ったら寝るわ。朝も早いし」
アシュアはそう言うとさっさとテントを出ていってしまった。セレスは肩をすくめてそれを見送った。
ほとんど入れ違いにケイナがテントに戻ってきた。 ケイナの表情はいつもと変わらない。
「いつもずっとコンピューターに向かいっぱなしだけど、何やってるの?」
セレスは声をかけた。ケイナはいつものように水を飲むと疲れたように椅子に腰をおろした。
「おまえとおれのDNA分析。やたらとデータがややこしい……」
「何か分かった?」
セレスの言葉にケイナはちらりとセレスを見た。
「またゆっくり話してやるよ…… 明日の朝、グリーンアイズの遺髪が届くらしいからそれでもっと詳しく分析できる」
「ああ…… それで、アシュアがリアと一緒に出るんだ……」
セレスはつぶやいた。そして彼の表情をうかがうようにケイナを見た。
「あの…… リアはどうしてた?」
「知らない。どうせアシュアにしごかれて頭に血が昇ったんだろ」
「あれから様子を見てないの?」
ケイナは訝しそうな目をセレスに向けた。
「なんでおれが様子を見なきゃならないんだよ」
「あ、いや、別に…… その…… ずいぶんショックを受けてたみたいだから…… リアがさ。アシュアもなんか全然気遣いしないみたいだし……」
「手加減はしても気遣いなんてしてたら訓練できねえよ」
ケイナは素っ気無くそう言うと髪をかきあげた。
セレスは少し安堵した。良かった。ケイナはいつもと変わらない。
「明日、おれ子供たちを森に連れて行くのに護衛しなくちゃならないんだ。リールが出てるって。ケイナ、少し体を動かすのにつき合ってくれないかな」
セレスがそう言うとケイナはくすりと笑った。
「おまえはもう前もって準備する必要なんかないよ」
「でも、アシュアはそうしてもらえって……」
「大丈夫だよ。たぶん、必要があれば自分の体が勝手に動いてくれる」
「そうかな……」
セレスはつぶやいたがケイナはそれ以上何も言わなかった。
そのとき、テントの覆いをあげて誰かが入ってきた気配がした。振り向くとリアが仏頂面で立っていた。
「アシュアは?」
リアはテントの中を見回して言った。ケイナは振り向きもしない。
しかたなくセレスは口を開いた。リアの顔を見るのは何となく苦痛だった。
「さっきまで棒っきれを選ってた。いらないやつを捨てに行ったんじゃないかと思うけど……」
リアはそれを聞いて肩をすくめた。
「そう……」
「何か用?」
「…… トリが…… 謝って来いと言うから…… それと明日の打合せをしておけって……」
セレスはちらりとケイナの顔を見た。ケイナは無表情のまま知らん顔をしている。
「すぐに帰ってくると思うよ」
セレスはリアがこのままここで待つことになると何となく気まずいと思いながら言った。
リアは何か言いたそうだったが口を開く勇気がないらしい。ふいにケイナが振り返った。
「時間あるか?」
リアの目が細められた。ケイナはかすかに笑みを浮かべてセレスを見た。
「剣、腰に差してこい」
そう言うと彼は立ち上がった。
「あんたの剣貸してくれ」
ケイナはリアに言った。リアは怪訝な顔をして腰の剣を引き抜くとケイナに渡した。
「ちょっと軽いな…… まあ、いいか」
ケイナはつぶやいた。
「どういうこと? 何をするの?」
セレスはケイナの真意が図りかねたが、ケイナがさっさとテントを出ていったので慌てて自分のベッドから剣を取り上げると、腰に差しながらリアをちらりと見やってその脇をすり抜け彼のあとを追った。
ケイナはテントから少し離れて立っていた。
「リア。怪我しないように少し離れて見てな」
ケイナはそう言うやいなや、いきなり剣を振り上げセレスに向かって突進した。セレスは仰天した。
「な……!!!」
セレスは思わず目を閉じた。次に目を開けたとき、セレスは自分がそれを自らの剣で受けていたことを知り呆然とした。いったいいつ自分が剣を引き抜いたのか憶えがなかった。
リアは目を丸くして立ち尽くしていた。
「ケイナ! いったい何を……!」
セレスはぎりぎりと自分の剣を押さえつけるケイナに抗議した。ケイナはちらりとリアを見て、かすかに笑みを浮かべた。
「手合わせするんだっただろう? 心配すんな。思いっきりかかって来い」
「刃のついた剣で手合わせするなんて言ってないよ!!」
セレスは満身の力で彼の剣を跳ね返すと、すばやく身を離して叫んだ。
しかし、ケイナは容赦しなかった。再び飛びかかってきたのでセレスはやむなく剣を構えた。
ケイナが本気なのかどうなのかセレスにはさっぱり分からなかった。
ただ、彼の剣の切っ先を交わすうち、ケイナが言っていたことが本当だったことを知った。
必要があれば自分の体が勝手に動いてくれる。
そのとおりだった。面白いほど体が動く。いつしかセレスは夢中になっていた。
リアはそんなふたりの姿を見ているうちに体が震えてくるのをどうすることもできなかった。
ふたりの動きは人間とは思えなかった。
リアには彼らの動きの次が全く読めない。ケイナは腕力の違いで少しはセレスに手加減をしているだろうが、それでも彼はかなり本気になってかかっていることが分かった。
でなければ彼自身もセレスの剣から逃れられないからだ。
「レベルが…… 違い過ぎる……」
リアは震える声でつぶやいた。
セレスの剣の切っ先がケイナの金髪を少しかすり落した時、ケイナの目がかすかに険しくなった。
次の瞬間、ケイナはそれまで右手で持っていた剣を左手に持ち替えた。
リアははっとした。
そうだ。ケイナの利き手は左だ。どうして今まで右で剣を持っていたんだろう。それをどうして左に持ち替えたのだろう。
……手加減をしていたんだ…… だけど、セレスの相手では手加減しきれなくなっているんだ……
ケイナの剣先がセレスの頬をかすめた。ぱっと赤い血が空中に散った。
ふとケイナの表情にはっとしたような色が浮かんだが、セレスはその隙を逃さなかった。
彼が剣を振り上げたとき、アシュアの怒声が響いた。
「セレス!!」
セレスはアシュアの声で反射的に剣を空中で止めた。ケイナの構えた剣にかちりと自分の剣が当たり、セレスは我を取り戻した。
「ハメ外し過ぎんなよ」
アシュアはそう言うとリアをちらりと見て、さっさとテントに入っていった。
セレスは肩で息をして剣をおろし、呆然として立ちつくした。
ケイナは無言でリアに近づくと、剣をくるりと回して柄を差し出した。
リアは青い顔でそれを受け取ると何も言わずに身を翻し、走り去って行ってしまった。