24-3 タイムリミット

「もうちょっと気を入れてやれよ!!」
アシュアは怒鳴った。
リアはむっとした顔をするといらだたしげに持っていた木の棒を地面に叩き付けた。
「ふざけないで!! やってらんないわよ、こんなお遊びみたいなこと!!」
もう3日もリアは剣を持たずに木の棒っきれを持って振り回していた。
確かにアシュアの言うことは的確でリアは自分の基礎のなさを認めざるをえなかったが、まるで幼少時代に戻ったかのようなこの扱いには我慢がならなかった。
 アシュアはしばらくリアの怒りで真っ赤になった顔を見つめていたが、やがて無言で彼女が投げつけた棒を拾い上げると、彼女に差し出した。リアはそっぽを向いて受け取ろうとしなかった。
「相手を傷つけることができる武器を持つってことは、自分も傷つく可能性があるってことなんだぜ」
アシュアは言った。
「そんなことは分かってるわ」
リアは吐きすてるように言った。
「だったらなんでおれのこの棒っきれが受けられないんだよ。おれは今持ってるやつで30本目なんだぜ。あんたこの3日間、ただの一度もこいつを変えてねえじゃねえか」
「ちゃんと受け止めてるわ。これが折れないのは、あんたの力が弱すぎるのよ」
リアは負けじと言い返した。アシュアの目が細くなった。
「あんた、本気でそう思ってるのか?」
アシュアは言った。リアは返事をする代わりに口を歪めて笑みを浮かべてみせた。
アシュアはそれを見るとリアの持っていた棒を彼女の目の前で放りあげ、地面に落ちる前に自分の持っていた棒をそれに向かって振り下ろした。
鈍い音がしてリアの持っていた棒はあっけなく折れて跳ね跳んでいった。
リアの目に戸惑いの色が現れた。
「あんた、何にも分かっちゃいねえ。おれが本気で打ちおろしていたら、あんたは大怪我をしてる。あんたは受けないですばしっこさに乗じて逃げてるだけなんだ。真正面から挑まれたときに受けの姿勢ができてないと 相手の剣は自分の剣もろとも自分に襲いかかってくるぜ。そのときにもし長丁場になっててあんたのスタミナがなくなってたら、あんたはあっという間にあの世行きだ。接近戦てなそういうもんなんだぜ」
リアは何も言わずに唇をかんで、まっぷたつに折れた棒を見つめていた。
「あんたはケイナに教えてもらいたかったからそんなふうにやる気がないんだろうけど、ケイナはあんたがどんなに拝み倒しても絶対にあんたには手ほどきはしねえよ」
「どうしてそんなことが分かるのよ」
リアはアシュアを睨みつけて言った。アシュアは肩をすくめた。
「ケイナは自分でどういうふうに動いているのか自分で分かっていないんだ。あいつは頭で考えるよりも先に体が動いているやつなんだよ。相手が次の行動を起こす前にあいつはもうその次、そのまた次を読んでるし、見える。それを自分で分かった、と認識する前にもう体が動いているやつなんだ。自分が無意識でやっていることを人に順序立ててレクチャーなんかできねえんだよ」
「…………」
リアは口を引き結んで無言だったが、まだ納得できないようだった。アシュアはため息をついた。
「例えばな、あんた、人に息の吸いかたって教えられるか? 難しいだろ? まばたきの仕方は? おんなじことなんだ。確かにあいつだってラインで基礎を教えてもらってる。けれど、あいつは基礎のほんのさきっぽだけ教えてもらったら、あとは全部自分で展開できちまう。ラインで上にあがると下の人間に基礎を教えたりすることがあるんだけどな、あいつの評価、あんまりよくないんだよ。教え方が悪いってんじゃなくて、素っ気無さ過ぎるんだと。自分がなかば本能で習得していることをどう教えていいのかも分からなかったんだろうな。だからおざなりなカリキュラムどおりのことしかできないんだ。本気にもなれなかっただろうしな。ただひとりを除いては」
「ただひとりを除いて……?」
リアの目が光った。
「セレスだよ」
アシュアは言った。
「セレスはケイナとよく似たところがある。だからケイナも教えやすかったんだ。普通の奴なら伝えるのに難しいことも、セレスになら言葉ひとつ、それもニュアンスだけでいい。あのふたりはそんな関係なんだ」
リアは言いようのないもどかしさを感じて目を伏せた。
セレス、セレス、セレス、セレス……
あんな子供がどうしてケイナと同じなの。
どうしてすべてにおいて私はあの子に太刀打ちできないの。
私の目の前にいるのはこんなぶしつけな大男であっていいはずがないわ。
そんなリアの心のうちを知ってか知らずかアシュアはわずかに口を歪めてリアを見下ろした。
「そんなに悔しいんならおれを一度でも倒してみな。一度でもおれを本気にさせてみな。 あんたはおれのことを相当小馬鹿にしているようだけど、悪いがな、おれこそあんたの戦いかたが子供の剣士ごっこにしか見えねえんだよ」
リアの顔にかっと血が昇った。次の瞬間彼女の手がアシュアの頬に向かって飛んだが、アシュアはついと顔を動かしてそれをやり過ごした。リアの手は空しく彼の髪をかすっただけだった。
「こういうことだ。読まれてる」
アシュアは言った。
リアは怒りに体を震わせるとくるりと身を翻し、アシュアの前から走り去った。アシュアは黙ってその後ろ姿を見送った。
セレスは子供たちと地面に座り込んで木細工をしてやっていたが、ふいにクレスが立ち上がったので顔をあげた。
「リアだ」
クレスはそう言って駆け出した。猛然とテントの間を突っ切ってくるリアの姿をセレスは見た。
「リア! 一緒に遊ぼう!!」
クレスがしがみついてきたので、彼女は足をとめた。
「リア?」
クレスは不思議そうにリアの顔を見上げた。リアの目は涙に濡れていた。
「どうしたんだ?」
セレスは彼女の異変に気づいて近づいた。
「アシュアが何かした?」
「ほっといて」
リアは即座に言った。
「でも……」
「ほっといて!」
リアは怒鳴った。
間違ってもセレスになぞ話したくはなかった。セレスになんか。
そして彼女はトリのテントから出てくるケイナの姿を見つけたのだった。
ケイナはこちらの姿に気がつくと怪訝な目をして足をとめた。
リアの目からぽたぽたと涙が落ち、次の瞬間彼女はケイナの胸に飛び込んでいた。
全員が呆然として彼女の姿を見つめていた。
一番仰天したのはもちろんケイナだ。彼は戸惑ったようにちらりとセレスの顔を見た。
「何があったんだ……」
ケイナは困惑して言ったが、リアはただ泣きじゃくるばかりだ。
ケイナはしかたなく彼女を抱きかかえるようにして再びトリのテントに引き返して行った。
「リア、どうしちゃったんだろう……」
クレスがつぶやいたが、セレスの耳には入らなかった。
何だろう、この感覚。不安とも焦燥感ともつかない頼りない気持ちだった。
ケイナの自分を伺い見るような目を見たのは初めてだった。
ケイナ、何を考えてる? なんでおれの顔をそんなふうに見るんだよ…… いつものように堂々としていろよ。
リアの髪の香りがまだセレスの周囲にまとわりついていた。