24-2 タイムリミット

 トリは手招きをするとケイナをテントの外に連れ出し、別のテントに案内した。
中は見たこともない計器類がたくさん並んでおり、ケイナは思わず目を見張ってそれらを眺めた。
「こんなの…… 中央塔のどこでも見たことがない……」
ケイナの呟いた言葉にトリは笑みを見せた。
「マークも同じことを言ってたんじゃなかったでしたっけ?」
ケイナは肩をすくめた。
「仕入れ先はどこなんだ?」
「仕入れというか、技術導入になりますね。こっちにはほとんどパーツでしか来ないんですよ」
トリは答えた。
「それを組み立てるとか言うんじゃないだろうな……」
ケイナは訝し気にトリを見た。トリは再び笑った。
「そのとおりですよ」
ケイナは髪をかきあげた。
ノマドにいたといっても肝心なノマドの形態についてはほとんどケイナは知らない。たとえ技術にしても、住民登録もしていないノマドがどうしてこんなものを導入できるというのか。
「誰が手引きしてるんだ?」
ケイナの言葉にトリはくすりと笑った。
「昔はね、カートが通してくれていたよ。ご存じの通り今やエアポートの管理を一手に引き受けておられるからね」
ケイナはそばの計器に触れた。
「今はアライドから直通で届くよ。必要があれば」
「アライドから?」
ケイナはトリを振り返った。
「アライドはノマドに友好的。かたや商品としての人種。かたや研究としての人種 ……ともに青い星で生き続けたい」
地球一個分の命。みんなおんなじに。
ふと昨晩のアシュアの言葉が思いだされた。
トリは奥で画面を前にして座っている男のそばに近づいた。
前に紹介されたリンクという男だ。
「例の遺髪はこっちにしかるべきルートで送ってもらえることになりました」
トリはケイナに言った。
「とりあえずそれまでにきみとセレスの遺伝子分析を行っているんです」
ケイナはリンクの後ろから画面を見た。細かい数式がびっしりと並んでいる。
「見て分かりますか?」
トリの言葉にケイナは肩をすくめた。トリはうなずいた。
「リンク、説明してもらえるかな」
その言葉にリンクは了解、というように小さく笑みを見せた。
「分かりやすいようにビジュアルに切り替えましょう」
リンクはキイを叩き、いくつもの立方体が浮ぶ画面を映し出した。立方体は少しずつ大きさや色が違っている。
「画面が上下に分割されているのは分かりますね」
ケイナはうなずいた。
「上がきみの遺伝子です。下がセレス君のもの…… かなり似通った部分があるんですが、ふたりとも他人であることを遺伝子配列が証明しています」
「他人……」
ケイナはつぶやいた。リンクは少し肩をすくめた。
「でも、これは遺伝子学上としての話なんです。ぼくはもともとふたりとも血のつながりがあったのではないかと思うんですよ」
ケイナは目を細めて彼を見た。リンクはためらいがちにケイナの顔をちらりと見た。
「どうもね…… ふたりとも後天的に遺伝子をいじられていると思うんです……」
ケイナの顔が険しくなった。リンクは心配そうにケイナを見た。
「大丈夫ですか?」
ケイナは軽くうなずいてみせた。トリが椅子を勧めてくれたので、ケイナはリンクの横に腰をおろした。
「断定はできないんですが、何かの遺伝子と合わせられているんじゃないかと思うんです。それも、きみたちがまだ卵の状態のときに」
リンクは淡々と話していたが、彼が努めて感情を交えないように話そうといることがケイナにはよく分かった。
「選別していくと残るんですよ。何だか分からない遺伝子配列が…… それも、地球の生物の遺伝子じゃありません。問題はそれで細胞分裂し、生まれてきたきみたちへの弊害なんです」
リンクは少し言いにくそうに口籠った。
「セレス君が男性と女性の両方の性を持っていることをご存じですか?」
「え……」
ケイナは思わずリンクの顔を見た。
「知らない…… かな……」
リンクが気づかわしそうに見つめている。
何と言えばいいのか分からなかった。前にアパートでいきなりセレスが女性に見えたことがあった。それと…… 夢の中で……
ジェニファに催眠術をかけられていたときの記憶はセレスを助けようとしたことだけが鮮明だった。あのときだけ一時覚醒したからだ。それ以外のことは本当に夢の中であったのか、そうでないことなのか自分でもよく分からなかった。
「彼はね今は表現体がマンになっていますね。これは男性ホルモンの分泌のほうが盛んだからです。でも、いずれは女性への変換を遂げる必要があるでしょうね。でないと寿命を縮めます」
リンクは首を振った。
「これはセレス君だけに言えることじゃないんですよ。ケイナ、きみも同じなんです。いや、きみのほうが深刻なんです。きみには両性の資質はありませんが、どこかで遺伝子治療を受ける必要があります。でないといずれは命を落とすことになるんです。どういうことかと言うと…… ふたりとも全く別のものの遺伝子を入れられているんですが、どちらも今も遺伝子の書き替えをひたすら行っているんですよ。セレスは男性ホルモンの影響ですさまじい運動神経や俊敏力をつけていきますが、それが彼の体に大きな負荷を与えるんです。人間が異様に巨体になっては困るでしょう?  だから必要最低限の筋肉しか発達しないのに、そこに最大限の力を出させる遺伝子命令が出るんですよ」
リンクはそこで言葉を切って気づかうようにケイナの顔を見た。
「最後は立つことはおろか、歩くこともままならず、しゃべることもできない、全く何もできない状況になって…… そして死に至ります」
リンクにとっても言いたくないことだったのかもしれない。彼は辛そうにケイナから目をそらせた。
ケイナは髪をかきあげた。動揺を見せまいとしたが、やはり隠すことはできなかった。あげた手がかすかに震えた。トリはそんなケイナを黙って見つめていた。
「ケイナ、きみは脳に対しての異常なほどの発達を促す書き替えが今も行われているんです。信じられないほどの脳細胞とシナプスが今もきみの頭の中で増え続けている。つまり、セレスは直接身体機能に能力が働く成長をし、きみの場合は脳からの指令で体を動かす成長になっているわけです。しかしそれにも限界があります。いずれ同じく……」
「分かった」
ケイナはリンクの言葉を遮った。
「あとどれくらい?」
ケイナは言った。その言葉にリンクとトリは顔を見合わせた。
「あとどれくらいまで普通でいられるんです?」
リンクはためらうように下唇を噛むとせわしなくまばたきをした。
「セレスはあと3年。ケイナ、きみは…… 1年」
彼はそう言うといたたまれないように目を伏せた。
「18歳のタイムリミット……」
ケイナはつぶやいた。
「そういうことだったのか…… だからカンパニーは18歳になったらとしつこく制限していたのか……」
ケイナは自嘲気味に笑みを浮かべた。
「助かる方法はあるんですよ」
トリは言った。
「ふたりとも組み込まれた余分な遺伝子を排除する治療を受ければいいんです」
ケイナはそれには答えず立ち上がった。
「できる限りのことをしますから」
リンクは気づかわしげにケイナの顔を見上げて言った。
「一年じゃ…… できないかもしれないんでしょう? 遺伝子治療」
ケイナがそう言ったので、リンクは思わず目をそらせた。
「きみの遺伝子に手を加えた張本人なら…… その方法を知っているのでしょうけれど……」
苦渋に歪む彼の顔をケイナは黙ってみつめた。
「新しい機器を導入してフルにきみの治療に当たりますよ」
トリが安心させるように言ったが、ケイナは何も言えなかった。
アシュア…… 地球一個分の命…… おれにはないかもしれない……
命なんてどうでもいい、と思って生きてきたのに現実に命の期限を突きつけられると押しつぶされそうな不安に襲われた。立っているのがやっとなくらい足元が揺らぐ。
「ケイナ」
トリは言った。
「きみは生きなきゃいけないんだよ」
その言葉にすらケイナは答えることができなかった。