23-4 一個分の命

「痛むか?」
テントに戻ってベッドに座り、水で濡らした布で顔を冷やすセレスにケイナは尋ねた。
まだ心臓がどきどきしている。何があったのかを知るのは怖かった。でも聞かずにはいられなかった。
「おれ…… みんなを殺そうとしてたの……?」
自分の声が震えるのをどうしようもなかった。
「いや……」
ケイナは目を伏せて答えた。
「そうじゃないけど…… おまえは我を忘れそうになってた……」
セレスは布を取り落とすと手で顔を被って突っ伏した。ケイナはそれを黙って見つめた。
「やっぱり…… おれの中には……」
セレスは体を震わせた。
「ケイナ…… 怖いよ、おれ……」
ケイナは少しためらったのち、セレスの横に腰をおろし、彼の肩に腕を回した。
「おれが最初に気づいた。おれだけが気づいてた。あんなことはもう二度とない。絶対おれが気づいておまえを呼び戻す」
「ケイナだけが……」
セレスは顔をあげてケイナを見た。
「カンパニーはいったいおれとケイナに何をしたんだろう。おれは剣を持っただけだよ……」
セレスは思わずケイナの胸を掴んですがりついた。
「おれ、何にも分からなかったよ ……ケイナの小さいときと同じ……?」
「だからおれが気づいて止めるって言ってるだろう!!」
ケイナは怒鳴った。セレスはぎくりとしてケイナの顔を見つめた。ケイナはセレスを見据えた。
「おれが『止める』んだ! 何もない! それ以外は何もない!」
ケイナはセレスの手をふりほどくと立ち上がった。顔が怒りで真っ赤になっている。
「ケイナ……」
セレスは呆然としてケイナを見上げた。
ふいにケイナの手が伸びて自分を抱き締めたのでセレスはびっくりした。
ケイナの中に入ったときに感じていたあの感触だった。彼のペパーミントの芳香とともに、柔らかな髪が頬に触れた。
「どんなことになっても、おれの声を聞け。お前を呼び続けるから、おれの声を聞け。必ず正気を取り戻せ」
セレスは目を閉じた。ケイナの声が体に振動となって伝わって来る。
「おれたちはこうやってお互いを呼び続けるんだ。絶対に負けない。生き残る……!」
「うん……」
ケイナがいてくれると安心する。こうやってお互いを呼び続ける。ずっと呼び続けるんだ。
セレスは思った。

 その夜、セレスはショックもあって疲れ切ってしまい半ば気を失うように眠ってしまった。
そんなセレスをちらりと見てテーブルの水差しに手を伸ばすケイナにアシュアは声をかけた。
「大丈夫か?」
「こいつはそんなやわじゃねえよ」
ケイナは答えた。
「セレスのことじゃないよ」
アシュアは言った。
「おまえのことを言ってんだ」
ケイナはアシュアに目を向けたがすぐに目をそらせ、カップに水を注いだ。
「ありがとう、アシュア」
ケイナはかすかに笑みを浮かべた。
「おまえにしちゃ、しおれた返事だな」
アシュアも笑った。
「あの剣は能力者は見極めて使わないといけないんだとトリは言ってた。おまえはなんだかんだ言っても自分のことをあらかじめ知っているから無意識に剣を制御できるんだが、セレスは無防備だからすぐに捕らわれるんだと」
「こんなもん振り回してどこまで太刀打ちできるんだか……」
ケイナは柄だけの剣を見てつぶやいた。
「この先何をどうすりゃいいのかさっぱり分からねえしな」
アシュアは肩をすくめた。
「遺伝子検査をすると、具体的に何が分かるんだ?」
「人為的に何らかの手を加えられた形跡は出てくると思う。それと、もしグリーン・アイズの遺髪が手に入れば、彼との血縁関係も分かるだろう。彼からいったいどんな操作をされたのかもたぶん推測がつく」
ケイナは水差しを持ち上げて答えた。中身がもうあまりない。
そして心の中で 『おれとセレスの関係も分かる』と付け加えた。
気が重い。おれはセレスのことをどう思っているんだろう。ケイナには分からなかった。
セレスはいつも必ず答えを求めようとする。返事をしても笑っても怒っても、セレスはそれが何をあらわしているのかを必死になって探ろうとする。ケイナにとってはそれがうっとうしくもあり、説明しうるだけの容量のない自分がとてももどかしかった。
それなのにたまらなく愛おしくなることがある。あの緑色の目で見つめられると体中の血が逆流して全身の毛が逆立つような気分に陥ることがある。自分の中で訳の分からない独占欲と渇望が渦巻く……
これはいったいどういう感情なんだろう……。
「…… でな……」
アシュアの声にケイナは我に返った。
「なに?」
「なんだよ、聞いてなかったのか?」
アシュアが口を歪めた。
「腕の通信機をリアが壊しちまったんだが、トリに言ったら、軍の隠し機能を取り払って修理できる人間がいるっていうんだよ。それで一度カインに連絡を取ってみようかと思うんだ。もっとも、あいつが通信機を身につけていなけりゃ無駄に終わるがな」
「そうだな……」
ケイナはうなずいた。
「カインは案外もうこっちに来ているのかもしれない」
「一度連絡をしてきてるしな…… 例のごとく無茶なことをしてるんだろうさ」
アシュアは頬杖をついてため息まじりに言った。
「水を汲んでくる」
ケイナは水差しを持ち上げてそう言うとテントを出た。