23-2 一個分の命

「遺伝子操作にはふたつあった。ひとつはほかの血が混じっても子孫永続を願った者たちへの闇の商品としてだ。商品だからね。失敗は許されない。もうひとつは純粋に研究のための実験のための操作だ。こっちで彼らは何を作ろうとしていたんだろうね……」
トリは息を吐いた。
「リィ・カンパニーの前身は医薬品と医療機器の開発から大きくなった組織でね。遺伝子操作をしながら自社の技術開発のデータにしていたのかもしれない。それとも、何かの能力に長けた人類らしからぬ人類を作ろうとでもしていたのかもしれない…… ぼくらはね、彼らが研究のために作った人種。突出した能力と引き換えに必ずどこかに負の遺伝子を持つんだ」
「負の遺伝子……?」
アシュアが目を細めた。
「そう。負の遺伝子。例えばリアは人より聴覚や嗅覚がとても優れてる。でも足と手に障害がある。ぼくは予見の力があるけれど走ることができない。心臓が弱いので。父は機械に異様に強かったけれど、感情不安定で、母はぼくと同じように予見の力があったけれど体力がなかった。マレークと結婚したユサは勘が鋭いけれど言葉がうまく出ない ……みんなどこかリスクを負ってる…… それでも三世代ほど経て少し改善されてきてはいるんだ」
トリはかすかに口を歪めた。
「ぼくらは、失敗作だったわけだよ。逆を言うと、安定した遺伝子は人としての能力は平均化されてしまうんだ。寿命も長くなるだろうし、体力もあるだろう。だけど、そんなに突出した能力を持つわけじゃない。一番安定していて成功例と言われたのはアライドのハーフだよ」
「アライドのハーフ?」
セレスが声をあげた。
「アライドのハーフは遺伝子操作で生まれた人種なの?」
「そう」
トリは答えた。
「今、アライド人と言われているのは本来ハーフで、今ハーフと言われている人はクォーターだよ。もともとアライド星の人と地球人とは生殖機能が違うんだ。あの時期何万人もの人が遺伝子操作を受けたから、もう分からなくなってる。たぶんアライド側と地球側で何らかの契約があったんだ。遺伝子を輸入したんだよ」
「じゃあ、カインは……」
セレスはつぶやいた。
「遺伝子操作されて生まれたクォーター以降ってことになるな」
アシュアが答えた。
「カインはそれを知ってるのかな」
「知るわけないだろう……」
セレスの言葉にアシュアはぶっきらぼうに答えた。
「何にしても……」
ケイナが口を開いた。
「商品ではなく研究として作られた人種が反抗して、結局政府の側が折れたんだな……」
トリはうなずいた。
「正しくはカンパニーが折れたというべきかもしれない。あの時代に正式にはリィ・カンパニーはなかった。いくつかの企業が集まった組織だった。それらを統括して立ち上がったリィ・カンパニーの創業者として知られるシュウ・リィ氏は創立と同時に研究の中止を決意したんだ。同時にぼくたちの祖先に永劫の保障を約束した。ぼくらは自由に生き、中央に決してとらわれることのない生き方を望んだ。それを約束してくれるなら、ぼくらは武器を持たないと誓った」
「ノマドが武器を持たないというのがそんなに威力を持つことなのか?」
アシュアが怪訝な目でトリを見て言った。
「人の遺伝子をいじくった代償だよ。ぼくらを甘くみてはいけない。彼らはその恐ろしさを知ったから決意したんだよ。シュウ・リィは冷静な人間だったね」
「その約束を誰が破ったの?」
セレスの言葉にトリは肩をすくめた。
「さあ…… 今のカンパニーの総領はトウ・リィという女性だと思うけどね」
「トウは67年前には生まれてないぞ。グリーン・アイズが来たときには」
アシュアがすかさず口を挟んだ。
「では、彼女ではないのかもしれない」
トリは答えた。
「いずれにしても、ケイナとセレスの遺伝子を調べれば何らかの結果が出ますよ」
「グリーン・アイズとの血縁が分かるっていうこと?……」
セレスは不安をかくせない様子でトリを見た。
「血縁だけじゃない。人為的に触られた部分も分かる」
ケイナの顔がこわばった。
「遺伝子検査にはどれくらいかかる?」
彼はトリを見て言った。
「きみたちの検査は数日で。あとはグリーン・アイズの遺髪がいつ届くかによるね。その間に剣の手配をしておきます。剣もたぶん数日で手に入るでしょうから、扱いに慣れる時間も作れると思います。しばらくは疲れを取るためにもご自由になさっていてください」
ケイナは口を引き結んだ。
「あの…… とても疲れをとって自由にしている気分じゃないんだけど……」
セレスが戸惑ったような顔で言った。
「おれたちに何かできることないの……」
トリは笑みを浮かべた。
「気を使っていただかなくてもいいですよ」
「そうじゃなくて…… 頭が混乱して不安なんだ…… なんか、知らないことばっかりで…… おれ、今まで何にも知らなかった…… 何にも知らなくて…… なんかやってないと分からないことでずーっと頭の中が堂々回りしてそうなんだ」
「また、話をするよ。心配しなくても、ぼくらはきみを助けるよ」
セレスはそれを聞いて黙り込んだ。
「一気には無理だから…… また少しずつということにしよう。いずれは全部分かるよ」
トリの諭すような口調にセレスはまだ納得いかないような顔していたが、やがてうなずくと立ち上がった。
アシュアとセレスがテントを出たのを確かめたケイナはトリを振り返った。
「計算合わねえじゃねえか」
トリはそれを聞いて笑みを浮かべた。
「そう?」
「シュウ・リィは稀に見る長生きで12年前に死んでる。97歳だ。100年前にリィ・カンパニーができたのなら、シュウ・リィは9歳か10歳で組織の代表になったことになる」
「間違いなく彼は代表になってるよ」
トリは答えた。
「リィ一族と最初に事業をしていたのは誰だ」
ケイナは譲らなかった。
トリはそんな彼の顔をしばらく見つめた。
「カート一族」
トリは答えた。
「レジー・カートの四代前」
ケイナは不機嫌そうに髪をかきあげた。
「11年前…… おれを引き渡したのは、保護をしてくれると思ったから?」
「結果的にそうじゃなかった。リィを押さえていたのはカート一族だったけれど、100年たって情勢が変わった。カートの権威は薄れ、リィは暴走してる」
ケイナは黙っていた。何かを考え込むような顔をしている。
「外にコンタクトを取るのはもう少し待って欲しい」
その顔を見てトリは言った。
「今、たぶん躍起になってきみたちを探してる。磁場を強化してるんだ」
「セレスの兄さんが…… レジー・カートの下で任務についてた。カンパニーに脅かされてセレスの親権譲渡にサインさせられた可能性がある。彼の安否を知りたい」
「カートがどこの味方かぼくにはまだ分からない。今は無理だ」
トリは答えた。ケイナはしかたなくうなずいた。