23-1 一個分の命

「遺伝子分析……?」
セレスは不安そうにトリを見た。
「ケイナからも聞いてたけど…… 遺伝子分析って、何をするの?」
トリの横にはちょうどセレスの兄、ハルドと同じくらいの年齢の黒髪の男が立っている。
名前をリンクといった。温厚そうな表情の青年だった。
トリは笑みを浮かべた。
「きみたちに負担をかけるのは血液を採取させてもらうときだけですよ。ケイナは知っていると思うけれど……」
トリがケイナを見たが、彼は浮かない表情だった。
「グリーン・アイズの遺品が残っているはずなんだ。彼の子どもは行方不明になってしまったけれど彼自身はノマドの慣習どおりに遺髪は土に還らないように梱包されて埋葬されている。地球でエリドが探してくれているはずです。67年前のことなので、森も変わっている。でも、見つかったら連絡があるので、そのときにはリアに行かせようかと考えています」
トリの言葉にケイナはやはり無言だった。
ケイナの表情がセレスには不思議でしようがなかった。昨日も検査のことを聞いても何も答えてくれなかった。ケイナの不安はなんなんだろう……
「彼は…… リンクは臨床検査の技術があるんだ。医術の心得もある。11年前にやらなければならなかったことをこれからやるんだよ」
セレスはうなずいた。
「任せるよ。おれ、まだ何がなんだかよく分かってないかもしれないけど」
トリが目を向けたのでそれを見たリンクは準備のためにテントを出ていった。
「遺伝子検査はいいけどよ、コリュボスも地球もカンパニーの手のひらに乗ってるのも同じようなもんだぜ。おれたちがここにいることだっていずれバレる。それまでに何かが分かって、何らかの手が打てるのか?」
アシュアが腕を組んで言った。
「確かに今ここにカンパニーが来たら、ぼくらは何もできない。11年前と同じようにケイナとセレスを渡すしかない」
トリは答え、そしてアシュアをちらりと見た。
「即戦力はきみたち自身しかいないから」
アシュアが怪訝な顔をしたので、トリは笑みを浮かべた。
「剣を入手しよう。ここではそれが精一杯だけど最終的には地球に渡ることになるだろうし、あっちのノマドなら銃も手に入るかもしれません。ほかの武器も」
「何をするつもりだ……?」
アシュアは目を細めた。
「昨日言いましたよね。ぼくらはもう諦めないと」
「ノマドは戦力を持たないはずだろ? クーデターでも起こすつもりか?……」
「クーデターね…… まあ、そうかもしれない……」
トリは目を伏せた。アシュアはケイナの顔を見たが、彼の表情からは何も読み取れなかった。
「とりあえず血液を取らせてください。リンクがあっちで用意をしているから」
トリはそう言うと3人を促してテントを出ようとした。
「ちょっと待っ……」
「トリ」
アシュアが再び口を開こうとしたが、ケイナが口を挟んだ。
「要はノマドも同じ立場だったってことか?」
セレスとアシュアはケイナの顔を見た。彼が何を言っているのか分からなかった。
「あんた、長老になって、教えてもらってんだろ ……いや、ある年齢になるとみんな知ることになるのかな……」
「そうだよ」
トリはかすかにうなずいて目を伏せた。
「彼らはぼくらと約束をした。もう二度と遺伝子操作した人間なんか作らないと。だけどそれを破った。だからぼくらも武器を持たないという約束を破るんだ」
「二度と遺伝子操作した人間なんか作らないって……」
アシュアがつぶやいた。トリはちらりとアシュアを見た。
「ぼくらの祖先は遺伝子操作で生まれた人間だってことだよ」
「え……」
アシュアとセレスが目を丸くした。
「……約束は絶対だと信じてた。思えば、ケイナがここに来たときに……いや、グリーンアイズが来たときに約束は破られてしまっていたのかもしれない……」
トリはもう一度テント内に足を向けると椅子にこしかけた。
「良かったら、きみたちも座らない? お茶を入れるよ」
「お茶なんか飲む気分じゃねえからいいよ」
アシュアがそう言ってトリの前に座った。トリは少し笑った。
「短命で次世代が続かない…… もともとはその改良が目的だったんだ。だけど、最終的に純粋な地球人というのがいなくなって遺伝子を操作した者だけが生き残ったって何の意味もない……」
「遺伝子操作って、遺伝子治療とは違うの?」
セレスがアシュアの隣の椅子に腰をおろしながら尋ねた。ケイナは仏頂面で腕を組んで立ったままトリを見つめている。
「遺伝子治療は治療でしょう? 病気などを治すということ。操作するというのは、生まれてくる世代に人為的な指令を遺伝子に与えて思うような人間を作るということだよ」
トリは静かに答えた。
「誰がそんなこと……」
セレスはトリの顔を見つめたのち、突っ立ったままのケイナを見上げた。ケイナはやはり不機嫌そうな顔のままだ。もしかしたらケイナはこれからトリが言おうとしていることの察しがすでについているのかもしれない。