22-4 黒い影

 ふたりに促されながら家の外に出るとレイの息子のジュナが白衣のままで立っていた。
彼は自分の横のエアバイクを顎で差した。
「ぼくのバイクです」
ジュナは言った。
記憶を辿ってもカインは9歳年上のレイの息子と話をした覚えはほとんどなかった。顔もあまり見たことはなかっただろう。
ジュナはマリアそっくりの黒いくせっ毛を少し揺らした。
「バイク、いるでしょう? 放置した場所を連絡する気があったらあとで教えてください。取りに行きます。そのままにしてるとまずいから」
「……すみません」
カインは答えた。ジュナは母親ゆずりの大きな目をじろりと向けた。
「カインさん。申し訳ないけれど、ぼくは父や母のようにあなたには好意的ではないから。できればもう父には近づかないでいただきたい」
「ジュナ、やめなさい」
レイが口を挟んだがジュナはきかなかった。
「ミズ・リィが最初にカンパニーの仕事を担ったのは18歳のときでしたよね。あなたは大切に大切に育てられてそんな強行な試練は受けていない。だけどね、そろそろちゃんと考えたほうがいいんじゃないですか」
「なにを…… おっしゃりたいんですか」
カインはジュナを見つめた。ジュナは肩をすくめた。
「先代のシュウ・リィ氏はTA-601の保障をすべて終えていないですよ。トウ・リィはそれを反古にしている」
「TA-601?」
カインはつぶやいた。
「ジュナ、それはカインぼっちゃんの責任じゃない。やめなさい」
「責任じゃない?」
ジュナは父親の言葉に笑みを浮かべた。
「彼はカンパニーを背負って立つんでしょう? 蝶よ花よで大事にされ過ぎてるからこんな甘ったれ坊主になるんだ。何の苦労もしていない。顔見れば分かりますよ。緊張感の先ほどもない」
これまで黙っていたマリアがジュナに近づいていきなり頬を叩いた。
「もうやめなさい。あなたはカインのこともミズ・リィのことは何も知らないでしょ?」
「知ってますよ」
ジュナは口を歪めた。
「トウ・リィは血も涙もない冷たい女で、カイン・リィはただの頭の足らない子供だ」
「ジュナ!」
ジュナはカインにバイクのキィを放った。カインはそれを空中で受け止めた。
「TA-601って何のことです」
カインの言葉にジュナは鋭い目を向けた。
「自分で調べろ」
彼はそう言うと肩をいからせて家の中に入っていった。カインが戸惑いを隠せない目をレイに向けるとレイは首を振った。
「きみのやろうと決めたことがきちんと終わったらもう一度連絡をしておいで。ミズ・リィは厳しい人だけれど、あいつが言うような人ではないよ。確かに若すぎる年齢であんな大きな組織を担うことになった軋轢はいろいろあったがね」
カインはジュナが投げたバイクのキイを見つめた。
蝶よ花よで大事にされた甘ったれたお坊っちゃん…… 悔しかったが何も言い返せなかった。
「カイン、本当に連絡してきてね。私もレイも、あなたがこんな小さい時から知ってるのよ。頼ってもらって構わないのよ」
マリアがバイクにまたがるカインに言った。彼女は自分の腰より下を手で指し示した。
「ミズ・リィはね、本来免疫力が強いはずのあなたがちょっと熱を出すたんびにおろおろして、なだめるのが大変だったのよ。あの人はあなたを失うことが何より怖いのよ」
カインはマリアに顔を向けず、振り切るようにバイクのエンジンをかけた。
「ありがとうございます。迷惑かけてほんとにすみません」
カインはそう言うとレイに目を向けた。
レイは手をあげて気にするなというように笑ってみせた。
カインはバイクを飛び立たせた。

 シティに出るとすぐに服を着替え、目深にキャップ式の帽子をかぶった。
伸び切っていた黒髪は赤く染めた。髪を染めたら特徴だった切れ長の目が目立たなくなった。
いつものようにすぐに短く切らずに髪を伸ばしていたのは正解だったかもしれない。
もう、どこにカンパニ-の人間がいるかわからない。ケイナに会うまでは誰にも邪魔されたくなかった。
こんな服、今まで着たことも興味を示したこともなかったのにな……
少年たちが着る少し派手なマークのついた黒いジャケットを眺めてカインは苦笑した。
でも、そのほうがかえって見つからない。
いくらなんでもカンパニーの御曹子が流行りの少年のファッションをしているなどと誰も思わないからだ。
左手は首から吊って固定していると目立つので包帯だけを残して外した。
痛みがないのでうっかり使ってしまう危険を避けるために左手だけ動かしにくい固い革の手袋をはめた。
見慣れた中央塔を横目に見ながら、カインはカフェのコンピューターを使って割り出した密売者とコンタクトを取るために狭い路地の中へ入っていった。

 どこへ行ってもこういう場所はあるんだな……
カインはゴミの散らばった細い道を眺めて思った。
男は路地の隅の小さな扉の影に立っていた。
「カサ・ディ?」
カインは言った。
「そうだよ。あんたか? 銃が欲しいってのは」
背の低い男はカインの頭の先から足の先までじろじろと眺め回した。顔が真四角で大きな鼻が不格好にひしゃげていた。
「ガキが威勢をつけるために銃か? 似合わねえな」
「さっさと出せよ」
カインは言った。舐められると銃は手に入らない。
男は鼻に皺を寄せてカインを胡散臭そうに見やると、足元に置いた大きなケースを開いた。
「軍のお流れ品が多いな。前の持ち主用にきっちり合わせてあるからそれを解除する手数があって割高になるぜ」
男は言った。
「大きな銃はいらない。ST-50かベルグ……」
カインはケースの中を眺めながら言った。男の目が細くなった。
「いやに詳しいな……」
「ないんだったらほかを当たる」
カインがそう言ったので、男はカインを睨みつけながらケースの下をひっかき回した。
「LOA-2型だ。軽くて持ちやすい。だけど標的をほとんど逃さないのが利点だぜ」
「エネルギーは?」
カインは男が出した黒い色をした小さな銃を見て尋ねた。
「改良してあるから、気がついたときにそこいらの電源に充填装置をはめときゃいい。 2、30秒で完了する。携帯用のエネルギーカードは500にしとくぜ」
男は得意そうに言った。
「じゃあ、そんなに威力はないな……」
カインがつぶやいたので、男は少しむっとした顔をした。
「ガキのケンカにゃそれくらいで充分だよ」
「いや…… 威力がないほうがいいんだ。ちょっとだけケガさえしてくれりゃいい」
カインは答えた。男は口をへの字に曲げて目を細めた。
「いくら?」
カインの言葉に男はにやっと笑った。
「10万でどうだ?」
カインはため息をついた。こんなおもちゃみたいな銃に10万? 冗談じゃない。
「性能的にはいいところ3万だ。それ以上は出さない」
「おい、いい気になるなよ。欲しがってんのはそっちだ。10万より下はない」
カインはかすかに笑みを漏らした。
「だったら、1回充填しただけでダメになるような銃じゃなくて、ちゃんとしたものを出してくれ」
「何?」
男の目が細くなった。カインは笑った。
「LOA-2型は普通の補填エネルギーには合わないんだ。改良してあるものはたいがい使い捨て式になる。おまけに使える発射回数は30発ときてる。裏取り引きでも相場は3万だよ」
「おまえ、何者だ?」
男は警戒したように身構えた。
「別に警備関係の人間じゃないから安心しろよ」
カインはそう言うと、男のケースからすばやくひとつの銃を取り出した。
「あっ!」
男が慌てて取り戻そうとしたが、カインはさっと男から離れた。
「こっちを10万でもらうよ」
「冗談じゃない! そりゃ、30万のものだ!」
「10万。TT3、バージョン2」
カインは男を見つめた。
男は頬をひくひくと痙攣させていたが、やがて渋々うなずいた。
カインはポケットから紙幣を取り出して男に差し出した。男はそれをひったくるようにして取り上げた。
「あんた、いったい誰だ? TT3を知ってる人間は何か特別の訓練を受けたやつだぞ?」
男はカインを睨みつけて言った。カインは銃をジャケットのポケットにしまい込むと何も言わず笑って男の前から立ち去った。
「何か特別の訓練を受けたやつ…… か」
カインはつぶやいた。
そうかもしれない。TT3は『ビート』で訓練に使用する銃だ。
ほかで使っているとすれば『ビート』とは別のカンパニーの私設部隊か、軍の接近戦部隊か……。
でも、なんでこんなものが闇ルートに流れるのかな。
まあ、そんなことはもう、どうでもいい……
カインは表通りに停めておいたエアバイクに飛び乗った。そしてウェスト・タウンに向かって飛び立った。行き先はケイナのアパートだ。
アパートにうまく入れるだろうか。その確証はなかった。