21-8 日記

 再びテントに戻って来たときケイナは平静を取り戻していたが、トリは続きの話は明日にしようと言った。
3人ともぐったりと疲れたような気分だったので、誰も反対しなかった。
トリのテントをあとにしてセレスはケイナの顔を覗き込んだ。
「大丈夫? ケイナ」
ケイナは怒ったような顔で何も答えなかった。
「鼻の頭、赤い」
アシュアがにやにやしながら言ったので、ケイナは思わず手をあげかけて彼を睨みつけた。
「おれたちの前でも平気で泣けるようになってくれると嬉しいんだけどな」
「うるせえ!」
ケイナはそう怒鳴ると自分たちのテントの中に入っていった。アシュアとセレスは顔を見合わせた。
「おまえは大丈夫か?」
アシュアはセレスに尋ねた。セレスは少し笑みを浮かべてうなずいた。
「まだよく分からないんだ…… ショックのような実感ないような…… これから少しずつトリが話してくれるんだろうけど…… 大丈夫だよ。ここに来たらいいふうにいくような気がする。ノマドはきっとおれたちの味方になってくれるよ」
「そうだと…… いいな」
アシュアはうなずいた。
 日はとっくに暮れていて、森の中は闇に包まれていた。
3人は用意してあった食事をつついたが、いつもはたくさん食べるアシュアも疲れ切ったような感じであまり食欲がなさそうだった。彼は食事を取るとさっさとベッドに潜り込んだ。
「アシュア、お風呂入らないと」
セレスは言ったが、アシュアは毛布の影から手をひらひら振った。
「んん、明日の朝入る……」
アシュアは昨日も入っていないはずだ。
「ほっとけ」
どうしよう、という顔でケイナを見ると、彼は不機嫌そうな顔でそう突っぱねた。

 セレスはじっとベッドの上でテントの頂点を見つめていた。
アシュアは高いびきをかいている。ケイナも眠ったかもしれない。
今日はとても疲れただろう。
辛かっただろうな……
グリーン・アイズというのはみんなあのような運命を辿るのだろうか。
ケイナがもしグリーン・アイズの血を引いているとすれば、ケイナの暴走体はグリーン・アイズの血から来たものだったのだろうか。
じゃあ、自分は? おれもいずれは暴走体に乗っ取られてしまうんだろうか……
自分を愛してくれた人や、好きな人も誰かれ構わず殺そうとしてしまうんだろうか。
いや、もし、おれがグリーン・アイズだとしたら、兄さんや、父さんや母さんはいったい誰?
考えても、考えても何の結論も出なかった。
無理に目を閉じてみたが、やはりとても眠れそうになかった。
ゆうべも眠っていないのに……
ふいに、隣のベッドで眠っているはずのケイナが身を起こしてベッドから出る気配を感じた。
暗闇の向こうでケイナはテーブルに近づき、どうやら水を飲もうとしているらしかった。
「ケイナ」
セレスはアシュアを起こさないように小声でケイナに声をかけた。
「なんだ…… 起きてたのか……」
ケイナの少しびっくりしたような声が聞こえた。
「なんだか全然眠れないんだ」
セレスは言った。
「おまえ、ゆうべも眠ってないだろう」
ケイナはそう言ってしばらく躊躇するように沈黙してから再び口を開いた。
「おれ、外に行こうかと思ってるんだけど……」
その言葉を待っていたようにセレスは起き上がった。

 テントの外は夜の静けさに包まれていた。
「アシュアは、いつどんな時でも眠れるんだね」
セレスはテントを振り返って言った。
「だから、おれたちはアシュアに助けてもらえるんだよ」
ケイナは答えた。セレスはうなずいた。
確かにそうだった。眠れるときにアシュアが眠ってくれるからこそケイナをおぶってここまで来れたし、どんなときでも彼は落ち着いて冷静でいてくれる。
ふたりはあてもなくテントの間をぬい、森の中へ入っていった。
「ケイナ……」
セレスはためらいがちに声をかけた。
「おれたちっていったい何だろう……」
「さあ……」
ケイナはつぶやいた。
「トリは遺伝子分析の機器をごっそりこっちに持って来てるって言ってた。それだったらいろいろ分かると思う」
「遺伝子分析?」
セレスはびっくりしたようにケイナを見た。ケイナは歩きながら髪をかきあげた。
「おれは小さい頃から定期的にカンパニーで検査をされていて、検査の目的は全く知らされていなかった。血液を取ったり、脳波を調べたり、いちいち運動能力を測定されたり……おれひとりのそんなことを調べまくっていったい何の得があるのかと思っていたけど…… もともとあいつらはそういう目的でおれを作ったんだろうな……」
「作ったって…… どういうこと?」
「それを今から調べるんだろ。」
ケイナは仏頂面で答えた。
「調べたら何が分かるの?」
ケイナはセレスをちらりと見たが、何も言わなかった。
「こっちにきれいな池があるよ」
セレスは昼間行った池のほうを指差した。ふたりはそちらに向かって歩き始めた。
池に着くとケイナは水辺に近づいて手をつけた。
「地下の動力で水温が高いんだな……」
彼は言った。
「地下の動力?」
セレスは目を丸くした。
「コリュボスは地下に衛星維持の動力設備を埋め込んでるんだ。適当に作った地形なんだろうけど、たぶん、ここは地下の余った熱量を放熱するための池なんだろう。飲料用と兼用だよ。前に行った湖も半分はその理由からだ」
ケイナは答えた。
「昼間だったら泳ぐけど夜はごめんだ」
ケイナがそう言ったので、セレスはくすくす笑った。
「ケイナはほんとに水が好きなんだね」
「水を飲んだり、水につかってるとほっとするんだ……」
ケイナは草の上に腰をおろすと、仰向けに寝転がって答えた。
「ふうん……」
セレスもケイナの隣に腰をおろした。