21-2 日記

『何か音や振動に反応して開くようになっていたんじゃないかというのは察しがついた。
爆弾みたいなものだったらとんでもないなと思った。
こんな赤い岩しかないようなところで木っ端微塵になって死ぬのは嫌だしな。
走れるだけ走って遠ざかって、岩のひとつに身をひそめてじっと様子をうかがった。
…… だけど、何分待っても何にもおこらない。
ぼくはおそるおそるバイクに戻った。
戻ったとたんにどかん、てのはかんべんしてほしいと心から願ったね』

『口がからからに乾いていた。そしてこわごわ筒を覗き込んで、ぼくはあっけにとられたよ。
筒は宝石箱が開くようにぱっくりと開いていて、中には透明な筒がもうひとつ入れてあったんだ。
その中身なんて、絶対誰にも想像できないようなものだったよ。
どんなに想像力の逞しいやつだってこればっかりは無理だっただろう。
筒の中には…… 赤ん坊が…… 赤ん坊が眠ってた』

『急に筒から声がした。
聞いたこともない女性の声だった。
彼女は言ったんだ。
「あなたにこんなことをお願いする失礼をお許しください。
そして、私が名を名乗ることもできないことをお許しください。
私たちはあなたのことを調べさせていただきました。
あなたがひとりで地質調査にでかけることも調べました。
私たちの願いを聞き入れてください。
この子をノマドに渡してください。
この子はこのままこちらにいると危険なのです。
彼らならきっと助けてくれます。
どうか、この子をノマドに渡してください。
お願いします……」』

『冗談じゃないと思ったよ。
ふざけるにもほどがある。こんなばかげた話をどうやって信じろと?
見も知らぬ人間に勝手に調べられて? いきなり願いを叶えろと?
ノマドにどうやって渡すんだよと思った。
無理に決まってるじゃないか。ぼくは何の『願い』も叶えられない。そんな力はない。
でも、連れて帰るにしたって、ぼくは……ぼくは子供の育てかたなんか知らない。
だけど…… だけど……』

マレークは片手をあげて手のひらを上に向け、じっと見つめた。

『こんな小さい赤ん坊だった……
頭が、ぼくの手のひらにすっぽりおさまってしまいそうなんだよ……。
きれいな子だった。金色の髪が小さな頭で光っていた。
眠っていたから目の色は分からなかったけど、口も鼻も小さくて…… 小さくてとても品のある子だった。
ぼくの親指のさきっぽくらいしかない小さなこぶしを……顔の前に握りしめていた。
その子は…… 生きていたんだ……』

マレークは手をおろして目を臥せると小さく首を振った。

『ぼくは人付き合いは悪かったけど、家に猫が一匹いた。
もう5年以上も一緒に暮らしているやつだ。
黒と白のブチで、こいつも相当無愛想なやつだったけど、いい相棒だったよ。
名前はチェシャといった。
ケイナはきっと知らないな。
おそろしいほど昔の物語に出て来るネコの名前なんだよ。
鳴いた顔がな、いかにも人をバカにしてるみたいな笑った感じでな。
それ見るとくだらないことにいちいち愚痴こぼすなよ、と言われてるみたいだった。
あいつはぼくが帰らなくなってもひとりで生きていくかな、と思った。
分からない。
ぼくは家の鍵は全部締めて出る。
もしかしたら死ぬかもしれない。
だけど、気持ちは固まっていたんだと思うよ。
ぼくは赤ん坊に話しかけていた。
おまえの命はぼくの大事な友人の命とひきかえだな……と。
そしてバイクにまたがったんだ。
いつものくせでバックを持ち上げて、ばかばかしくなって思わず笑ったよ。
もう、戻ってくることはないだろうとなんとなく予感していた。
マレーク・ロードは今日で失踪することになるんだ…… 』

『ノース・ドームにへばりついている森はそんなに大きな森じゃなかった。
だけど、ノマドの集落になんかたどり着けるものなのかどうか、ぼくにはさっぱり分からなかった。
赤ん坊が途中で起きて泣き出したらどうしようかと思った。
ミルクなんてもちろん持っていないし、水も持っていないことをそのとき初めて気がついた。
だけど、ずっと眠っていたな。
…… 幸せそうな顔をして。
ぼくがたどりつけなかったら、こいつも死んでしまうんだな。
そう思った。
ぼくは…… そんな楽しい人生でもなかったけど、別に生きてきたことに悔いはなかった。
でも、もしここで死んだら、猫のチェシャと、この赤ん坊を死なせてしまうことを悔いて死ぬだろうなと……
なんだかそんなことをぼんやり考えたよ』

『どれくらい歩き続けたのか覚えていない。気づいたら、目の前に誰かが立っていた。
導かれるようにその影について歩いた。
しばらくして、大きなテントがたくさん立っている場所に出た。
何が一番嬉しかったって、
出迎えてくれた人たちのひとりの腕にチェシャの姿を見たときだった。
なんでこいつがここにいるんだ、なんてことはその時は考えなかったな……。
あの無愛想ネコはぼくの顔を見てミャアと啼いた。
だから言ったろ?
つまんないことくよくよ悩むなって。
そんなふうに見えたよ』