21-10 日記

 トリのいるテントにリアを連れていくと、トリは丁重にふたりに礼を言った。
「ちょっと彼女に意識をそんなに向けられなかったもので……」
トリはリアをケイナから受け取るともう一度礼を言ってテントに入っていった。
セレスとケイナはそれを確かめて自分たちのテントに向かった。
途中でケイナが小さなくしゃみをひとつした。
「大丈夫? 風邪ひいたんじゃない?」
セレスが言うと、ケイナは肩をすくめた。
「風邪なんかひかねえよ。昔から免疫力が普通と違うんだ」
それを聞いてセレスは笑った。 そしてためらいがちにケイナに言った。
「ねえ、ケイナ。リアがあんなふうだったって知ってた?」
「あんなふうって……?」
風邪はひかないと言いながら、ケイナは鼻をすすりながらセレスを見た。
「リアの足のことや手のこと」
「覚えてるわけねえだろ」
ケイナは即座に言い放った。セレスはまだ何か言い足りなく思えたが口をつぐんだ。
何か言えば言うほど不本意なことを口にしてしまいそうだった。
女の人って、あんなふうに柔らかくていい匂いがするものなんだ……。
セレスはリアを抱きとめたときのことを思い出していた。
リアは美人だし、頭も良さそうだ。
ケイナだって男だ。あんなリアを抱いていったいどんな気持ちなんだろう。
ケイナの顔を見たが彼の表情からは何も感じ取れなかった。
フィメール……。
ふと思い出した。夢の中でケイナはそう言った。
自分にもフィメールの部分があると。
この目の前のケイナはそのことを知っているんだろうか。
セレスは自分の腕や足を眺めた。おれ、やっぱりどう見ても女じゃないんだけど……
「腕がどうかしたか?」
それに気づいてケイナが言ったので、セレスははっとして顔を赤くした。
「あ、いや、なんでも……」
どぎまぎしながら答えるセレスをケイナは不審そうにしばらく見つめていたが、テントの前まで来たので目を反らせた。テントに入る前に今度は大きなくしゃみをした。
『いくら人とは違っても、ケイナも人間だから……』
セレスは思った。

 その頃、トリはリアの足に薬を塗ってやっていた。
「すまなかったね。ちゃんと見てやれなかった」
「兄さんのせいじゃないわ。わたしが薬を塗っておかなかったからいけないのよ」
リアは答えた。
「リア」
薬を塗り終えて、トリはリアの顔を見上げた。
「ケイナはおまえのことは覚えていないよ。もし思い出しても、そばにいるのはもうおまえじゃない。あの子には太刀打ちできないよ」
リアの顔がみるみる苦痛に歪んだ。
「どうしてよ…… どうしてそんなこと言うの……」
「リア……」
トリは辛そうにリアを見つめた。
「ケイナが帰ってくるって言ったのは兄さんよ。それなのに、どうして今ごろそんなこと言うの」
「ぼくにだって全部が全部見えるわけじゃないよ。ケイナがあの子を連れて帰るまでは分からなかった」
「悔しいわ。あの子のことになるとケイナは本当に敵でも見るような目でわたしを見るわ」
「それはおまえが不用意に剣を向けるからだ」
「わたしがずっとケイナのそばにいたのよ。ずっとずっとケイナのそばにいるって決めていたのよ。ふたりでいつも抱き合って眠ってたのよ。それをどうして……」
「おまえが記憶にとどめているのは6歳の頃のケイナが最後だろう。それからすでに11年もたっているんだ。子供の頃のようなわけにはいかない」
「違うわ!」
リアは叫んだ。
「わたしはケイナが好きよ! ケイナも好きだって言ってくれてたわ。そのことを忘れてるはずがないわ。あんな子が何なの! たかが子どもじゃないの!」
トリはため息をついてリアを見つめた。
何をどう言ってもリアは決して納得しないだろう。
ケイナがいない間も彼女がずっとケイナのことを考えつづけていたのは知っていた。
でも、リアはケイナに関する記憶を一部消されたままだ。すべてを思い出せばケイナはとても自分の手には負えないと悟るだろうか。
リアはケイナのことを神聖化し過ぎている。何だろう、この意固地さは。何かを認めたくないような意固地さだ。
同じ双児のせいなのか、リアの心の深淵だけはトリにもどうしても読めない部分があった。どうすればいいのかまだ判断できなかった。
ただ、彼女の存在がケイナの重荷にならなければいいが、と思った。