19-5 夢

「今、時間は?」
1時間ほどプラニカを走らせたのち、アシュアが尋ねた。
「もうすぐ午前2時だ」
ケイナは答えた。たぶんジェニファはもう着いているだろう。
セレスはケイナの肩に頭をもたせかけて寝息をたてていた。
「ちょっと遅れちまったな……」
アシュアはつぶやいた。
しばらくしてサウス・タウンの外れにある森が眼下に広がり、アシュアはプラニカを下降させると森の入り口に停めた。
「セレス、着いたぞ」
ケイナに肩をゆさぶられてセレスははっとして飛び起きた。
「いつの間にか寝てたんだ……」
彼はごしごしと顔をこすった。そして森のほうへ目をやった。
「真っ暗だ……」
「昼間もこんなもんだ。背の高い木が多いからな」
セレスの言葉にアシュアはそう答えるとプラニカから出た。
森の入り口から奥は本当に何も見えない状態だ。どこかで小さく鳴く動物の声がした。
落ち葉が降り積もった湿った匂いのする中に足を踏み入れると、なんだかアシュアは背筋がぞっとするような気がした。昼間の森はこんなに陰湿な雰囲気ではなかったはずなのだが……
「ノマドの間では夜の森は精霊が浮遊しているから霊者以外は近づくなって言われてる」
ケイナは言った。
「レイシャって?」
セレスは尋ねた。
「ジェニファみたいな人だよ。予言をしたり占いをしたり…… 普通の人は精霊に乗り移られて帰って来られなくなるからだと」
「ケイナは小さいとき夜の森に入ったことないの?」
「ないよ」
ケイナは答えた。
「森に入った途端にわーっと群がられるタイプなんだと言われた」
「そういう話はやめてくれよ。嫌いなんだ」
アシュアは言った。
しばらく進むと小さな草地に出た。少しいびつな円形の平らな地面に野草がびっしりと生えている。
上を見あげると木々の枝に取り囲まれて小さく夜空が見え、そこからわずかな夜の光が差していた。
「ここよ、ケイナ」
ジェニファの声がしたので3人はあたりを見回した。
ジェニファは木の影から姿を見せると3人を手招きした。
そばに近づくと彼女は人間の頭ほどの石の上に祭壇のようなものをしつらえていた。
「気にしないで。これは単にお守りみたいなもんだから。ノマドのジンクスよ」
アシュアが怪訝な顔をしたのを見てジェニファは笑った。
「見張りは大丈夫だったの?」
セレスが尋ねると、ジェニファは肩をすくめた。
「眠り粉を巻いてきたから、たぶん朝まで眠ってると思うわ。ほかの見張りが来ちゃったらアウトだけど」
「とにかく始めよう」
ケイナは言った。
ジェニファはうなずいた。そしてセレスを見た。
「用意はいい?」
「用意って……?」
セレスは戸惑ったような表情を浮かべた。
「心の準備のことよ」
ジェニファは微笑んだ。
「決心はついてるけど…… 具体的にどうすればいいのか全然分からないんだ」
それを聞いてジェニファは笑みを浮かべた。
「大丈夫よ。これを持ってて」
そう言うとセレスに小さなガラス玉を渡した。
セレスの手のひらにすっぽりと入るくらいの大きさだ。
「水晶よ。これに相手を閉じ込めておいで」
「どうやって?」
セレスは困惑した。
「これは暗示というか…… 無理矢理つくる形なのよ。彼の中に入ってあなたが目にするものは実体のない夢の世界なの。どんなケイナと会っても本当のケイナはひとりしかいない。あとの人格は余分。あの荒々しいケイナがいるからもうひとりのケイナがいるのね。だからそいつをこの中に閉じ込めたという証拠づけをすれば、つまりケイナがその状況を把握すれば、自分の中にはそんなものはないという自信が彼につくのよ。ほんとうのケイナは声も出せないしもちろん姿もあなたには見えない。でも、彼は意識としてあなたを見守っているわ。それを信じて夢の中のケイナと対峙しなさい」
セレスはよく分からないというような表情でジェニファの言葉を聞いていた。
水晶は大きさのわりにはずっしりと重く、ジェニファの祭壇にあるろうそくの灯りを頼りに見つめると中心に小さな黒い点が見えた。目を凝らせると小さなチップ型をしているように見えた。
「中に何かある…… これは、何?」
「気にしなくても大丈夫よ」
セレスの問いにジェニファは小さく笑って答えた。
「人の意識の中なんて予想つかない。ただ、あのケイナはきっといろんな方法であなたの邪魔をすると思うの。それに打ち勝つのはあなたが本当のケイナを信じる気持ちしかないわ。疑ったりしちゃだめ。 今、ここにいる彼を信じて」
ジェニファはそう言って今度はケイナを見た。
「あなたはセレスを信じるのよ」
「分かってる……」
ケイナは自分に言い聞かせているようなふうに答えた。
そのあと振り向いて自分を見るケイナにアシュアは慌てて手をあげた。
「何も言うな。頼むから何も言わないでくれ」
ケイナはかすかに笑った。そしてジェニファに向き直った。
「始めよう」
ジェニファはうなずいて、左手をケイナの額にあてた。
その途端、ケイナの体はぐらりと揺らぎ、慌ててセレスとアシュアが彼の体を支えて横たえた。
「も、もう催眠術にかかったのか?」
アシュアが面くらいながら言った。
「ゆっくりかかっていては余計なことを考えてしまうわ」
ジェニファは答えた。そしてセレスを振り向くや否や、今度はあっという間にセレスの体が崩れた。
アシュアは慌てて今度はセレスを支えた。
「せめておれには合図して欲しいんだけど」
「しっ!」
ジェニファはそう言うとセレスとケイナの体をぴったりと寄せ、水晶を挟んでふたりの手を繋がせた。
「うまく効くかしらね。夢見の誘導用の水晶なのよ」
「誘導用?」
アシュアは訝し気にジェニファを見た。
「心理治療のときに使うの。相互に意識を交換できる機器なのよ。医師と患者が手を繋ぐの。普通はね。さっきセレスが聞いた水晶の中にあるものがその装置よ」
「…………」
アシュアは困惑したような顔をしたが、何も言わなかった。
「行っておいで」
ジェニファはつぶやいて、セレスの顔に手をかざした。
アシュアはセレスの体から緑色の薄もやが出てケイナに入り込むのを見たような気がした。
しかし、錯覚かもしれない。きっとカインならもっと鮮明にこの光景を目の当たりにしただろう。
「もう、何もできないわ。祈るだけよ」
アシュアは黙って横たわるふたりを見つめた。