19-4 夢

「カイン?!」
いきなり入った通信で仰天したアシュアの声にケイナとセレスが思わず身を乗り出して彼の腕を覗き込んだ。
3人はプラニカに乗り込んだばかりだった。
「カイン、無事だったんだ!」
セレスが嬉しそうに言った。
「今どこにいるのかと聞いてる。無事だったら返信しろ、と……」
アシュアはケイナに言った。
「あの傷じゃ、動けるはずがない」
ケイナはつぶやいた。
「こりゃ…… 発信元は地球だぜ……」
アシュアは呻いた。
「おれたちは生きてる…… それだけ…… 返信しよう……」
ケイナは言った。アシュアは何か言おうとしたが思い直してケイナの言うとおり返信した。
「あとは通信機の電源を切っておいたほうがいい」
アシュアはやはり無言でそれに従った。
セレスはふたりのやりとりを黙って聞いていた。
ケイナは来るなと言いたいのだろう。
カインの傷がまだ癒えていないことはセレスにも分かっていた。
アシュアはプラニカのエンジンをかけ、プラニカは勢いよくガレージから滑り出てすぐに上昇した。
セレスは眼下に小さくなるアルのコテージを見た。出る前にアルにメールを送った。
『ありがとう。アル、トニ。必ず帰るから』
それだけを送った。
きっとアルもトニももっといろいろ聞きたいだろうが詳しく送るわけにはいかなかった。
万が一ここに誰かが来てチェックするかアル自身が尋問を受けないとも限らないからだ。
横に座っているケイナを見ると、厳しい表情で外の景色を眺めていた。
アシュアも押し黙ったきりだ。
このあとどうなるかなど誰も予想ができなかった。
コテージの区域を過ぎたとき、ふいにケイナが窓に顔を近づけた。
「警備のプラニカが来る」
ケイナは言った。セレスはびっくりして反射的に後部の窓に目をこらした。
ぽつりと小さな光る点が後ろにある。それはぐんぐんスピードをあげて近づいてきた。
「何台来てる?」
アシュアが言った。
「1台。おれには1台しか見えない」
ケイナはそう言ってセレスの顔を見た。セレスはうなずいた。
そのとき、運転席の下にあった小さなスピーカーから男の声が響いた。
「認証ナンバーRRTV345、こちら夜間警備部隊23、そちらの走行目的を確認したい。3キロ先のハイウェイに停車されたし」
「どうする」
アシュアは言った。
「はいそうですか、って停まるわけにはいかないだろう……」
ケイナは言った。
「だけど、こっちにゃ何の武器もないぜ」
アシュアは言った。
ケイナは無言で足元から直径3センチほどの金属製の棒を持ち上げた。長さが1.5mほどある。
「なにするの、そんなもの……」
セレスは仰天してケイナを見つめた。
「出るとき、倉庫から持ってきた。何かの部品だと思うけどもしかのために必要になるかもしれないと思って。アシュア、ナイフを貸せ」
ケイナは靴紐を急いで解き始めた。
「何をするつもりだ?」
アシュアはちらりと後ろを振り向いて言った。
「大丈夫。左手は使わない。早くナイフを貸せ」
セレスは困惑気味にアシュアを見た。
「大丈夫だから、早く!」
しかたなくアシュアは渋々ケイナにナイフを渡した。ケイナは靴紐でたったひとつの武器であるナイフを鉄棒の先にゆわえはじめた。
「まさかとは思うけど」
セレスは顔をしかめた。
「もしかして、槍でもこさえて、それを投げるつもり?」
「そのまさか」
ケイナは平然として答えた。
「なにぃ?」
アシュアが仰天した。
「どこに投げるつもりだ? あっちのプラニカは軍仕様に装甲車になってるぞ。そんなもん通用するか!」
「おれの言うとおりにしろ」
ケイナはナイフを結び終えてアシュアに言った。
「向きを変えてウエストタウンのほうに向かえ。今ならまだあいつらは何も本部に報告してない。致命的なダメージは与えられっこないから、せめて方向だけでも撹乱しておく」
セレスは目を丸くしてケイナを見つめた。
「おれが合図をしたら後ろのプラニカに向かって全速力でバックしろ。スレ違いざまにこいつをフロントガラスに投げる」
「そんな、無茶だ!」
アシュアは冗談じゃない、といった顔で怒鳴った。
「一歩間違えたらおまえは向こうのプラニカに激突するぞ!」
「ここで捕まるわけにはいかないだろうが!」
ケイナは怒鳴った。そして今度はセレスに顔を向けた。
「ドアを開けて身を乗り出すからおれの腰を押さえてろ」
「そ、そんな……」
セレスは震える声でケイナを見た。しかし、ケイナは動じなかった。
「タイミング読めよ。おれが中に逃げ込むときに押さえつけんなよ」
「ケイナ、それは……」
アシュアが再び口を開こうとしたとき、ケイナはプラニカのドアを持ち上げた。
「行くぞ!」
ケイナは怒鳴った。アシュアは舌打ちをしてプラニカを旋回させた。
ケイナはそれを見るとセレスの顔をもう一度見た。
「分かってるな」
セレスには答えることができなかった。 ケイナは返事を待たずに怒鳴った。
「アシュア! バック!」
彼は即席の槍を手に上半身を外に出した。セレスは慌ててケイナの腰にしがみついた。
アシュアは唇を噛んでバックするためのレバーを押し、アクセルを一杯に踏んだ。
『認証ナンバーRRTV345……』
男の声がスピーカーから流れてきたのとケイナが槍を構えるのが同じだった。
スピーカーからきいんという音が響き、次の瞬間にはケイナはプラニカの中に転げ込んでいた。
プラニカのドアが勢いよく閉まる風圧でアシュアの耳に風が届く。
「やりやがった……」
アシュアは前方で落下していくプラニカを見てつぶやいた。
フロントガラスが割れているのが一瞬見てとれた。
「少し切った……」
彼は頬を押さえてつぶやいた。長い傷が頬からこめかみにかけてついていた。
セレスが小さな呻き声をあげてケイナに抱きついた。ケイナはそれに抗う気力すら残っていないようだ。
「なんとか墜落は免れたらしい」
アシュアははるか後方になってしまった相手のプラニカを確認しながら言った。
「寿命が縮まったぜ。あんなナイフがなんで突き抜けたんだ……」
「あのナイフ、どこのか分からないけど、あっちのフロントのよりは強い素材だと思った」
ケイナは目を閉じた。
「靴紐でゆわえただけだったから、さすがに直後に棒もナイフも離れた。なんとかフロントにダメージ与えられて良かったよ……」
アシュアはぞっとした。どうしてそんなことを思いつくんだ? 棒まであらかじめ用意しやがって……
「そんなもん、どうだっていいよ!」
セレスはケイナにしがみつきながら叫んだ。
「もし、失敗したらどうすんだ! おれがタイミング間違ったらどうすんだよ!!」
セレスはそこで大声をあげて泣き出し、あまりのことにアシュアは思わず「マジかよ」と呟いた。
幼いというか、なんというか…… これでラインの軍科に入っていたのだから驚きだ。
「失敗しなかったし、タイミングも間違えなかったじゃないか」
ケイナは疲れ切った声で言った。
きっと出せる力の最大限を出したからだろう。それでもミラー越しにアシュアに見えた彼はかすかに笑みを浮かべていた。
「おれは全然心配してなかったよ……」
ケイナは言った。
「ナイフももう、手元にないほうがいい……」
ケイナはセレスの背に手を回して窓の外に目を向けた。