18-4 海

 トウは大きな音をたてて椅子から立ち上がった。
「刺したのは誰!!」
彼女の前には小柄な男が身を硬直させて敬礼をしたままで立ちすくんでいた。
「死にました」
彼は答えた。
「撃たれて死にました。ギリアスです」
「カインはどこ」
トウは男に噛みつかんばかりに言った。
男はトウの形相に必死に堪えた。足が震える。
「コリュボスのエタール病院で手術を受け、今ホライズンに着いたそうです」
「いったい…… どうなってるのよ! セレス・クレイは逃がす、『ライン』の中はめちゃくちゃ、ランディングはのびていたですって?!」
トウはデスクの上の書類をひっつかむと力任せに男にたたきつけた。
「あんたはクビよ!!」
トウはそう怒鳴るとバッグを掴んで男を残して部屋を出た。
トウの怒りはすさまじかった。
彼女は自らの運転でプラニカに乗りホライズンに向かった。今頃秘書が大騒ぎをしているだろうが、そんなことはどうでも良かった。
ホライズンに着くとすぐにカインの部屋に案内するように一番近くにいた女の職員に言った。
トウの剣幕に怯えながら彼女は案内をした。
病室に入ると、部屋の中央のベッドでカインが横たわっているのが見えた。トウはゆっくりとベッドに歩み寄った。
カインは目を閉じている。手術後の麻酔がまだ覚めないのだろう。
顔色も青白く憔悴して見えた。
「ミズ・リィ。」
部屋にカインの担当医らしき中年の男が緊張した面もちで入ってきた。トウは振りかえって男を見た。
「急にお見えになるので驚きました」
「外に出ましょう」
トウは医師を促すと部屋を出た。
「応接室があちらに……」
医師の言葉にトウはかぶりを振った。
「ここでいいわ。カインの容体を聞かせて」
「左腕のここの部分をかなり深く鋭利な刃物で刺されています」
医師は自分の左の二の腕の外側を差しながら言った。
「一度刺してから切るように動かしているので、腕の神経を数本切断しているんです。ちょっとそれを繋ぐのが厄介でしたが、何とか無事に手術も終わりました。今後に何か支障が残ることはないでしょう。リハビリは少し必要になりますが……」
トウはほっと息を吐いてうなずいた。
「ただ……」
医師はさらに言った。
「だいぶん体力を消耗しておられるようです。栄養補給の点滴を行っていますが、怪我と体力の回復で少し時間がかかると思います。特にご子息の場合薬物にかなり抵抗力がありますから、感染や化膿予防に強い薬を使っています。もしかしたら少し副作用が出るかもしれません。一過性のものですが」
「分かったわ。ありがとう」
トウはそう答えると再び病室に入った。医師は黙ってそれを見送った。
トウは静かにベッドに歩みより、カインの顔をじっと見つめた。そっとその手をカインの顔に触れた。
「どんどんボルドーに似てくる…… あんたまで私を裏切るっていうの?」
トウはつぶやいた。カインにその声が聞こえているはずもなかった。
「目が覚めたら全部教えてあげるわ。どうして18歳で彼がホライズンに行かないといけなかったのか。私が始めたことじゃないのよ。これはずっと前からここでやってきたことなのよ。あんたはそれをそろそろ知らなくちゃならないわ。ケイナ・カートとセレス・クレイを逃がしたことを後悔するがいいわ。どのみち彼らは死ぬのよ。私たちの力がなければ助からないのよ」
トウは束の間口を引き結んだ。
「あんたは意地でも彼らを連れて来なければならなくなる」
トウは最後にカインを一瞥すると、くるりと背を向けて病室をあとにした。