18-2 海

 所長室の前に来るとケイナはセキュリティプレートを銃で吹き飛ばし、中に入るやいなや、数発撃った。
カインとアシュアが相手をとらえる時間もなかった。彼らがケイナの後ろから部屋に入ったときには所長自身が青い顔をして両手をあげ、彼の足元に2人の兵士が転がっている光景だった。
「狙ってねえじゃねえか……」
アシュアはつぶやいた。
目が対象を捕らえる前にもう銃を発射している。ケイナの底知れぬ力をまざまざと見せつけられた気分だった。
「エレベーターのセキュリティを外してください」
ケイナは銃口を向けて口調だけは冷静に言った。
ラインの所長は昔中央塔の警備隊で指揮官まで努めたアルク・ランディングという男だ。ラインの生徒が銃口を向けたからといって動揺するような人間ではない。
彼は白髪まじりの首を横に振ったが、それでもケイナの迫力にはさすがに恐怖を覚えて頬をひくひくと痙攣させていた。
「ばかなことをするもんじゃない」
かろうじてかすかに震える声でそう言ったが、ケイナはその言葉が終わる前に彼の手元に向かって銃を発射していた。インターホンの小さなボックスが弾け飛んだ。
「動く前におれは撃つ」
ケイナは言った。ランディングの頬がさらにぴくりと動いた。
「ケイナ…… 所長を撃っちゃだめだ」
セレスは震える声でケイナの背後から懇願するように言った。
「腕、吹っ飛ばすくらいの決心はついてるよ」
ケイナの目は本気だった。
カインはすばやくランディングのデスクを周り、部屋のバックヤードに入った。そこにエレベータがある。
セキュリティを解除するつもりだった。
所長と押し問答が長引くのはほかの人間が来る危険性もあるし、ケイナがランディングを撃ってしまう可能性があった。
「迎えに来たのはセレス・クレイだ! なぜ、きみたちが……」
ランディングは怒りで顔を真っ赤にして言った。
ケイナはそれには答えなかった。
「ケイナ! 開いた!」
カインが叫んだ。
アシュアはカインの声を聞いてセレスの腕を引っ張り、エレベーターに向かった。
それを見送ったケイナは銃口をランディングにつきつけたままゆっくりと彼の背後に回り、 そして彼の後頭部を肘で殴った。ランディングは床に崩れ折れた。
「すみません、所長……」
ケイナはつぶやくとエレベーターに向かった。
「ケイナ、早く!」
カインがエレベーターの前で待っていた。アシュアとセレスは先に乗り込んでいる。
ケイナが乗り込んだあと、それに続こうとしていたカインがいきなり呻き声とともにがっくりと膝をついた。
ケイナが振り返った。
「カイン!」
アシュアが叫んだ。カインの腕から血が吹き出している。
カインの背後に背の高い見たこともない男が立っているのを見て3人はぎょっとした。男の手に握られた鋭いナイフからしたたって赤いしずくは、きっとカインの血だ。
「おまえも『ビート』なら同じ『ビート』を甘く見るな」
低い男の声にアシュアはごくりと唾を飲み込んだ。カインが青い顔をして叫んだ。
「行け!!」
その声で反射的にアシュアはエレベータのドアのボタンを押した。
しかし男はカインを飛び越えるとエレベータのドアにしがみついた。無情にもドアは障害物を感知して再び開いてしまった。
ケイナがセレスの腕を掴み、頭をかばうように抱き締めた。その途端銃の発射音が響いた。
セレスがケイナの腕から顔をあげたとき、エレベータは動き始めていた。
男の姿はない。
しかしセレスはエレベータの床に散ったおびただしい血の斑点から目を反らすことができなかった。
「どうして……」
セレスは震える声でつぶやいた。ケイナはセレスを抱き締めたまま何も言わなかった。
「アシュア……」
セレスはアシュアの顔を見た。アシュアは口を引き結んでエレベーターの壁を睨みつけていた。
銃を持った右手がかすかに震えている。
どんなに訓練を受けていても、生身の人間を撃つ経験などアシュアにはなかっただろう。
至近距離で人を撃つとどうなるか、床一面の赤い点はその恐ろしさを物語っていた。
「殺らなきゃこっちが殺られてたんだよ」
彼はこちらを見ずに答えた。そしてナイフをセレスに突き出した。
「持ってろ」
セレスは震える手でナイフを受け取った。血がついている。
「カインの血……」
セレスは唇を震わせて言った。
「考えるな」
アシュアは言い放った。
「カインは……」
「考えるなと言っただろう!」
アシュアが振り向いて怒鳴った。セレスはうなだれた。
「どうして……」
なんでこんなことになってしまうのだろう……
おれたち、いったい何をした?
規則を破ってラインを抜け出したからなのか?
「セレス」
ケイナは言った。
「エレベータが着いたらそこにいる人間は全員おれたちの敵だ。おまえはおれから離れるな」
その言葉にセレスは何も反応することができなかった。

「駐車場はすでに見張られてるはずだ。どうやって中央塔から逃げ出すかな」
アシュアはつぶやいた。
「トレイン」
ケイナが言った。アシュアはケイナに目を向けた。
「ステーションに行く。5階から連結してる。もうこの時間は一般人でごったがえしてる。 それにまぎれる。銃は捨てろ。人目につく」
アシュアはうなずいた。下から20階までは一般人も上がって来る。逆にそれは好都合だ。
エレベーターのドアが開くなりフロアにすばやく躍り出た3人は、びっくりしたような顔をしている人ごみをかき分けてステーションに向かって走り出した。
ステーションについたとき、プラットホームにチューブトレインが着いているのが見えた。
しかし、入り口はすでに黒づくめの兵士で固められている。一般客が兵士たちに不審な目を向けて通っていた。
「どうするかな……」
アシュアは柱の影に身を隠して呻いた。
「6人もいる…… こっちは武器がねえ。まともに行っても勝ち目はないぜ」
「ナイフだけでも充分だよ」
ケイナは言った。
「人を殺すのはだめだ!」
セレスは小さく叫んだ。
「こっちだって人殺しなんかしたかねえよ!」
ケイナはセレスを睨みつけた。
セレスは歯を食いしばって、怒りをあらわにしているケイナを見つめた。そしてあたりを見回した。
中央塔とステーションに連結する通路だから人が多いだけでほかにはなにもない。
ステーションに目を移すと、ステーションの前で左右に道が分岐しているのが分かった。
片方はエアポート行きのトレインのステーション、もう片方は地上におりるエレベータの並ぶホールに続く。
どうすればいいだろう。