18-1 海

 バイクを飛び立たせても頼り無いセレスにケイナは気が気ではなかった。
「セレス、もうちょっとしっかりしろ」
セレスの腕を掴みもう片方の手でハンドルを握りながらケイナは言ったが、それでもセレスはバイクの上から滑り落ちてしまいそうだった。
見るに見兼ねてアシュアがケイナのバイクの後ろについた。
「なんか、こんなの初めて…… 気を許すとまた寝ちゃいそうなんだ……」
セレスはぼんやりとした様子でつぶやいた。そしてケイナの背に顔を押しつけた。
「ケイナの背中、あったかいねぇ……」
それを聞いたケイナの顔にかっと血が昇った。
「ふざけたこと言ってんじゃねえ! 突き落すぞ、てめえ!」
振り向きざまに怒鳴りつけた途端、セレスの体がぐらりと傾き、アシュアが慌てて腕を伸ばして怒鳴った。
「こらあ! 空中でケンカすんな!」
セレスはくすくす笑った。
「良かった…… いつものケイナだ」
アシュアが目を向けると、ケイナは赤くなった顔を見られまいと顔をそらせた。
カインは終始無言のままだった。
中央塔に着くといつもの駐車場にエアバイクを停め、4人はエントランスに向かった。
エレベーターの中に入る頃にはセレスは少ししゃんと立っているようになった。
「目が覚めたか」
気づかわしげにケイナに言われてセレスはうなずいた。
「向こう出たときよか、だいぶん頭がはっきりしてきた。なんかものすごく長い夢を見てたような気がする。今、何時?」
「午前11時前だ」
カインが腕の時計を見て言った。
「おれたちどうなるのかなぁ」
セレスは頭をくしゃくしゃと掻きながらつぶやいた。
「とりあえず所長の部屋に直行だな」
カインは答えた。 しかしその予想は外れた。
4人はラインのある階にエレベーターが止まったのを確認してドアから出た。
そして立ち止まった。目の前に3人の男が立っていた。見なれない制服だ。
全身が黒ずくめで頭には顔の上半分を覆うのヘルメットを被っているので口元しか見えない。
「リィの私設警備兵だ……」
カインがつぶやくのがケイナとアシュアには聞こえた。
「セレス・クレイ」
まん中の警備兵が言った。
ケイナは本能的に危険を察知して身をこわばらせた。
「な、なに……?」
名を呼ばれてセレスが不安げな声を出す。
「お迎えにあがりました。ご同行願います」
ケイナが全身に殺気をみなぎらせた。
「法的な手続きは踏んでいます」
兵士はていねいな口調で言った。そして胸のポケットから白い紙を3枚取り出し、4人にかかげてみせた。
「こちらが政府の委任状、こちらの2枚がコロアド、クレイ両家親権放棄の証明書です」
「親権放棄?」
カインが眉をひそめた。兵士はうなずいた。
「そうです。ケヴィン・コロアド氏とハルド・クレイ氏のサインがあります」
「兄さんのサイン?!」
セレスは思わず兵士から紙をひったくった。そこには確かに見慣れた兄のサインと叔父のサインがあった。
「親権放棄ってどういうこと?」
セレスは混乱したように兵士を見た。
「そのままです」
兵士は落ち着いて答えた。
「あなたの身柄はたった今からリィ・カンパニーに委ねられます」
セレスは呆然と立ちすくんだ。
「どういうこと……? なんで?」
セレスは声を震わせたが、警備兵はそれに答えずセレスの腕をつかんだ。
「ちょっと待ってくれ」
カインが兵士とセレスの間に割って入った。
「トウ・リィに話をさせてくれないか。ぼくはカイン・リィだ」
「存じあげています」
兵士は答えた。
「ですがあなたにはこの件についての権限は一切ありません」
「な……」
カインは怒りの目で兵士を睨みつけた。
兵士がセレスに腕を伸ばしかけたので、カインは反射的にその腕を掴んだ。
「トウ・リィに連絡をとらせろ。こんなことは……」
カインの言葉がいい終わらないうちに、ケイナがいきなり左側の兵士を殴りつけ、あっという間にその腰の銃を奪い取っていた。そして残りのふたりのヘルメットを弾き飛ばし、床に叩きつけた。
「ケイナ!」
セレスが悲鳴をあげた。
「うっとうしい」
ケイナは言った。息ひとつ乱れていない。
「ごちゃごちゃ口で言って通用するかよ!」
「なんて速さだ……」
アシュアはそう言いながらも床に倒れた兵士の腰から銃を引き抜いた。
「トウに伝えろ。セレス・クレイは渡せない。もちろんケイナもだ」
カインもさっきまで自分の前にいたはずの床に転がった兵士から銃を奪いながら言った。
「ご子息、こういうこともすでに予測済です」
ケイナに銃を奪われた兵士は口端から血を流しながら答えた。
カインとアシュアははっとした。
「ゲートを抜けてロウライン!」
カインは怒鳴った。
アシュアは呆然としているセレスの腕をひっぱった。
カインがゲートのセキュリティを銃で破壊し、4人はライン棟の中へ走り込んだ。
後ろでエレベータのドアが開き数人の足音が聞こえたが振り返らなかった。
「もしかしたら『ビート』のやつが来ているかもしれない」
アシュアは走りながら呻いた。
「あの人は……?」
セレスは走りながら心配そうにケイナに言った。
「さっき撃った人、死んだの?」
「メットを飛ばしただけ」
ケイナは答えた。走りながら彼は片っ端から天井に設置してある監視カメラを撃っていた。
「いま人を殺したら、そのことを理由にカインとアシュアが追われる」
ケイナの言葉にカインとアシュアが走りながら顔を見合わせた。
そんなことは当の自分たちは全く考えもしなかった。
 それにしても妙に静まり返っている。これだけ監視カメラを撃っても非常警報さえ鳴らないところを見ると、本当にこういう事態になることが想定内だったのだろう。
4人はハイラインの棟を抜けてロウラインの棟に向かって走った。
さっきのゲートと反対のゲートに誰もいないとは思えなかったが、『ライン』の中で『ビート』のメンバーが撃ってくる可能性は低い。
「待て!」
ケイナは背後に誰も追ってくる様子がないことを確認して立ち止まった。
「どうした」
アシュアが息を切らして言った。
「いくらあっち側でもエレベータを使うのは危険が高い。ほかから脱出しよう」
「ほかから脱出ったって……」
ケイナは笑った。
「簡単だ。もう一度戻るんだよ」
「ばかな……」
アシュアが目を剥いた。
「相手はおれたちがガキだと思って舐めてる。どんなにトウ・リィが事前に言ってたところで そんなもんさ」
そしてケイナは上を見上げた。まだ撃っていないカメラの範囲内には入っていない。
「彼らはぼくたちのようにライン生のいる棟を抜けては来ない。きっとメインの廊下を抜けて最短距離であっちに向かっているはずだ。戻るぞ!」
カインがケイナに同意した。 4人は再び走ってきた廊下を戻り始めた。
「だからさっき監視カメラを撃っていたの?」
セレスは尋ねた。しかしケイナはそれには答えなかった。
ケイナの頭はいったいどれだけの先の計画がたてられるのか…… 戦闘モードになると一気に能力が噴出するような気がする。
しかしふいにケイナは向きを返ると所長室に向かった。
「どこへ行くつもりだよ!」
アシュアが度胆を抜かれて言った。ケイナの行動は本当に予測がつかない。
「所長室の後ろに専用のエレベーターがある。そいつを使う」
ケイナは言った。
「そんな無茶な……! 所長がいたらどうするんだ!」
アシュアの仰天した声にケイナはぴたりと足をとめて3人を振り返った。
「無視しろ」
ケイナは口の端を歪めて笑った。カインはその顔の恐ろしさに思わずぞっとした。
「万が一のために兵士の数人くらいはいるだろうが、所詮さっきの奴らと同じレベルだ。撃て」
「ケイナ……」
セレスは震える声で言った。
「人を殺すことだけはしないで!」
「殺さないよ。そう言っただろ」
ケイナは答えた。
「ここにいるおまえ以外の人間にはそれができる」
ケイナは再び3人に背を向けた。
「向こうがこっちの動きに気づくまで1分。走るぞ!」
その声で彼らは再び走り始めた。