17-5 策略

「ジェニファ」
カインの声にジェニファは顔をあげた。
「ふたりは『ライン』に戻らないといけない。『ライン』を追放されたら、その時点でケイナはホライズン送りになるんだ」
「それはまずいわね」
ジェニファは立ち上がった。
「本当はこのまま帰らないほうがいいんだけど……」
ジェニファはカインとアシュアを見たが、ふたりともそれはできない、という表情を浮かべた。
ジェニファはため息をついた。
「ケイナ、昨日からまた夢が変わったの。たぶん、闇の部分のあなたが明確になったからよ。でも、執拗に追ってくるわ。だから逃げて欲しいの」
ケイナはジェニファを見上げた。なんと言えばいいのか分からなかった。
カインはジェニファの「黒い闇」という言葉に体をびくりとさせた。
ジェニファもアシュアも自分がケイナの敵であるとは全く思っていないようだが、ケイナのあの反応はカインの心に深く刻みつけられた。
自分はケイナの心の中では敵だと思われている。敵だと……
「セレスはあとどれくらいで目覚める?」
アシュアがカインの様子をちらりと横目に見ながら尋ねた。
「本当は半日くらい寝かせてやりたいんだけど……。このさいだから覚醒させるわ。体力のある子だから大丈夫でしょう。しばらく体がふらつくと思うから気をつけてね」
カインは自分の腕から通信機を外した。何か調整をしたあとジェニファに渡した。
「ジェニファ、これを持っててください。ラインの通信回路とは別の回路でアシュアの通信機にアクセスできるようにしてあります。とりあえず向こうに戻ってから、またコンタクトします。あなたには聞きたいことがたくさんある。ここのランプが点滅したら、こっちのボタンを押してください。それで話せますから」
「分かったわ」
ジェニファはうなずいて通信機を受け取った。
「それじゃあ悪いけれど、あっちの部屋に行っててくれる?」
彼女の言葉にケイナは立ち上がり、カインもアシュアも寝室をあとにした。
「カイン」
リビングでケイナはカインに声をかけた。
「なんでおれとまっすぐに目を合さない? おれはおまえに何かひどいことを言ったのか?」
カインは思わず言葉に詰まった。アシュアが心配そうにふたりを見た。
「手に…… 感触が残ってる…… おれはセレスの首だけじゃなくて、おまえまで殺そうとしたんじゃないのか……?」
カインはしばらくケイナの顔を見たあと、首を振った。
「いや。そんなことはない。心配するな。きみは自分のことを考えていればいい。ぼくらは必ずきみを守るから」
ケイナは疑わしそうにカインを見ていたが、やがてかすかにうなずいて目を伏せた。
アシュアはカインの首元に残っているケイナの指のあとに気づいていた。
それをケイナが見ていないはずはなかったが、ケイナもその事実を知ることが怖くてたまらないのだ。
しばらくしてジェニファが寝室から出てきた。
「セレスが目覚めたわ」
彼女のうしろでセレスが意識のはっきりしないような顔で立っていた。
「なんでみんな揃ってるの……?」
セレスはくぐもった声で顔をこすりながら言った。
足を踏み出そうとしたとたんにつまづいて前に倒れそうになった。それを慌てて支えに走ったのはケイナだった。
カインの目にかすかに戸惑いの色が浮かんだのをアシュアは見逃さなかった。
「ごめん…… なんか、まだ頭がぼやっとしてるんだ……」
セレスは頭を押さえた。
「セレス、『ライン』に戻るぞ。ブロード教官が手ぐすねひいて待ってる」
アシュアが言うと、セレスはかすかに笑ってうなずいた。
「そうだね」
3人は部屋を出てエアバイクの停めてある階下まで降りた。
見送りに来たジェニファは最後にカインに近づいた。そしてささやいた。
「ちょっと嫌な予感がするの。戻ったら何かあるかもしれない。気をつけて」
「ぼくもそれを感じていたところです」
カインはエアバイクのエンジンをかけながら言った。
「見えていたの?」
ジェニファは驚いたようにカインを見た。
「バイクに乗ったときにちょっと嫌な光が見えたから……」
カインは何気ないように答えた。
「あなたは……」
ジェニファはカインを見つめて何か言おうとしたが、その言葉を飲み込んだようだった。
少し間を置いて彼女はうなずいた。
「自暴自棄にだけはなっちゃだめよ」
カインはジェニファを見て大丈夫というようにかすかに笑みを見せた。
エアバイクを少し浮かせ、最後にジェニファに軽く手をあげると、先に上昇していったケイナとアシュアのあとに続いた。
「みんな生きて帰ってきて……」
彼女は祈るような声でつぶやいた。