17-4 策略

「何があったんだ……」
「ケイナ…… その…… ちょっと計算違いがあったんだ」
アシュアがそう言いかけると、ケイナはすばやくアシュアの胸ぐらを掴んだ。
「何があったのかって聞いてんだよ!!」
怒鳴って再び咳き込んだ。
「ケイナ、彼から手を放して。こんなことになったのは私の責任なのよ」
ジェニファが慌てて言った。
ケイナは眉をひそめてジェニファを見た。
「おれ…… か……?」
ケイナは困惑したように言った。
「おれが何かしたのか……?」
手が力なくアシュアから離れた。
「ケイナ、悪く思わないでくれよ……。こうしなくちゃ、おまえはセレスに首絞められて殺されるところだったんだ……」
アシュアは申し訳なさそうに言った。
「いや、あの…… その前にはおまえがセレスを殺そうとしてたんだ……」
ケイナは自分の喉元を押さえた。
「嘘だ……」
力なくそう言うと、がっくりとベッドに腰をおろした。
「またあいつが出てきたのか……?」
「ケイナ」
ジェニファはケイナに近づくと、床にひざまづいて彼の顔を覗き込んだ。
「私がいけなかったのよ。あなたにあそこまで凶暴な人格があるなんて予想していなかったの。分かっていたらもっと深く催眠状態にしていたわ」
「催眠状態……」
ケイナはつぶやいた。
「おれに催眠術をかけたのか? なんで……?」
「きみを助けたかったんだ……」
カインが沈痛な面持ちで答えた。ケイナはカインをちらりと見て首を振って目を伏せた。
「ケイナ、あなたは自分の中に隠れてる自分に勝たなくちゃいけないわ」
ジェニファは言った。
「あなたには闇しか見ないあなたと、滅亡しか見ないあなたと、そして光を求めようとするあなたと、3人の人格が同時に入っているのよ。本当のあなたは今ここにいるあなたよ。セレスのことを大切に思い、生きたいと願うあなたなの。分かる?」
「頭の中がざわつく……」
ケイナはこめかみを押さえた。
「おれ、いったい何をしゃべったんだ……?」
「ケイナ、落ち着いて。あなたはこのままだと自分を殺すか、すべてを敵に回して生きていくかのどちらかしかないのよ」
アシュアもカインも黙ってケイナを見つめた。
「今ね、あの子が凶暴なあなたを吸い取っちゃったのね。あんまりにも急激に吸い取ってしまったからゆっくり眠らなくちゃ」
ジェニファはセレスを見て言った。
「でも、全部吸い取ったわけじゃないのよ。本体はまだあなたのここにいる」
彼女はケイナの胸を指差した。
「ここにいる闇のあなたはひたすら自分を解放したがっているわ。そしてもうひとりのあなたが必死になってそれを阻止しようとしている。自らの命を絶ってまでもね。どちらに転んでもあなたは不幸になるだけだわ。そこから抜け出す鍵を担うのはたぶんあの子なのね……」
ジェニファはセレスに再び目を向けた。
「ケイナ、あなたは本能的にあの子が必要だと悟っていたの。彼はあなたの中から邪悪な部分をきっと取り去る力があるんだと思う。それが消えれば残りのほうもきっといなくなるわ。いる必要がなくなるもの」
「ケイナ」
カインが口を挟んだ。
「きみの中のひとりはセレスを殺すように暗示をかけてるんだ。 ……ユージーに……」
「え?」
ケイナはカインを見た。
「ユージーに…… 暗示?」
カインはうなずいた。
「暴走体のきみは自分を殺す暗示をセレスに摺り替えている。暗示を解かないとセレスは死ぬことになる」
「そんな…… そんな覚えは……」
ケイナはつぶやきかけて黙り込んだ。
記憶がないのは当たり前だった。自分ではない自分がかけた暗示など知るはずもない。
「なんにしても、荒っぽいもうひとりのおまえはおとなしくホライズンに行く気はないようだぜ」
アシュアは言った。
「焦ってるみたいだ。そいつは、早く自分がおまえの主になりたがってるんだよ。だから自分に対峙するセレスが邪魔だと思ってるんだ」
ケイナはそれを聞いてもただ呆然としたような表情を浮かべていた。
自分ではない自分が、自分の意思とは全く違うことを話したり行動したりすることはとうの昔に分かっていた。
暴走した自分がまさにそうだった。
しかし、感情が高揚するあまり自分で自分がコントロールできない状態で、まさか別の人格に自分が乗っ取られているなどとは思ってもいなかったのだ。
「ケイナ、頑張って闇の部分を追い払いましょう」
ジェニファは言った。
「言ったはずよ、セレスにはあなたの闇の部分を消す力があるって。セレスが目覚めたらもう一度ふたりを催眠状態にするの。そしてセレスの意識をあなたの中に送り込むのよ」
「ケイナの体の中でセレスとあいつを戦わせる? そんなことできるのか?」
アシュアが目を細めた。ジェニファはうなずいた。
「そうよ。れっきとした治療法で確立されているわ」
「失敗したら?」
ケイナは言った。
「失敗しないようにするしかないわ。セレスとあなたでお互いの信頼関係を今以上に築くことね。あなたがセレスを大切に思う力が強ければ強いほどセレスが勝つ可能性が高くなるわ」
ケイナの目に不安の色が浮かんだ。
そんなことを言われても具体的にどうすればいいのか分からないからだ。
そのときアシュアが横にいたカインをつついた。
「ブロードから通信が入ってる」
腕にはめた通信器を指差して言うアシュアの声にカインは顔をしかめた。
「早くふたりを見つけて戻って来いと言ってる」