17-3 策略

 ケイナは冷たく笑みの浮かんだ目をこちらにちらりと向けたあと、眠っているセレスに馬乗りになりその咽に手をからめるケイナを呆然と見つめた。セレスに絡めた指に徐々に力が加わる。
「ケイナ、やめろ! セレスを自分の手で殺したりしたら、おまえは一生後悔することになるぞ!」
アシュアは仰天して叫んだ。
「後悔なんかしない」
ケイナはセレスの喉を締め上げながらアシュアを見て言った。
「摺り替えた。どっちにしてもこいつは死ぬ運命にあるんだ」
「何を言ってる? 摺り替えたってどういうことだ?」
アシュアは困惑した表情を浮かべた。そしてはっとした。
「ユージーがおまえを撃つ暗示を、セレスが撃たれるように摺り替えたのか?」
「そうだよ」
ケイナはかすかに笑った。
「トウ・リィなぞ、くそくらえ…… おれは誰のものにもならない。まっぴらだ」
アシュアはあたりを見回して何か武器になりそうなものはないか探した。
しかし、ケイナの部屋には料理用のナイフすらないのだ。
一切の凶器を手許に置かないのはケイナの本能的な防御だったのかもしれない。
ミネラルウォーターのボトルが目に入ったがこんなものは何の役にもたたない。これをケイナの頭に打ち付ける前にケイナに弾き飛ばされることは明白だった。
「アシュア…… ぼくのエアバイクに…… ショックガンがある……」
カインがごほごほと咳き込みながら身を起こして言った。
よかった、生きていた…… アシュアはほっとした。
「ジェニファ、頼むよ」
アシュアは言った。ジェニファはうなずいた。
「座席の下にあるから…… キイはこれ……」
カインがキイを差し出して絞り出すような声で言った。ジェニファはキイをひっつかむと勢いよく部屋から飛び出していった。
ケイナがそれを目の端にとらえてかすかに声を出して笑った。まるで今のこの状態を楽しんでいるようなふうにさえ見える。アシュアがしかたなく再び飛びかかろうと身構えると、カインがよろめきながら立ち上がってアシュアを押しとどめた。
「無理だ…… ケイナが正気に戻りかけたときでないとおまえでも…… 歯がたちっこない」
「暴走したケイナが出てくるなんて、とんだ計算違いだったぜ……」
アシュアは下唇を噛んだ。その間にもケイナはゆっくりとセレスの首を絞めていた。
セレスはぐったりとしたまま身動きひとつしない。きっとこのままだったら眠ったままケイナに殺されていくだろう。アシュアはジェニファが早く戻って来ないかといらいらした。
「ケイ…… ナ……」
ふと、セレスが声を漏らした。
首を絞められているので、息の漏れるような声だ。
アシュアとカインははっとしてセレスを見た。
セレスはうっすらと目を開いていた。そしてその目がゆっくりとケイナをとらえ始めていた。
セレスの目とケイナの目が合ったとたん、ケイナの表情が急変した。彼の手から急激に力が抜けていった。
「死んで…… 欲しい?」
セレスはまだ首にかけられたままのケイナの手をはらおうともせずに言った。
「そんな目でおれを見るな……」
ケイナは唇を震わせながら言った。
セレスの手が伸びてケイナの首にかけられた。アシュアとカインは呆然としてふたりを見つめていた。
いったい何が起こっているのだ……?
「セレスの髪が燃えてる……」
カインがつぶやいた。アシュアはぎょっとしてカインの顔を振り向いてからセレスを見たが、自分には何も見えなかった。
「死にたい?」
セレスは言った。
体勢が全く逆になっていた。今度は身を起こしたセレスがケイナの首を絞めようとしていた。
「や、やめ……」
ケイナは必死になってセレスの手をふりほどこうとしていた。
「ケイナが戻ってる! アシュア!」
カインが叫んだので、アシュアは反射的にふたりに飛び掛かった。
途端にセレスの片腕がアシュアの顔を打った。アシュアの体は大きく弾き返された。
アシュアは激しく床に叩き付けられて呻き声をあげた。さっきケイナに殴られて打ったところを再び強打したのだ。
あの華奢なセレスのどこにアシュアを床に叩きつける力が潜んでいるというのか……
カインはそのときジェニファが戻ってきたのを知って、彼女が投げるショックガンをキャッチした。
「なんてこと……!」
ジェニファがふたりを見てうわずった声を出すのをカインは聞いた。
『こんなもの効くのか?』
カインは心もとなかったが、セレスに向かってショックガンを構えた。
セレスの緑色に燃える目がこちらを見たとき、カインは身の毛がよだつほどの恐怖を覚えた。
頭の中を引っ掻き回されるような気分だった。
「彼の額を狙うしかないわ」
ジェニファが言った。
「ここよ」
彼女は自分の目と目の間をさしてみせた。
「そんなことをしたら脳しんとうだけじゃすまない……」
カインは呻いた。
「ケイナの凶暴性がセレスに流れ込んでるのよ! 止めないとケイナが死んでしまうわ!」
ジェニファは一喝した。
しかし、カインにはとても撃つことができなかった。
いくらショックガンでも急所を撃ったらどんなことになるか……
「貸せ!」
アシュアがカインからショックガンをもぎとり、すばやく照準を定めると引き金を引いた。
それは瞬きする間のことだった。
セレスの手がケイナから離れ、彼の体は大きく後ろに反るとそのままベッドの上に倒れ込んだ。
ケイナは激しく咳をしながら喘いだ。
「ケイナ!」
アシュアはケイナに駆け寄った。
「大丈夫か?」
「なん…… だよ、いったい……」
ケイナは息を喘がせながらアシュアを見た。
「なんでおまえたちがここにいる?」
カインはおそるおそるセレスに近づき、彼の顔を覗き込んだ。そしてジェニファを振り返った。それを見たジェニファが近づいてセレスの顔に手を触れていたが、やがて顔をあげた。
「大丈夫よ。呼吸はちゃんとしてるわ。命に別状ない」
ケイナはそれを聞くなり怒りに燃えた目で3人を見た。