17-2 策略

「やめたいならケイナの催眠を解くわ」
ジェニファが言った。カインははっとしてジェニファを見た。
「い、いえ…… 続けてください。すみません。大丈夫……」
彼は青ざめた顔で唇を震わせながら言った。ジェニファはうなずいた。
「大丈夫か?」
アシュアが心配そうに言った。カインは小刻みにうなずいた。
「大丈夫……」
「おれを…… 殺して……」
ケイナはつぶやいた。
「トウ・リィは…… 子供を作る…… こんな人間を…… 作っちゃいけない……」
「ケイナ、あなたは生きなくては。死んでいい人間なんていないのよ」
ジェニファは言った。
「せっかくセレスという木に出会ったんじゃないの」
「セレス……」
ケイナはぼんやりと言った。
「彼女を殺せと…… 言ってる……」
「え?」
ジェニファは怪訝な顔をした。アシュアとカインもケイナを見た。
「もうひとりが…… 彼女を…… 殺せと言ってる…… 彼女がいたら…… 自分が消えるから…… 怯えてる……  だから…… その前に…… おれを…… 殺して……」
「彼女って誰?」
ジェニファは尋ねた。ケイナはゆっくりとまばたきをした。
「セレス…… クレイ……」
「セレスは男だぞ?」
アシュアは言った。
「彼女を…… ずっとそばに…… そばにいたい……」
カインは自分の足ががくがくと震えるのを感じた。
ケイナは知っていた。セレスに『女』の遺伝子があることを…… ケイナに隠し事なんかできるわけがない……
「セレスは…… XXの遺伝子なんだ……」
カインは絞り出すような声で言った。アシュアが仰天してカインを見た。
「前に…… セレスが知らずに薬を飲まされたことがあった。あの時、分析したドクター・レイがセレスのことを女性だと言っていたんだ……」
「そ、そんなことあるわけない。セレスは男だ。おまえだって知ってるだろう」
アシュアはかすれた声で言った。
「おれはセレスの…… その…… 見てるから知ってるよ」
アシュアはついこの間、トレーニングウェアを脱いだセレスの腕をマッサージしてやったばかりだ。セレスが襲われたときにカインも見ているはずだ。
確かに男にしては貧相なほど細い体つきだが、上半身裸のセレスは女性には見えなかった。
「表現体は男なんだ」
カインはそう言って顔を歪めた。
「ラインに入ったときもXYだったはずだ。セレスは…… ケイナに出会ってXXになったんだ……」
「なんでそのこと黙ってたんだよ」
アシュアは言った。
「トウが……」
カインは頬を震わせた。
「場合によってはセレスでもいいと…… 言ったんだ。セレスがホライズンに入ればケイナは晴れて自由の身だと…… そうすれば彼をビートに入れてずっと一緒にいられるだろうと……」
カインは壁に背を押しつけた。体中が震えている。
「でもぼくは…… ケイナを裏切るわけにはいかなかった。セレスをホライズンに送ったりしたら、彼は一生ぼくのことを許さないだろう…… 彼に憎まれるくらいなら……まだ彼自身がホライズンに行くほうが良かった……」
「カイン、おまえ……」
言葉を続けることができなくなったアシュアをカインは見た。
「そうだよ。ぼくはケイナのことが好きだ。笑いたいなら笑え。ぼくはケイナを自分のものにしたかったんだ。セレスとケイナが近くなれば近くなるほどぼくは嫉妬に狂ってたよ。さっきもそうだ。ふたりが体を寄せ会って眠っている姿を見た途端、言いようのない思いにとらわれた。でも、ケイナが求めているのはぼくじゃない。セレスだ…… それが辛くてしかたがなかった……」
「でも、おまえはケイナを助けるために一生懸命動いてただろ。ケイナはそのことはちゃんとわかってるよ」
アシュアは言った。
「自分でも分からないんだ…… ぼくは自分で自分が何をなすべきか分からなくなってる……」
そのとき、ものすごい勢いでケイナは立ち上がり、ジェニファをはじきとばしてカインに突進した。
アシュアがはっと身構える間もなく、カインはケイナに咽を掴まれていた。
「もう遅い」
さっきまでのぼんやりしたケイナではなかった。目が険しくつり上がっている。
アシュアは一目見ただけで暴走したケイナだと悟った。
カインは息を詰まらせて呻き声をあげた。
「ジェニファ!」
アシュアは叫んだが、ジェニファもあまりの急激な変化に仰天しているようだった。
すぐに我にかえると催眠を解こうと彼の背後で手を上げたが、ケイナは片手でカインの首を掴んだまま、振り向きざまにジェニファの頬をもう片方の腕で一撃した。
ジェニファは大きな音とともに反対側の壁に体を叩き付けられた。
「ホライズンなど行かない。セレスもいらない。命令はもう通っている」
そうつぶやくケイナの声はぞっとするほど冷たかった。
カインはきりきりとものすごい力で自分の首を絞めるケイナから逃れようともがいた。しかしケイナの手はびくともしない。
「ケイナ、やめろ! カインが死んでしまう!」
アシュアは叫んだ。ふたりの間に割って入ろうとしたが、ケイナの力は今までとは全く違っていた。ケイナの片手の強烈な一撃をくらって床にもんどりうった。
「死ねばいい。おれの手で死ねるなら本望だろう?」
ケイナは床に転がったアシュアを一瞥してかすかな笑みを浮かべると、再び両手でカインの首を締め上げながら言った。カインの顔が苦しみのあまり赤く染まった。
「ジェニファ! セレスを起こせ! 暴走したケイナを止められるのはあいつしかいないんだ!」
アシュアはケイナに殴られた頬と床で打った腰の痛みに顔をしかめながらジェニファに怒鳴った。ジェニファも殴られたほほを押さえていたが、アシュアの声を聞くなり大急ぎで寝室に走り出した。
ケイナはそれを見てカインから手を放した。ジェニファを追うつもりだ。
ケイナが手を放した途端カインは床に崩れ折れたが、ぐったりしてぴくりとも動かない。
アシュアはそのカインの姿に当惑しながら全く隙のないケイナの姿を追った。
「ケイナ、目を覚ませ!」
ただ声をかけるしかなすすべがない。ケイナはアシュアを無視して寝室に入った。
アシュアはしかたなくケイナの背後から飛び掛かろうとしたが、今度はみぞおちに思いきり肘鉄をくらわされ、呻き声をあげた。
暴走したケイナは全身がアンテナ状態になる。今回のケイナは催眠状態から暴走しているせいか、さらに殺気だっている。腕力だけは自信のあったアシュアですらケイナに近づくことができない。
それでも銃やナイフなどの凶器が手許になかっただけでも救いだった。もし銃があればあっという間に全員殺されていたかもしれない。
「ジェニファ!」
アシュアは焦って怒鳴った。
「目を覚まさないのよ!」
悲鳴に似たジェニファの声が寝室から聞こえた。
「どうしてなの……」
ケイナが寝室に入ってきたので、ジェニファは身の危険を感じてセレスから離れた。