15-3 分身

 セレスの部屋を出てからそのままケイナの部屋に向かおうとするカインの腕をアシュアは掴んだ。
「なに?」
カインは怪訝な顔をしてアシュアを見た。
「ケイナがどうも動揺してるみたいなんだ」
アシュアは言った。
「さっきは落ち着いてるって言ってたじゃないか……」
カインは目を細めた。
「セレスの手前そう言ったんだよ。いや、別に暴走してるとかそんなんじゃねえんだ。ただ……」
アシュアは口を引き結び、そして思いきったように口を開いた。
「もう、終わりにしたいと言ってる」
「終わりにって…… 何を」
カインは不安が押し寄せるのを感じた。
「何を終わりにするんだ」
「『ライン』を中途終了して、ホライズンに行ったほうがいいって言うんだよ」
アシュアは不機嫌そうに答えた。
「ぼくにそう報告しろって?」
カインは言った。アシュアは口をへの字にしたままうなずいた。
カインはしばらく無言でアシュアを見つめた。じわじわと怒りがこみあげてきた。
「冗談じゃない」
カインはくるりとアシュアに背を向け歩き始めた。
「ぼくらの任務はトウからの命令であって、ケイナの指示じゃない」
苛立たしそうに言うカインをアシュアは追った。
「カイン、そういうんじゃ……」
カインはくるりと振り向くとアシュアの胸ぐらを掴んだ。
「ぼくらの任務は、ケイナの命令を聞くことじゃない!」
カインの頬はひくひくと痙攣を起こしていた。
「分かったか!」
彼は乱暴にアシュアから手を放すと、ケイナの部屋のドアをあけた。
ケイナはベッドの上に座ってコーヒーをすすっていた。たぶんアシュアが運んで来たのだろう。
「鎮静剤をもっと投与していればよかったな!」
カインはつかつかとケイナに歩み寄った。ケイナはじろりとカインを見た。
「朝まで寝てれば頭も冷えただろう!」
カインは鋭い口調で言った。ケイナを見下ろす目が険しい。
ケイナはしばらくカインを見つめていたが、コーヒーに目を落すと肩をすくめた。
「じゃあ…… 自分でレジーに言うよ」
カインは怒りをどこにぶつければいいのか分からず、そばにあった椅子を蹴った。椅子は大きな音をたててひっくり返った。
「カイン、落ち着け」
アシュアは見かねて言った。そしてケイナに目を向けた。
「ケイナ、できもしないことを言って周りに当たるんじゃねえよ」
アシュアはたしなめるような口調にケイナは眉をひそめた。
「おまえがカート司令官にそんなこと言えないってのは、おれたちだって分かるんだ」
アシュアは肩で息をしているカインをちらりと見て、再びケイナを見た。
「今『ライン』をやめて、セレスにどう説明するつもりだよ。あいつは絶対納得しないぞ」
「もうあいつを盾にして自分を守りたかねえんだよ……!」
いきな怒鳴り返したケイナにカインとアシュアはぎょっとした。
「やっとわかったんだ」
ケイナは険しい顔つきで手に持ったカップを握り締めていた。その手が小刻みに震えていた。
「前にジェニファが言った。あいつはおれの剣になり、盾になるために存在するんだと…… そのときは何のことかさっぱり分からなかった。だけど…… 今はなんとなく分かる」
ケイナの声はかすかに震えていた。
「もし、危険な目に遭うことが最初っから分かっていたら、人間はどうすると思う?」
アシュアとカインは無言でケイナを見つめた。
「できるだけ充分な防具と必要な武器を身につけようとするだろ!」
ケイナはいまいましげに持っていたカップを床に叩きつけた。
青い絨毯の上でカップは割れこそしなかったが、中のコーヒーは当たり一面に散らばって茶色いシミを広げた。
「敵が来たら自分の身を傷つけまいと、盾をさしだすだろ!」
彼はかぶりを振った。
「おれはセレスを利用している。セレスだけじゃない。おまえたちもだ! おれは自分の代わりに傷つけようとして人をそばに置いているだけなんだ!」
「ばかなことを言うな」
アシュアは言った。
「そりゃ、おれは最近セレスのことをあいつらが狙ってるって言ったけど、それはあいつらがやってることで、おまえがあいつらをしむけてるわけじゃないだろう!」
言ってしまってからアシュアははっとして口をつぐんだ。
「ケイナ…… 何をした?」
ふいにカインが言ったので、アシュアはどきりとしてカインの顔を見た。
カインの目は恐れを含んでいた。
「ケイナ…… きみは何をしたんだ?」
「カイン、なに言ってんだ、やめろ!」
アシュアは慌ててカインに言った。
「ケイナが何かするわけないだろ!」
「じゃあ、どうしてぼくの目にはユージーの姿が見えないんだ!」
カインは小さく怒鳴り返し、そしてケイナに向き直った。
ケイナは小刻みに体を震わせながらカインを見つめていた。
いつものケイナじゃない。
違う。
いつものケイナじゃない。目が違う。
アシュアはカインに警告しようとしたが、それよりも早くカインはケイナに近づくなり彼の腕を掴んでいた。
「どうして気づかなかったんだろう。セレスが立続けに災難に遭ってる。だのにきみは無傷だ」
「カイン、やめろ!」
アシュアは叫んだが間に合わなかった。
とてつもない衝撃のあと、カインは視界が暗くなるのを覚えた。