15-2 分身

 真っ暗だった倉庫にうっすらと常夜灯がついていた。
その中に見覚えのある影を見た。怒りに燃えたケイナの姿だ。
彼の手には「点」が握りしめられている。
その銃口はぴったりとひとりのハイライン生のこめかみにつきつけられていた。
左手で銃を持ってる……
セレスはケイナを見て思った。
ケイナ、左はだめ……
ケイナの顔は激しい怒りで黄色い常夜灯の下でもはっきりと分かるほど真っ赤に染まっていた。
『ケイナはほんとうに撃つつもりだ…… ケイナが人を殺しちゃう……』
だが声を出す力が出なかった。
顔が痛い……
顎にまるで大きなコブでもくっついているような違和感がある。
両手首から先の感覚が鈍くなっていた。もしかしたら骨折しているのかもしれない。
ケイナを…… 呼ばなきゃ…… ケイナを…… ケイナ、人を殺しちゃだめだ……
「ケイナ、やめろ!」
アシュアの声が響いた。
ああ、アシュアがいる。
その声にケイナが渋々銃口をそらせるのが分かった。
よかった。ケイナは暴走してない。
「てめえら全員除籍処分にしてやる!!」
アシュアがそう叫ぶと同時にものすごい音がした。たぶん相手を殴り飛ばしたのだろう。
てめえら、と言う限りはやはり何人かいたのだ。
しかしセレスにはもうそれを確認する気力すら残っていなかった。
どやどやという足音とともにドアの締まる音が聞こえ、やがて倉庫の中は静かになった。
セレスは自分の口からゆっくりとタオルが外されるのを感じた。
 体中が痛い。手首も全く動かない。口の中は焼けた鉄でも詰め込まれたかのように熱く錆臭い味がした。顎がひどく痛むので口を閉じることができない。開いたままの口から頬に何かが伝っていくのが感じられて、唾液だと思っていたものがぽつりと床に落ちたのを視界の端で捉えたとき、黄色い光の中では真っ黒な点に見えた。
「セレス……」
ケイナの声がすぐ近くに聞こえた。心なしか震えているような感じだった。
答えたくても声が出なかった。
「セレス」
ケイナが体を起こしてくれようとしたが、手首にものすごい痛みがはしってセレスは思わず呻き声をあげた。
「カイン!」
ぐったりしたセレスの体を支えながらケイナが叫んだ。
「大丈夫、折れてないよ」
その声で自分の手を触っているのがカインだとセレスは思った。
「だけど…… 顎が……」
カインの声も震えていた。
「ケ…… ナ……」
セレスはようようの思いでつぶやいた。
「…… おえ、な…… で…… か……」
(おれ、なにもできなかった)
その途端ケイナが自分の体を抱き締めるのをセレスは感じた。
心地よいケイナのハーブミントの香りを感じながら、セレスは意識を失った。
「ケイナ…… セレスを医務室に運ぼう…」
ケイナはカインがそう声をかけるまで、セレスを抱き締めていた。

 目が覚めたとき、近くにカインがいた。
「大丈夫か?」
カインはセレスの顔を覗き込んで言った。顔をめぐらせるとそこは自分の部屋だということが分かった。
「次から次へと災難続きだな」
カインはつぶやくように言った。
「もっとも、ケイナも昔はこんな感じだったけれど」
「おえ、どのくやい寝て…… あち……」
どのくらい寝ていたのか?と聞こうとして、セレスは顎に走った鋭い痛みに顔をしかめた。
どうも固定されているらしくうまく動かない。手は動くようだが両手首とも燃えるように熱かった。
「8時間くらいかな。まだ夜中だ。しゃべらないほうがいいよ。顎の骨が折れてたんだ。何か飲むかい?」
カインの言葉にセレスはゆっくりかぶりを振った。咽は乾いていなかった。たぶんずっと点滴をされていたのだろう。
「ケエナ…… は?」
セレスが尋ねると、カインはちょっと目を伏せてそれから答えた。
「鎮静剤を飲ませて眠らせた」
セレスの怪訝な表情を見てカインは少し肩をすくめた。
「ケイナにはアシュアがずっとついてる。どうもまだ気持ちがおさまらないらしくて…… もしものことがあったとき、力でケイナに対抗できるのはあいつしかいないから。もっとも…… アシュアとて暴走したケイナにはとても太刀打ちできるとは思えないけれど」
セレスはカインから目をそらせた。もう大丈夫だと思ったのに……
「奴らは全員除籍処分になった。 ……ケイナを昔襲った残党がいることは分かっていたが、これで全員いなくなった。もう二度とこんなことはないよ。安心するといい」
安心?
セレスは心の中でつぶやいた。
本当に安心できるんだろうか。だって、バッガスがいるじゃないか……。
ユージー……
セレスは目を閉じた。
彼がおれを襲うように指示をしたんだろうか……。
訓練のあと、「自分を大切にしろよ」と彼は言った。あれはこのことを示唆していたのか?
セレスは分からなかった。
「そう…… だ……」
セレスはカインを見た。
「おして…… たすけ…… 来…… くえ…… た?」
カインは少し眉を吊り上げた。
「見え?」
セレスの言葉にカインは首を振った。
「悪いけど…… 今回はぼくは見えなかった。きみのことが見えたのはケイナだ」
セレスは呆然としてカインの顔を見つめた。カインはゆっくりとセレスのベッド脇の椅子に腰掛けた。
「『点』をひっつかんでケイナが血相変えて走っていた。そのときにやっとぼくにもケイナが感じたものが『見え』た」
「ど…… して……?」
「なんでケイナが見えたのかなんて……そんなことはぼくには分からない。こっちが聞きたいくらいだ」
セレスはカインから目をそらせた。
そのとき、部屋のドアが開く音がした。ふたりが目を向けるとアシュアが立っていた。
「目が覚めてたのか」
アシュアはセレスと目を合ってと笑みを見せた。
「ケイナは?」
カインが尋ねると、アシュアは肩をすくめた。
「鎮静剤が覚めた。今シャワーを浴びてる。落ち着いてるよ」
「そうか……」
カインはうなずいた。アシュアはセレスのベッドに歩み寄った。
「気分はどうだ?」
「ダイジョ…… う」
セレスは答えた。アシュアはため息をついた。
「ケイナのやつ目が覚めたらまっ先におまえの心配してた。一週間は安静だって言ったら悲痛な顔してたぜ」
「イ、しゅ…… カ……?」
セレスはびっくりした。アシュアは肩をすくめた。
「残念だけどね。馬鹿野郎が思いっきりおまえの華奢な顎を蹴り倒したらしい。心配すんな。百倍返しにしといたから」
アシュアのおどけた言葉にセレスは思わず笑みを浮かべ、再び走った痛みに顔をしかめた。
「嫌な思いをしたな。あまり考えずに早く復帰することに専念しろよ」
「アシュ…… ヤク…… ソク…… ゴエン……」
(アシュア、約束、ごめん)
アシュアは少し悲しげな顔をした。
「おれたちも悪かったんだよ。おまえが射撃室を出るまではそばにいたんだ」
「アシュ…… せい…… ちが……」
セレスの言葉にカインは目を伏せた。
「そうだ。ケイナのときもそうだった…… ぼくらはほんの数分前までそばにいたのに……」
「や……」
セレスは懇願するような視線をふたりに向けた。
「おえ…… もと…… つよ、なうから…… い…… な……」
(おれ、もっと強くなるから、そんなこと言うな)
カインはいたたまれないような表情で目をそらせると立ち上がった。
「ケイナの様子を見て来る」
彼はセレスに背を向けた。それを見てアシュアは慌ててセレスに言った。
「朝までゆっくり寝てろ。また来るから」
セレスはうなずいた。アシュアはカインのあとを追って急いで部屋を出た。