14-6 疑念

 翌日の夕方からセレスはハイラインのダイニングで食事を取るようになっていたが、ハイラインの訓練生たちの中で自分がこれほど好奇のまなざしにさらされるなど予想もしていなかった。
ちらりと視線を投げかけられるというような生易しいものではない。
まるで上から下まで隠そうともせずじろじろと嘗めまわすように見られるのだ。
自分の一挙一動をそこにいる全員が見ている、と思った。
しかし、セレス自身がたじろいだのはその視線のせいだけではなかった。
ハイラインの中にいると自分はあまりにも華奢だった。
セレスより一回りは大きな体つきの者は多かったし、軍科ではない訓練生ですらセレスの身長ははるかに超えている。
セレスは初めてハイライン生が怖いと思った。
たった二歳や三歳の年齢差がこれほど大きな差をもたらすとは……
アシュアが自分を見つけて気を使って手招きしてくれなかったらセレスはダイニングに足を踏み入れた途端に踵を返して部屋に逃げ帰っていたかもしれなかった。
「おどおどすんな。知らん顔してろ」
アシュアはセレスに耳打ちしたが、それは無理な話だった。そのアシュアが目立たないからだ。
あれだけロウラインの棟では大きいと思っていたアシュアが……
これではケイナやカインにいたっては、軍科にいるのが間違いだとさえ思える。
そして、本当に見かけ通りにだったら、ふたりともとっくの昔にラインからはドロップアウトしているだろうということをセレスは痛いほど思い知った。
「おれと一緒にいたらちょっかいかけて来ねえから心配すんな」
そのアシュアの言葉がくやしかった。
アシュアはぎゅっと口を引き結ぶセレスの横顔をちらりと見たが、何も言わなかった。

 その後三日間、セレスは遅れた講議に出席することに集中し、その遅れを取り戻してハイラインの実技に入ることになったのは一週間もたってからだった。
「これがきみの半年間のカリキュラムだ」
ジェイク・ブロードはセレスに一枚の紙を渡した。
紙に目を落とすと、細かい時間割がびっしりと書き込まれていた。
「半年間は上級生と週に一回、一緒に組んで射撃の訓練をする。きみと組むのはユージー・カートだ」
ブロードの言葉にセレスは思わず彼の顔を見た。そんなセレスの顔を見てブロードは目を細めた。
「何か不満でもあるかね」
「いえ……」
セレスは首を振った。でも、よりにもよって、ユージーとは……。
しかし、ユージーでなければかなり高い確率でほかのユージーの派閥の訓練生と組むことは分かりきっていた。荒っぽいバッガスでなかっただけ有り難い話だ。
「ロウラインにいた頃からケイナ・カートたちと上下関係を結んでいることは知っている。先日の療養中もアシュアやケイナによく面倒を見てもらっていたようだな。きっと彼らはきみを共同訓練のチームメイトに加えたいんだろう。それはそれで構わない。しかし、初期の相手だけはランダムシャッフルだから、どうにもならん」
ブロードは言った。彼にしてはめずらしく言い訳めいた言葉だった。
セレスは笑みを見せた。
「分かりました。よろしくお願いします」
ジェイクは疑わしそうな目でセレスを見たがうなずいた。
 その射撃訓練は翌日早速行われた。
ブロードが射撃室に来る前にユージーは自分の「点」の入ったケースを下げて部屋に入り、慣れた手つきで準備を始めた。
そして、目の端でその姿を捉えているセレスに顔を向けた。
「傷はもういいのか」
ユージーの声は前に聞いた時と同じように冷静だった。
真っ黒な髪が肩まで垂れている。彼はセレスを見つめながら髪をかきあげ、それを頭の後ろでひとつにまとめた。
「はい」
セレスは少し緊張しながら答えた。
ユージーはセレスの返事をあまり期待していなかったらしい。おざなりにうなずくと再び自分の「点」に目を落とした。
セレスもケースから「点」を持ち上げた。
ハイラインにあがってからブロードは「点」の重さを変えた。
ロウラインにいた時は射撃室備え付けの初心者向けにあまり腕に負担のかからない重さに調整してあったものだった。
ハイラインにあがってからは自分専用の「点」を持たせてもらえるのだが、それが妙にずっしりと重い。
ブロードは三百グラムは重くしてあると言った。実際の銃と変わらない重さらしい。
急に重くなった「点」の整備は難しかった。
銃身はセレスの二の腕と同じだけの長さがある。整備といってもさほどすることもないのだが、片手で持ち上げると数分で腕がだるくなった。
ユージーは時々困りきったような顔をするセレスにちらりと目を向けたが、知らん顔を決め込んだようだった。
どうにかこうにかセレスが準備を終えると、ジェイク・ブロードが部屋に入ってきた。
「今日はとりあえず交互に的を撃ってもらう。ユージー・カートはできるだけセレスの補佐はするな。どれだけ撃てるか見るから」
ブロードは言った。ユージーは黙ってうなずいた。
防護のためのヘルメットをかぶり、ユージーとセレスは射撃室の的が飛んでくる壁の正面に立った。
ブロードはガラス張りの壁の向こうに立ち、指示のためのヘッドフォンをつけた。
とりあえず、と言ったのに、彼はいきなり数秒おきに的が飛んでくるようにセットした。
的はランダムにどこから飛んでくるか分からない。
ユージーが撃ち、そしてそのあとにセレスが撃つ。
相手が撃つ時には邪魔にならないようにすばやく移動しなければならない。
銃の重みと数日間の治療生活でセレスはものの数分で息が切れた。
密かに舌を巻いたのはユージーの動きだった。彼の動きは全く乱れなかった。
的を撃ち落とす確率もほぼ百パーセントだ。
ブロードはユージーに補佐はするなと言っていたが、ユージーが機転をきかせてセレスの邪魔にならないように動いていることや、自分がセレスをあやまって撃たないように気を使っていることが分かった。
10分ほどたった頃、セレスは自分がユージーの邪魔をしていることを悟った。
撃ったあとにすばやくユージーの射程範囲から抜け出せないのだ。
一度はユージーにぶつかりそうにさえなった。ユージーがうまく動いても、それに応えられなくなっている。
ひでえ…… こんなのって、アリかよ……
セレスは心の中でブロードに毒づいた。的の飛んでくる速さが速すぎる。
そう思った途端、ユージーがいきなりセレスの体を組み伏せた。
あっと思う間もなく、セレスは自分の頭上でユージーが撃った的の破片が飛び散るのを感じた。
「そこまで」
ブロードの声がヘルメットの中で響いた。セレスはユージーが組み伏せた腕をどかせたあとも床に膝をついたまま喘いだ。
「ユージー」
ブロードがガラス張りの向こうからこちらに足を踏み入れながら言った。
「わかってます」
ユージーはヘルメットを取りながら言った。
「彼の脳天を直撃してました。この状態だったら脳震盪を起こしてます」
ブロードは床でへたばっているセレスを見下ろして少し息を吐いた。
「ブロード教官」
ユージーは言った。
「彼にはまだ速すぎます。腕の力も弱い」
「一週間の損失が出たな、セレス」
ブロードは言った。
「できないはずはなかっただろう」
セレスは何も答えられないままヘルメットを取って立ち上がった。髪が汗でぐっしょりと濡れていた。ユージーとは対照的なほどの消耗だった。
「ユージー。一ヶ月、彼を指導できるか」
ブロードの言葉にユージーはうなずいた。
「やってみます」
ブロードはそれを聞くとセレスをちらりと見やって踵を返し、部屋を出ていってしまった。
セレスは額の汗を拭い、困惑したようにそれを見送った。
指導? ユージー・カートに……?
ユージーを見ると、彼は「点」を持って自分に近づきつつあった。
「腕があがるか?」
ユージーの言葉にセレスは怪訝な顔で彼を見た。
「銃を持ち上げてみな」
ユージーは言った。セレスは警戒しながらも言われた通りに銃を持った右腕をあげようとして、あまりの痛さに思わずうめいた。
「いってっ……」
「やっぱり…… ちょっと痛めたな」
腕を押さえて顔をしかめるセレスにユージーは言った。セレスは呆然とした。
ユージーに言われるまで、腕の痛さなど感じていなかったのだ。
彼の手が伸びて自分の腕に触れようとしたので思わず身構えたセレスを見て、ユージーは苦笑した。
「とって食いやしないよ。おれも最初の時には痛めた。ブロードは必ずああいうことをして荒療治する。腕、見せてみな」
セレスは面喰らったが、おずおずとユージーの手が触れるに任せた。
ユージーはセレスに銃を降ろさせるとセレスの腕を医者が触診して調べるように押さえていった。再び痛みが走ってセレスは小さな悲鳴をあげた。ユージーは手を放した。
「今日はもう無理だ。ここのところに湿布でもしとくんだ」
ユージーはセレスの二の腕の内側をさして言った。
「急に重い銃を持ったから変なところの筋肉を使ったんだ。ブロードはこうやって体感させて、次から同じ持ち方をさせないように教える。やられるほうはいい迷惑だぜ」
セレスは黙って腕をさすった。ユージーはそんなセレスを見下ろして笑みを浮かべた。
「おまえはずいぶんもったほうだ。普通なら10分もたない。おれは7分で音をあげた。一年でハイラインにあがってきただけのことはあるな」
ユージー・カートという人物がまだよく分からなかった 。
彼はごく普通の優秀なハイライン生だ。
こんな人がどうしてバッガスなどという荒くれ者と一緒にいるのだろう……
ユージーは自分の「点」を取り上げると、再びセレスに向き直った。
「湿布の薬か、鎮痛薬を持っているか?」
彼の言葉にセレスはかぶりを振った。ユージーはしばらくそれを見つめたのち、再び口を開いた。
「だったら医療棟に行ってもらってくるか、アシュアかケイナにでも言って分けてもらうんだな。再生機なんか筋肉痛ではかけてもらえないから」
「はい……」
ユージーはその答えを聞いてセレスに背を向け、射撃室を出ていこうとした。
そしてふと、思い出したように付け加えた。
「ハイラインに上がってのこの一番最初のしごきに腕も傷めず、最後までやりきった奴がひとりいたそうだ」
セレスはユージーを見つめた。
ユージーはセレスのその目を見つめたあと、顔をそらせた。
「ケイナだ」
ユージーはそう言って射撃室のドアを開けた。