14-5 疑念

 アシュアはケイナを見送ると、彼の座っていた椅子に腰かけた。
「傷はほとんどふさがってるらしいけど、ずっと点滴だったからちょっと体がふらつくかもしれんな。明日からは自分で医療棟に行けよ」
「アシュア…… ごめんよ、ジュディの薬のこと」
セレスは言った。
「ああ、あれな」
アシュアはうなずいた。
「教官には言わなかったが、気になったんでカインにちょっと調べてもらった」
「調べた……?」
セレスは訝しそうに目を細めた。アシュアはうなずいた。
「意外なことが分かったよ。TA601の薬は リィ・メディケイティドで生産してる不妊治療薬だったんだ」
「不妊治療薬?」
セレスは驚いて身を起した。
「今はもう生産されていない。中身を流してしまったのを後悔したぜ。たったひとつでもシートを残してりゃな…… まあ、今さらしかたないけど」
「じゃあ、ジュディは本当にビタミン剤だと思って飲んでたのかな……」
セレスは混乱した。
「あのぶんだと本人はそうとしか思ってないだろうな」
アシュアは言った。
「アーモンドタルトの香りは? ジュディはずっと前からその匂いがしてたんだ。薬の匂い?」
「いや…… シートを持った時、おれもその匂いが気になってカインに聞いてみたけど、601にそんな香料は入っていないと言ってた。どこかで誰かが中身とシートを摺り替えてる可能性がある。問題は服用してる奴がそのことを知っているかどうかだ。ビタミン剤だと思って違法ドラッグを飲んでるっていうケースが一番恐ろしいな」
「休暇中のバッガスが買っていたドラッグだと思う?」
セレスは尋ねた。アシュアは肩をすくめた。
「それも分からねえな」
セレスはため息をついた。
「おれが歯ブラシに塗られた時はアーモンドの匂いなんてしなかったのに……」
「匂いなんてしたらすぐにばれちまうだろうが。おまえに服用させるときは無味無臭の必要があったんだよ」
アシュアは苦笑した。セレスは小さくうなずいた。
「じゃあ、少なくとも二種類のドラッグがラインの中にあるんだ」
「そういうことになるな。現実はもっと多いと思うが……」
アシュアはベッドの上に肘をついた。
「あんまり考えるな。ドラッグを使ってる奴はほうっておけ。使う奴が悪いんだ。おまえは怪我がちゃんと治ったら 一日でも早く自分の力をコントロールできるようにすることだ」
「自分の力をコントロール……?」
びっくりしてアシュアを見ると、思いがけずアシュアは真顔でセレスを見ていた。
「おまえはあのときものすごい殺気だったんだぞ。おれがあのとき間に合ったって言ったのは、おまえを助けることじゃなくて、おまえがジュディを殺しかねなかったことに間に合ったっていう意味だ」
セレスはぽかんと口を開けた。おれがジュディを殺そうとしていた? まさか。
「あのな、そりゃ、あのときのおまえではいくら反撃したってっていうのはあるさ。ましてや素手で。だけど、おれが来るのが遅かったら、おまえは自分が失血死するまでジュディを叩きのめしてただろうな。自分の怪我の痛みも何も分からずに誰かが力づくでとめるまでジュディを殴り続け、もし万が一おまえの手にジュディのナイフが渡っていたら……」
「うそだろ……」
セレスは戸惑ったように視線を宙に泳がせた。
「それって…… ケイナの…… エアポートの…… あのときと同じじゃ……」
アシュアは少し息を吐いた。
「ケイナみたいに暴走してたとは思わんけど……だけど、カインは同じ危険を感じたらしい。あいつはアライドの血を引いてるから、タイミングが合えば時々危険を察知するんだ。ただ、よっぽど危険なときに限られるみたいだけどな。だからカインが察知したってことはその『よっぽど』だったってことだ」
セレスはアシュアの言葉を聞いても自分のことを言っているのだとは思えなかった。
おれ、ジュディを殺そうなんて思ってないよ…… 思ってなかったよ……
それだけを心の中で繰り返した。
ケイナも自分が暴走したことを知ったときはこんな気持ちだったのだろうか。
アシュアは困惑したようなセレスの横顔を複雑な表情で見つめていた。
「ケイナには話してない。知ったらあいつだって冷静じゃいられないだろ。おまえとあいつを見てると、何だかいろんなところで似てる部分があって…… だからケイナもおまえに惹かれるのかもしれないけれど、こんなことまで似てなくてもって思うだろうし」
「ケイナが…… 惹かれる? 誰に?」
セレスはつぶやいた。
「おまえに、だよ」
アシュアは呆れたような顔をした。
「おまえ、知らないだろうけど、二日間、何度もケイナの名前をうわ言で言ってたんだぜ」
セレスは顔にかっと血が昇るのを感じた。そんな記憶はなかった。
眠っている間とても心地よかった。ケイナに関わる夢を見たのは目覚める前に見たあの夢だけだ。
「ケイナはおまえがうわ言で自分の名前を呼んだのを聞いて、あいつにしちゃめずらしく顔を赤くしてた。表情は怒っているような感じだったけどな。自分のことをここまで考えてくれる人間がいるなんて、あいつには思いもよらないことだっただろう」
アシュアは立ち上がった。
「興味のない相手ならケイナは口もきかないし声もかけない。相応にあしらうなんて高度な人づきあいはできなかったんだ。だけどあいつはおまえと会ってからずいぶん話すようになったし笑顔も見せるようになった。おまえには心を許しているんだとおれは思うよ」
そして彼はぐいっとセレスに顔を近づけた。
「だからこそおれたちもおまえを守るんだ」
セレスは言いようのない辛さを感じてうつむいた。
「じゃあ、おれはもう行くからな。ケイナが朝食を持ってくると思うから、それを食ったらまた少し寝ておけ」
「うん……」
セレスは答えた。アシュアは一度背を向けかけて再び振り返った。
「こないだみたいにどやしつけはしないよ。だけど、もう二度と同じことを繰り返すなよ。 薬のときといい今回の件といい、ちょっと無防備過ぎる」
セレスはそれを聞いて思わずこぶしを握りしめた。悔しかったが何も言えなかった。
「ケイナは…… 半分命がけだって…… 言ったろ?」
「うん……」
セレスは渋々答えた。
「ケイナがな…… 辛そうなんだよ。おまえが何か起こすごとに心配でたまらないって顔をしてる」
セレスはうなだれた。
アシュアはそんなセレスをしばらく見つめたあと部屋を出ていった。セレスは唇を噛み締めた。
守るつもりが守られている。そこからどうしても抜けだせない自分が歯がゆかった。