14-3 疑念

 トニは興奮しきったままブースを飛び出し、この朗報をアルに報告すべく部屋を出て行った。
セレスは身の回りのものを荷造りするために立ち上がった。
ようやく喜びが沸き起こってきた。
部屋の外がなんだか騒がしい。きっとトニが触れ回ったので、大騒ぎになっているのだろう。
荷物を持って移動する時にはもみくちゃになるかもしれない。
セレスは三十分で荷物をまとめた。あまり騒ぎが続くと教官に注意されてしまう。
バッグを持ってブースから出ようと振り向いたとき、いきなり右の脇腹に衝撃を感じた。
何が起こったのか分からなかった。
衝撃は熱い火のような痛みに変わり、セレスはバッグを取り落としてよろめき、床に膝をついた。
「おまえは本当に目障りだ」
頭上で聞き覚えのある声がした。
痛みをこらえながら見上げるとジュディが真っ白な顔をして立っていた。
うかつだった。喜びで完全に無防備な状態だった。
いつもならジュディの気配などすぐに感じ取れたはずなのに。
ジュディは真っ赤に染まったナイフを両手で持って立っていた。セレスはそれを見て初めて自分が刺されたことを知った。
アーモンドタルトの甘い匂いがする。
「なんでおれの邪魔ばかりする!」
ジュディは怒鳴った。
表情が異常だ、とセレスは思った。こんな顔をどこかで見た記憶がある……
そうだ、エアポートの事件の時の犯人の男の顔もこんな感じだった。自制心を全く無くしている人間の顔だ。
「薬をやめろ…… ジュディ……! 取り返しがつかなくなるぞ……!」
セレスは脇腹を押さえて喘ぎながら言った。押さえた手を見ると血で真っ赤だった。
「薬?」
ジュディは笑った。
「あれはビタミン剤だと言っただろ? あれを飲むと元気が沸く。何でもできそうな気分になるんだ」
「ジュディ…… それは、違法の……」
セレスは痛みのために次の言葉が出せなかった。じっとりと額に汗が滲んだ。脇腹の傷はいったいどれくらいのものなのだろう。
「おまえはでまかせを言っておれを陥れようとしているんだろう。ハイラインにあがっておれを追放しようとしているんだろう……!」
ジュディがナイフを突き出したので、セレスはようようの思いでそれをよけた。
ジュディが動くたびに胸がむかつくような甘い匂いがした。
セレスは唇を噛んだ。こんなところでこんな奴に刺し殺されるのはまっぴらだ。
おれはケイナのそばに行かなければならないんだ。やっと彼のそばに行けるってときに、殺されてたまるもんか。
「おまえは自分で自分の首を締めてる……」
セレスは立ち上がった。
「ナイフを渡せ……」
絶対に起き上がれないとふんでいたジュディはセレスの姿を見て怯んだ。
彼の顔に恐怖の色が浮かんだ。
ジュディは奇妙な叫び声をあげるとナイフを振り上げた。
セレスの体が構えと攻撃の姿勢になり、ジュディに一撃を加えようとした途端、それよりも早く誰かがジュディの後頭部に一撃を加えたのをセレスは見た。ジュディは小さく呻いて崩れ折れた。
「やれやれ、間に合った」
「アシュア……」
セレスは呆気に取られてアシュアを見た。と同時に痛みが走り、立っていられなくなってがくりと前にのめった。床にしたたかに顔をぶつける前にアシュアがセレスを抱えた。
誰かの悲鳴が響いた。トニだ。
「医療室に連絡しろ!」
アシュアはトニに怒鳴った。トニは真っ青な顔をしてうなずくと部屋から飛び出した。
「アシュア…… なんでここに……」
セレスはつぶやいた。
「カインが見えたんだよ。危なかったな」
アシュアは答えながらセレスの傷口を見て応急処置を始めた。
「見えた……?」
「うん…… またゆっくり説明してやるよ」
アシュアはにっと笑って言った。しかしその顔はセレスにはぼやけて泣いているように見えた。
「心配すんな、たいした傷じゃない。一週間もすればもとに戻るよ。ちょっと動いて出血が多くなったな」
アシュアは言った。
「アシュア…… ジュディのポケットかどこかに薬が入ってる…… それを捨てて……」
「薬?」
アシュアは目を細めて床に転がっているジュディを見た。
「ジュディは薬をやってる……。違法ドラッグだ。 ……ばれると思うけど……持ってなければ罪が……軽くなる……」
「こんなやつほっとけ」
アシュアは言ったがセレスは首を振った。
「頼むよ……」
「……分かった」
アシュアはしかたなく答えた。それを聞いてセレスは気を失った。