13-4 壊れた心

 ケイナは息を吐いた。
数日前に、カインとアシュアにセレスのことを話していた。
案の定、ふたりはとっくにセレスの異常さに気づいていた。
「ケイナ、気がすすまないかもしれないけど、セレスの検査をしてみよう」
カインはそう言った。ケイナはそれを聞いて目を細めた。
「検査って……」
「本人に直接検査を受けろと言っても拒否するのは分かってるから、こっそりするんだ。彼の髪の毛一本あればいい。髪がだめなら彼の使ったタオルや着ていたトレーナー、なんでもいいんだ。皮膚組織の一部がついていそうなものならなんでも。持ってこれるか?」
「いったいどこで検査するんだよ」
訝し気なケイナにカインは少し肩をすくめてみせた。
「ぼくのホームドクターが信頼できる。小さい時から診てもらっている年寄りの医者だ。ぼくが頼めばどこにも口外はしない」
ケイナはしばらく考え込んだが、アシュアに肩をたたかれて決心した。
「わかった。なんとかするよ」
「ケイナ……」
カインは少しためらいがちに言った。
「セレスは危ないよ」
ケイナはぎょっとした。顔に出すまいと思ったが、たぶん動揺を隠せなかっただろう。
カインは目を伏せた。
「見えるんだ……  具体的にじゃないけどセレスの姿を見ると赤いもやがかかって見える。今の彼は病気だ。病気でなければ、何か中毒か」
「中毒……?」
ケイナは呆然とした。
「いったい何の……」
「それを今から検査するんだよ」
アシュアが横から口を挟んだ。
「ちょっとしたハーバル系のものなら薬効はすぐに抜けるよ。やめさえすればいいんだ。一日、二日、辛いかもしれないけどね」
アシュアはゆっくりとした口調でケイナに言った。
「おれはほんのちょっとだけど、薬学をかじったことがあるんだ。あの程度の症状だと別に命に別状はないだろうけれど、時期が時期だけにヤバイかもな」
「セレスが薬をやってるとでも言うのか……?」
ケイナの目に嫌悪感が浮かぶ。
「彼が自主的にやっているわけじゃないだろう」
カインはメガネを指でついとあげた。
「たぶん何かに仕込まれたんだ。食事か、水か」
「それはどっちも可能性が低いな」
アシュアはつぶやいた。
「どっちもセレスだけが口にするっていう確率が低い。経口だけとも限らない……」
「そんなものは思い浮かばない……」
ケイナは言った。
「何かあるはずだ。注意して見てやってくれ。きみしかそばにいないんだ」
カインの言葉にケイナは不安を感じながら頷いた。
 セレスが使ったと思われるタオルをカインに渡すと、結果が出るまでに一日以上はかかるはずだとカインは言った。
ケイナはセレスの様子を監視するために夕食後のトレーニングはキャンセルした。セレスもジュディも戻ってきていないうちに部屋で分厚い本をひもといているのはそのせいだ。
「トニ。セレスの様子を見てて、おまえが何か思うことないか」
ケイナはトニに言った。
「何かって……?」
「セレスの行動で、いつもと違うことってないかってことだよ」
トニは視線を宙に泳がせた。必死になって思い出しているようだ。しかしやがて首を振った。
「何もない。セレスはいつも同じ時間に起きて、同じ時間にカリキュラムをこなして、同じ時間に寝てる。違うのは最近よく手を開いたり閉じたり振ったりしてることくらいだ。痛いのかって聞いたら、時々痺れるんだって言ってた」
「痺れる……」
ケイナは目を細めてつぶやいた。
「アルも一度ダイニングで会ったときに、セレスがフォークを床に落しちゃって、そのときの様子が変だったって言ってたんだ。手が痺れてフォークを持てなかったのかもしれない……」
ケイナの前では決してセレスはそんなそぶりは見せなかった。射撃の訓練も特に精度が落ちることもなかった。
いつも同じ時間に起きて、同じ時間に寝て……。
ケイナはため息をついて髪をかきあげた。 どこでセレスが薬を飲まされているのか分からなかった。
そのとき、部屋のドアが開いた。トニがセレスだという合図をケイナに目配せで送った。
セレスは青い顔をしていた。ニ、三歩足を踏み入れたあと、いきなりバスルームに駆け込んでいった。
ケイナとトニは思わず顔を見合わせ、同時にバスルームに駆け寄った。