13-1 壊れた心

 ケイナはジェニファの言ったことが頭から離れずにいたが、『ライン』の日々のケイナに課せられた日常は変わることはなかったし、逃れることもできなかった。
 セレスは日を追うごとに妙な恐ろしさを感じるほどのスピードで訓練のレベルがあがっていき、その速さはケイナが見ていても少し無気味さを感じるほどだった。
彼は一ヶ月後の進級試験はおろか、飛び級試験も目をつぶっていたって合格してしまうだろう。
ジェイク・ブロードは嬉々としてセレスの指導をしているに違いない。
セレスはハイラインにあがってくる。
それはセレス自身の望みでもあったし、内心ケイナも待っていることだった。

 ケイナは自分でもセレスがそばにいると安心できることに気づいていた。
カインとアシュア以上にセレスがそばにいることのほうがケイナにとっては重要になっていたのだ。
ケイナはそのセレスへの特別な思い入れをできるだけ外に出すまいと努力した。
特に今はルームリーダーになっている。トニやジュディの目もある。
しかし、そうした人間関係にことのほか敏感なジュディの目はごまかせなかったようだ。
それはある日アシュアが口にした言葉で気づいた。
「バッガスたちが時々セレスの様子を伺ってるみたいだぜ」
アシュアはトレーニングマシンの台の上に横になり、重りを押し上げながら言った。
「セレスの周りをバッガスのグループの奴が妙にちょろちょろしてるんだ。なんでセレスのカリキュラムを知ってるんだか……」
ケイナは顔の汗を拭おうとしていた手を止めた。
「おれたちと休暇を一緒に過ごしたってことはバレちまってるからな。いつかはセレスもマークされるだろうと思ってたが、まさか新人の時期からとはね」
アシュアはふうっと息を吐いて起き上がった。 知られるはずもないセレスのカリキュラムを把握できるなど、誰かがセレスのカリキュラム表を渡したとしか思えない。それができるのはセレスと全く同じカリキュラムのジュディとトリルだけだ。ふたりのうちどちらかが、と考えるとジュディのほうが怪しいのは考えるまでもなかった。
「おまえどうするんだ? もうすぐあの部屋を出るんだろう」
「分かってる」
ケイナはつっけんどんに答えた。
「数カ月耐えてくれれば、それでいい。ハイラインに来ればあとはおれが守る」
「じゃあそのあとは?」
アシュアは言った。
「おまえはいなくなるんだぞ?」
「分かってるよ!」
ケイナはそれを聞いて苛立たしそうに怒鳴った。
向こうでトレーニングマシンを使っていたハイライン生が怪訝な目を向けたが、すぐに知らん顔でトレーニングに戻った。
「なあ、ケイナ」
アシュアはゆっくりと言った。
「おれはセレスのことが気にいってんだ。見ててなんだか危なっかしいが、おまえにとことん惚れぬいて一生懸命おまえに追いつこうとしてるところがけなげだよな。あそこまで人を信じれるってのはすごいと思うよ」
ケイナは黙っていた。険しい顔でアシュアから顔を背けるとトレーニングマシンにもたれかかった。
「そんなあいつにおまえもどんどん心を動かされてるのも良く分かるよ。だけど、なんか最近おかしかねぇか?」
「おかしいって何が」
ケイナはじろりとアシュアを見た。
「気づかねえのかよ・・・。あいつらが全然おまえにちょっかいかけなくなってるじゃないか」
ケイナの顔がさらに険しくなった。
気づいていないわけではなかった。
休暇の前には一度クラバスに喧嘩をふっかけられていた。バッガスとよく一緒にいるやつだ。
あのとき、ダイニングの割れた食器で手を切った。休暇の時に眠り込んだケイナの手にセレスが見つけた切り傷はそのときのものだ。
なんだかんだと小さい傷を作ったりちょっとした諍いはいつも数日おきにあった。
それが休暇から戻ったとたんにぱったりとなくなった。
関心が全部セレスに行ってるのか? まさか。
ケイナは口を引き結んだ。
そのとき、慌ただしい足音とともにセレスが駆け込んできた。
アシュアもケイナも驚いて目を丸くした。よりにもよって噂をしていた奴がやってくるとは思わなかったのだ。
「ケイナ!」
セレスの顔は上気して輝いていた。
「アシュアもいたの! 良かった! 探したんだ!」
「どうしたんだ」
ケイナはぶっきらぼうに言ったが、セレスを見る時だけ彼の視線が少し柔らかくなることにアシュアは気づいていた。たぶん本人は全く分かっていないだろう。
「ニュースだよ! おれ、一ヶ月後の進級試験の時に飛び級試験を一緒に受けさせてもらえることになったんだ!」
「え?」
ケイナとアシュアが同時に声をあげた。進級試験と飛び級試験が兼行されるなど聞いたことがなかった。
「別におれが初めてなわけじゃないんだよ。兄さんが昔それを受けてるんだ。兄さんはそのときはだめだったみたいだけど前例があるからやってみないかってブロード教官に言われたんだ」
セレスはケイナとアシュアを交互に見ながら言った。
「おまえ、たった1ヶ月でロウラインの二年を飛び越えて一気にハイラインにあがるのか?」
さすがにアシュアも呆然としている。
「試験に合格すればの話だよ。でも、おれ、やってみせるからな」
「無理だ……」
ケイナは首を振った。
「おまえ、まだ腰がふらつくじゃないか…… 連弾射撃もパーフェクトじゃないのに……」
「一ヶ月あればなんとかなるよ。あつっ……」
セレスはそこで少し顔をしかめて左足を床から持ち上げた。