12-7 歯車

 ケイナは部屋で自分のデスクのコンピューターに向かいながら、ふと画面の片隅に通信のサインが入っていることに気づいた。画面を開くと通信室の男が映った。
「きみに個人通信が入っている。そこで受けるかね」
男は言った。ケイナは不思議に思った。ラインに入ってから自分に個人アクセスしてくる人間などいなかったからだ。
「誰からです?」
ケイナは言った。
「ジェニファ・イードという女性からだ」
男は無表情に答えた。
「ジェニファ……?」
ケイナは眉をひそめた。ジェニファがどうしてわざわざ連絡をしてきたのだろう。
「個人通信は5分間だ。どうするかね」
男の声にケイナはちらりと後ろを振り返った。ジュディはまだ起きている。横のセレスも起きているだろう。
「そっちに行きます。少し待つように伝えてください」
ケイナはそう答えて立ち上がった。
 通信室に行くと、さっきの男がガラス貼りの部屋の向こうに並んでいる画面のひとつを指差した。
ケイナはうなずいて部屋に入り、ウエイト状態になっていたキイを押した。
「ケイナ?」
画面に映ったジェニファはケイナの顔を見てほっとしたような顔をした。
「シエルの葬儀がやっと終わったの。ノマドたちは昨日でそれぞれの場所に戻っていったわ」
「うん……」
ケイナは疲れを隠せないジェニファの顔を見つめた。
「いったいどうしたの。おれに何か用?」
「ごめんなさい。早く連絡したかったのだけど……」
ジェニファは落ち窪んだ目をしばたたせた。青黒いクマがくっきりと浮かんでいる。憔悴しきっているような感じだ。いつも朗らかな彼女とは全く違った。
「夢を見ているのよ」
妙な不安が押し寄せた。ケイナはその不安を押し退けるように無意識に髪をかきあげた。
「あんたたちがそっちに戻ってから毎晩、毎晩」
ジェニファはくしゃくしゃになっていた巻き毛を振った。
「無理を承知で言うわ。ケイナ、お願い、よく聞いて」
「なに?」
ケイナは努めて平静を装いながら言った。
「そこを出たほうがいいと思うの。命の危険があるんじゃないかしら」
あまりに突拍子もないジェニファの言葉にケイナはぽかんと口を開けた。
「あなただけじゃない。セレスもよ。いえ、カインもアシュアも。相手が誰だか分からないんだけど、あんたたちを追ってる者がいるわ。とても大きな力であなたたちを閉じ込めようとしてるように思えるの」
「ジェニファ……」
ケイナは言った。
「何のことなのか…… おれにはよく分からない。命の危険って、どういうこと?」
ケイナはそこで後ろのほうに座っている男をちらりと振り向いた。男はほかの誰かと通信している。防音つきのガラス越しなので、こっちの声は聞こえていないだろう。
「ジェニファ、あんまりきわどい話はここではできないんだ。通信内容は一週間保存されるし、時間も5分しかない。おれに分かるように手短に言ってくれないか」
ジェニファは絶望したように首を振った。
「やっぱり、この間帰ってきたときにもっと話しておくべきだった。一気に話をしたらあなたが混乱するかもしれないって思ったの」
ジェニファはずいっと画面に顔を寄せて来た。反射的にケイナは身を後ろにそらせた。ジェニファはこういう通信機に慣れていないせいもあるのだろうが、顔を近づけたら巨大化した自分の顔が相手に見えることが分かっていない。
「歯車が回り出した。あんた、そっちに戻ってそんな気持ちになってない?」
ケイナは無言で大きなジェニファの顔を見つめた。歯車が回り出した……?
ジェニファは黒目がちの目を一杯に見開いてケイナの顔を食い入るように見つめた。
「ケイナ、あなたの体は何か大きな爆弾を抱えてるわ。あなたはいずれそのために死んでしまう運命だった。でも、あの子に会って変わった。あの子はあなたを助けてくれる。あの子はあなたの剣となり盾となってあなたの力になると思う。だからふたりでいつも一緒にいなければならないの。だけど、それを欲しがる者がいるみたいなのよ。ううん、邪魔する者かしら。その者はたとえ殺してもあんたたちを手にいれたいんだと思うわ」
ケイナは弓形の眉をひそめた。彼女の言っているのはリィ・カンパニーのことだろうか。でも、殺してでも手にいれたいなんて……
「ケイナ・カート、そろそろ時間だぞ」
男の声が割り込んできた。
「分かってます」
ケイナは答えた。
「ケイナ、ノマドには緑色の髪と緑色の目を持つ者がいたのよ」
ジェニファも男の声を聞いたのか口早に言った。
「え?」
ケイナは目を見開いた。
「優れた知能と類い稀な予知能力と、汚泥で淀み切った水さえも清水に変える力を持っていると言われた」
「カート、時間だ」
男の声が響いた。ジエニファの顔が苦悩にゆがんだ。
「ジェニファ、ごめんよ。今度休暇の時に聞くよ」
「それじゃあ、遅すぎるわ! ケイナ、ノマドに帰って!」
ジェニファが叫んだが、ケイナは強引にスイッチを切った。規定違反をしてあとで通信内容をチェックされると困るからだ。
ケイナはしばらく何も映らなくなった画面を見つめ、ガラスの扉を開けて男に会釈すると部屋に戻った。
ケイナの気配を感じたのか、セレスがパーティションの上から顔を出した。足元はたぶんまた椅子だ。
「ジェニファがなんて?」
セレスはほかのふたりに聞こえないように小声で言った。
ケイナはその顔をしばらく眺めたあと、なんでもない、というように肩をすくめてみせた。 セレスは少し不審そうな顔をしたが、緑の髪を揺らしてすぐに引っ込んだ。
コンピューターの前に座って再び講議の内容をまとめようとしたが、ケイナの頭にはジェニファの言葉がぐるぐるとうずまくばかりだった。
(ノマドには緑色の髪と緑色の目を持つ者がいたのよ)
(ケイナ、ノマドに帰って!)
「どうしろっていうんだよ……」
彼は呻いてこめかみをおさえた。