12-5 歯車

「どんな感じだ? セレスは」
「ずっとおれのそばにいなくても大丈夫だぜ。そっちのカリキュラムに影響ないようにしろよ」
ケイナはアシュアを見て苦笑した。
「カリキュラムよりもこっちのことがおれの仕事なんだよ」
アシュアは言った。
「はっきりと言うようになったんだな。ちょっと前はごまかしていたくせに」
ケイナは笑った。
「何を今さら隠すことがある」
アシュアは肩をすくめた。
「セレスはなんだかものすごい勢いでステップアップしているみたいだな。実際見てなくてもあいつの顔を見れば分かるよ」
アシュアの言葉にケイナは前と違って楽し気なセレスの顔を思い出して頷いた。前は訓練のキツさのほうが先立って疲れきった表情のほうが多かったのだ。
「体が細っこいから重心がどうしてもぐらぐらするんだけど…… おれもちょっとびっくりしてる」
アシュアは歩きながらケイナの持っていたファイルを取ってめくった。
「なるほどね」
アシュアはセレスのデータを見てつぶやいた。
「部外者禁だ」
ケイナはアシュアからファイルを取り上げた。
「カインには見せないと言っとけ」
アシュアはそれを聞いて笑った。
「カインに通用するかよ」
ケイナは肩をすくめた。
「問題は……」
ケイナが思案するような顔をしたのでアシュアは彼の横顔を見た。
「あいつのレベルがほかのロウラインの生徒と離れ過ぎた。どうも異様にセレスに敵対心を持つやつがいて、あいつにちょっかいかけてるようなんだ。面倒なことにならなきゃいいけど」
「へえ……」
アシュアは目を丸くしてケイナの顔をまじまじと見た。ケイナはその顔に眉をひそめた。
「なんだよ」
「おまえ、変わったなあ……」
アシュアは感心したように言った。
「ちょっと前のおまえは自分に関係ない人間のごたごたなんか気にもとめなかったぜ」
「関係ないことはない。おれの受け持ってるRPの訓練生だ」
「それでもさ」
アシュアの人なつこい目が満面の笑みでケイナを見た。
「他人の人間関係なんかにおまえが関心を持つことなんかなかったぜ。ましてやロウライン生の心配なんかするはずもねえや」
ケイナはそっぽを向くとさっさと先に歩き出した。アシュアはにやにや笑ってそれを見送った。
 少し苛立ちを覚えながらケイナは射撃訓練棟に入った。
 セレスは直径三十センチほどの皿が飛んでくる部屋にいた。慣れればもっと小さな的になるし、飛んでくる速度も時間も速くなる。
ケイナは外のガラス越しにしばらくセレスを見つめた。
 セレスの命中率はほぼ80パーセントだ。体の向きを変える時に少し足がふらつくのは腰から下の筋肉がまだついていないせいだろう。
しかし、見ているうちにケイナはぞっとするような思いに囚われた。
セレスはひとつの的を撃ってから、次の的を撃つ時に顔よりも先に体のほうが動いている。目が的を捕らえた時にはもう撃っているのだ。
「見ていない……」
ケイナはつぶやいた。そのことは自分が一番よく分かっていた。同じだからだ。
自分で見ているつもりでも、目は対象物を捕らえていない。
それよりも先に的が飛んで来る方向を頭のどこかで察知してしまう。
 気配を感じたのか、セレスが振り向いた。その背後から円盤がひとつ飛んできたが、セレスはこちらを向いたまま少し顔を傾けてそれをやり過ごした。彼にとっては全く意識しない行動のはずだ。
「的の飛んでくる速さをもう少しあげちゃだめかな」
射撃室から出て来たセレスはケイナに言った。
「足元がまだぐらついてる。重心が落ち着くまでだめだ。ケガをするぞ」
ケイナは言った。セレスは残念そうに肩をすくめた。
「これだけ撃てるようになると面白くてしようがないんだ」
セレスは笑って額の汗を白いトレーニングウェアの袖で拭った。
「でも、時々やっぱり足がふらつく。じれったいよ」
「おまえ……」
ケイナは言うつもりはなかったが、口を開いていた。
セレスの屈託のない緑の大きな目がケイナを見上げた。
「おまえ、的を見てるか?」
「え……?」
セレスはびっくりしたような顔になった。
「見てるよ…… そのつもりだけど…… 遅い?」
「いや…… そうじゃなくて……」
ケイナは口籠った。
セレスはしばらくケイナを見つめたあと、ケイナの言わんとしていることに気づいて目を伏せた。
「見えてるよ……」
セレスは答えた。
「でも、夢中になると見えてないかもしれない。頭で考えなくても体のほうが先に動いてる。こういうの、昔っからそうなんだ…… バスケットのボール追いかけてたときと一緒だよ。自分で気づいたらもうシュートしてるんだ」
ケイナは息を吐いてうなずいた。
「まずいかな? おれ、早くできるようになりたいんだけど……」
「あせったってどうしようもない。ジェイク・ブロードがカリキュラムを組んでくれる。彼にちゃんとついていくんだ」
顔色を窺い見るようなセレスの目を見つめ返してケイナは答えた。
セレスは頷いて再び射撃室に戻っていった。
ケイナはそれを見送りながらなぜか落ち着かない気分になっていた。なんとなく、自分がそばにいることはセレスを危険な目に遭わせてしまうように思えた。
『でも……』
ケイナはそのあとに頭に浮かんだ思いを振り払うようにガラスの前から離れた。
『セレスと離れたくない』
そんなことは誰にも言えないことだった。