12-4 歯車

 セレスはジュディから顔を背けた。
「ケイナ、アシュア、たぶんカイン・リィも一緒だったんだろうな。うまい具合に取り入るよな。ケイナはまだカート司令官の息子だしな。今んとこ、カート家の跡取り有望株はケイナだろ?」
「関係ないよ」
セレスはジュディに顔を向けずに突っぱねた。
「関係ない…… ね」
ジュディはせせら笑った。
「ユージー・カートとケイナの確執を知ってて、それでもケイナのほうにつくっていうのは、そのへんの下心がなくってなんだって言うんだよ」
「だったらおまえもどっちかにつけよ!」
とうとう我慢できなくなってセレスは怒鳴った。それこそジュディの待っていたことだった。
「やっと本音を言ったじゃないか」
ジュディはにやにやと笑った。白い顔が上気して赤くなっている。
「わけもなく彼らが一介の新入生を迎えるわけないよなあ。いったいどんな手を使ったのか教えてもらいたいね。体でも売ったのかよ」
セレスはジュディの顔を睨みつけた。それでもひるまず、ジュディはセレスに顔を近づけた。そしてその胸ぐらを掴んだ。
「しらっとした顔をして、おまえのやってることは最低だぜ」
セレスはしばらく彼の顔を睨みつけていたが、ふいに胸ぐらを掴んでいるジュディの手首を握った。
ジュディの顔から一瞬さっと血の気が引いた。腕を掴んだセレスの手に信じられないほどの力がこもっていたからだ。
「悔しけりゃ追いついてきてみろよ」
セレスは言った。ジュディは目を丸くした。
「おれはもうすぐハイラインに上がる。そう決めたんだ。取り入ったって思うんならそう思っとけよ。だけど、ハイラインの試験はコネなんか通用しないぜ。どんなに特訓を受けたとしても、それが自分のものにできるかできないかは自分次第なんだ。悔しけりゃ、おまえもできるようになれよ。RPでケイナのトレーニングを受けているだろう。彼に頼んで個別指導をしてもらえよ。彼はやる気のある人間に嫌だとは言わないぜ」
セレスは一気にそう言うと、ジュディの腕を突き放すように放した。ジュディはよろめいたものの、尻もちをつくことだけはかろうじて免れた。
「自分の能力のなさを人の責任にするな」
セレスは最後に彼を一瞥してシャワールームを出た。
「ジュディ…… きみの負けだよ」
悔しそうにセレスの姿を見送るジュディにトリルは静かに言った。
ジュディの目がかっと見開かれたが、トリルはすばやくシャワールームをあとにしていた。

 頭がくらくらしていた。あんなことを人に言ったのは初めてだった。
なんだかとても自分が高飛車な人間のように思えた。
でも、ケイナとのことを小汚く言われることは許せない。
ケイナへの気持ちをどんなにジュディに説明したって彼には分からないだろう。
あいつにはあんなふうに言うしかないのだ。
セレスはそう自分に言い聞かせた。
 しかし、ジュディとの一件は知るよしもなかったが、セレスの変わりようにはケイナも気づいていた。
自分がロウライン生を見るRPの時間の時の手ごたえが以前とは全く違うからだ。
きつくてひいひい言っていた筋力トレーニングでは全く表情を変えなくなっていたし、射撃訓練のフォローでは、以前は終わる頃には腕がかなり痺れているように手を振っていたのが見られなくなった。
一番驚いたのは、休暇が終わって三週間めには ジェイク・ブロードからケイナへの申し送りファイルに、セレスのトレーニングがハイライン生並みのカリキュラムに変更されて記入されていたことだった。
ケイナは一瞬ブロードにこれは間違いではないかと確認しようかと思ったが、セレスの様子を見ていて思い直した。
こいつならできるかもしれない、と思ったのだ。
こうなると、RPの時間に一緒にトレーニングを受けるジュディとトリルがあまりにもセレスと差が開き過ぎた。この差がふたりに良くない影響を及ぼさなければいいんだが、とケイナは思った。
特にジュディのことが気にかかった。
ケイナはジュディに特別な思い入れや偏見はなかったが、彼のとかく自分の有利なものにつこうとする体質と異常なほどのプライドの高さと反抗心は傍で見ていても分かるほどで、特にセレスに対する敵意はケイナの神経すらも少し逆撫でするほどうっとうしいものだった。自分がセレスに声をかけるだけでジュディの嫌悪感まるだしの視線を背に感じるからだ。
いつどのような場合でも自分が一番でならなければならない彼にとってセレスは目の上のこぶでしかないだろう。
しかし、こんなに差が開き過ぎると、もはやジュディには追いつけない。
自分とは違うトレーニングを重ねてどんどん先に進んでしまうセレスをどんな思いで眺めていることか。
「ジュディ、手首で重りを持ち上げようとするな。傷めるぞ」
ケイナはトレーニングマシンに入って腕を鍛えているジュディに言った。
彼も以前のセレスと同様腕の力が弱かった。頭もいいしカンもいいのだが、もともと筋肉がつきにくい体質のうえに持続力があまりなかった。ラインを修了するのに正規の在籍期間ぎりぎりというところだろう。
ジュディはじろりとケイナを見上げたあと、「はい」と言って、グリップを握り直した。
額に汗が光っている。
この反抗的な目を見ると一瞬ぶん殴ってやろうかと思うこともある。
ケイナは自分では気づいていなかった。
そうした人の反応に自分から腹を立てたりすること自体が今までの彼にはなかったはずなのだ。
ケイナはトリルにも少し声をかけるとセレスのファイルを取り上げた。
彼は射撃訓練室にひとりで入っている。様子を見てこなければならない時間だった。
「15分で戻る。五分たったら休憩してもいい」
ケイナはふたりにそう言うとトレーニングルームを出た。
そのすぐあとにアシュアが何気ないふうを装ってケイナに近づいた。